第33話 想いを伝える
授業終了のチャイムが鳴ると、生徒たちはお昼ご飯の支度に移った。
そして今日は、私も決死の行動に移る。
その覚悟で来た。
「未玖、食べないの~?」
昼食の準備もせずにきょろきょろと辺りを見渡す私を不審に思った花が、私を見上げて言った。
私は「ちょっとトイレ行ってくるね」と告げて、その場を立ち去る。
今日は、ちゃんと永美と話をする。
永美に、私の思っていることをちゃんと伝える。
昔から何でもできて、憧れの存在だった永美。
一方で何もできない私は、ただひたすら強い永美に憧れて、傍にいられることがとても嬉しかった。
でもいつからか、心のどこかで、それが当たり前のように感じていた。
その場所に安住して、心地よさを感じていた。
いつか、永美が彼氏ができたと言っていた。
別れたばかりの私には辛い話だったけど、彼女の輝く笑顔が忘れられなかった。
永美はいつも私とはかけ離れた存在で、私の中で彼女はいつも輝いていた。
そしていつの日か、彼女の下で――彼女の傍にいることに、安心感を覚えていた。
そんな当たり前の日々を送っていて、私は彼女のことに気がつかなかったんだ。
私は永美の悩みにも、何も気づいてあげられなかった。
いつも弱い私に手を差し伸べてくれた永美。
それなのに、私は何もしてあげられない。
それならせめて、私は今の気持ちを伝える。
彼女は既に教室を出ていた。
しかし、彼女がお昼に向かう場所は知っている。
声は掛けられないままだったが、以前彼女が屋上の階段を上っていこうとするのが見えたのだ。
彼女は、今日も屋上にいるはず。
屋上の扉を開けると、そこには静かな空間が広がっていた。
ベンチが一つ。そこに、彼女は一人、座っていた。
「永美……!」
永美はこちらに気がついたのか、弁当を食べていた手を止め、こちらを見ていた。
いや、睨んでいた。
「永美、……どうしてこんなところで」
一人でご飯を食べているの、なんて言えなかった。
そうさせているのが、他でもない自分達だったから。
「……何しに来たの」
永美の表情は相変わらず冷たかった。
でも、私は決めたんだ。
私は、ちゃんと私の想いを伝えるために――。
「ここは、その……寒いと思って」
「…………」
震える足。
緊張で、口はからからに渇いていた。
――それでも、ちゃんと伝えなきゃ。
永美に嫌われていたとしても、私は――
「あのね、永美がいないと……私は寂しいよ」
「…………」
「永美が何を思っているのかは私には分からないけど、その……私は、永美の味方でいたい……から」
「…………」
永美は少し驚いたような顔をしていたが、すぐに冷静な表情に戻った。
そして、私から目を逸らして言った。
「私も、あんたが何を思ってるのか分からないよ」
「……えっ」
「ここはね、とても――静かだから」
その瞳は、どこか遠くを見つめていた。
彼女の視界に、私は入っていなかった。
「誰にも邪魔されない場所……だから」
だから、私の邪魔をするな――そう言っているのかもしれない。
でも、そう言う彼女の表情が、とても寂しそうに見えた。
「永美は……一人で考えすぎだよ」
出過ぎたことを言った。
正直何を言い返されるか、次に永美がどんな表情になるのか、怖かった。
でも、私は震える身体を奮い起こして、言葉を続けた。
「私は、永美の邪魔を……するよ。だって――それが、友達だと思うから」
私なんかが。私の分際で。何てことを言ってしまったんだ。
でも、でも、でも。
これだけは、ちゃんと伝えたい。
「永美はもっと、私達に頼った方がいいと思う」
正直、永美に怒られるかもしれない、と思った。
手足は震えていた。
しかし、永美の返事は思いの外軽かった。
「……そう。そうかも……しれないね」
「……えっ」
思わず声を出してしまった。
永美の表情が、少し穏やかになったから。
「昔からさ、あんたは馬鹿だったよね」
「……」
「すぐ泣くし、臆病だし、ヘタレだし……」
「……そ、そうだよね……」
今、永美は何を想っているのだろう。
でも、何故か――彼女は笑っているように見えた。
「でも、あんたはいつも――優しかった」
「……」
「弱いくせに、何でも自分でやろうとするし、意外と我儘だったりするし」
「……そ、そうかな……」
「何ていうのかな、そういう――お人好し過ぎる人」
そして、また彼女は淋しそうな顔をした。
「もう、何も分からなくなったよ」
「永美……?」
「私はもう……何も信じられないんだ」
「…………」
今、永美が何を想っているのかは分からない。
でも、一つだけはっきりした。
今、永美はとても孤独なんだ。
☆★☆
「あ、未玖! やっと帰ってきた」
教室で花が私を見て手を振っていた。
満咲もこちらを見ている。
「ねぇ未玖さ、ちょっとトイレ長すぎない?」
――ギク。
「うん、ちょっとね」
笑いながら誤魔化しつつ、私は自分の席に座った。
昔は四人で席を合わせていたが、今は席が一つ足りない。
永美の居なくなった席を見る。
私は先程の永美の淋しそうな表情を思い出して、辛くなった。
「あたし達は、あんたを信じてるよ」
「……えっ」
突然の花の言葉に戸惑う私に、花はニヤリと笑って台詞を続けた。
「あんたがちゃんと本番までに演技上達するってことをね」
「あ、はい……頑張ります……」
「おう、頑張りたまえ」
花の得意気な顔。
満咲は楽しそうに笑っていた。
私は二人の笑顔を心地よく感じていたが、先程の孤独な永美の様子を思い浮かべると、強い違和感を覚えざるを得なかった。
やっぱり、永美は強いけど――きっと、ひとりは寂しいと思う。
「だから、未玖もあたしの演技指導の腕、信じてよ」
「……うん」
「返事に気合いが足りないぞ!」
「はっ、はい!」
「よろしい、今日は特訓だ!」
――今日も、では?
私は二人に囲まれながら、それでも、永美のことを思わずにはいられなかった。
永美の先程の台詞が頭から離れない。
《私はもう……何も信じられないんだ》
――それって、どういう意味……?




