第31話 門田刑事の回想
事件の捜査は一貫して難渋していた。
門田刑事は目の前の相手をよく観察する。
相手は、普通の女子高生だ。必ず、何か聞き出す糸口があるはずだ。何か……。
「君は前に言っていたよね――この事件の犯人を支持する、と。どうしてその犯人とのつながりを話してくれないのかな?」
相手が誰であろうと、油断せず、焦らず、慎重に。
ようやくここまでたどり着いたんだ。
せっかくの好機を逃してはならない。
絶対に口を割らせてみせる。
「お願いだ。何か言ってくれよ、何でも良いからさ」
彼女はこちらを見ない。
先程から一貫して、机の上の一点を見続けている。
何を考えているのかは分からないが、この子からは必ず聞き出せる筈だ。
しばらく沈黙していた彼女だったが、ふと口を開いたかと思うと、机を見つめたまま小さく呟いた。
「つながりなんてありません。私はただ、弟を殺してくれた犯人がいるとすれば、その人に感謝するだけです」
「……そうか」
怒鳴らない。
冷静さを欠いてはならない。
この子の警戒心を少しでも解かなければ、その先には進めないのだ。
ようやくたどり着いた糸口だ――そう簡単には手放す訳にはいかない。
必ず、君から何か聞き出してやる。
証拠が出ないのなら、君に自白させてやる。
これは事件だ。
最初の犠牲者は、堀口裕太という男だった。
現場に残されていたのは、傷一つない彼の遺体と、彼が握っていたナイフ。
ナイフには彼以外の指紋は見つからず、何より、彼の身体には死に至るための決定的な要因が見つからなかった。
その後いくら調べてみても、彼の死因は判明しなかった。
それに、彼の身元もはっきりとわからないままであった。
彼を知る人間を手当たり次第に探そうとするも、すべて無駄に終わった。
事件性の有無にかかわらず、すべてが謎の事件であった。
そんな事件で仮に彼を殺した犯人が存在したとしても、その明確な証拠を見つけ出すことは限りなく不可能に近い。
そんな事件に対して、警察はなすすべを失い――この事件は、それ以上先に進むことができなくなった。
そして、事件は再び起きた。
同じようにして被害者が亡くなったのだ。
凶器は愚か、犯人がいるのかさえも――死因が分からなければ、何も手の施しようがない。
警察は再び捜査不能に追い込まれ、実態を隠すべく、捜査中止を決定したのだ。
それじゃあ、意味がないじゃないか。
これが本当に訳の分からない天災で、人間の手には負えない神の天罰だとでも言うのならそれは、本当に仕方がないと思う。
でも、そうじゃなかったら、どうするんだよ。
我々は、そうじゃないという可能性を完全に否定することができないじゃないか。
警察は逃げているだけだ。
腰抜けどもが捜査を中断するというのなら、俺は進む。誰が、何と言おうと。
門田の意見に同調する者が居なかったわけではなかった。
しかし、捜査を続ければ続けるほど、彼に着いていく者は少しずつ減っていった。
今回の二回目の事件では、事件と関連があると思われる人物に話を聞くことができた。
前回と違い、関係する人間から真相に迫っていくことができる。
雲を掴むような捜査でも、少しでも真相に近づけるような気がした。
しかし犯人と関連すると思われる人物の中には、実の娘とその友人が含まれていた。
娘には頑なに否定された。
当たり前だ――友人達のことを信用しているのだろう。
それでも、この事件は……この事件の手がかりは、これしかない。
彼は娘に頼るしかなかった。
娘に断られた以上、その場に居合わせた娘の友人達から直接何か聞き出せないか探ろうとするが――
皆気が動転していて、それどころではないようだった。
現場近くの人間にもあたってみたが、それらしい情報は一切掴めなかった。
捜査はここで潰えたかと思われた。
そんな時、次の事件が起きたのだ。
そこで彼は確信した――現場には一人、前回の事件と関わりのある人物がいたのだ。
彼はようやく掴んだのだ。
事件解決の糸口を。
そしてこの事件を終わらせてみせる――どんな手段をとっても、必ず……
この子が娘の友人だろうが何だろうが構わない。
それが事実なら仕方がないのだ。
けれど、彼が娘にそのことを言うことはできなかった。
彼は、娘の友人が犯人である可能性が高いことを、娘には黙っていた。
そして、この事件から娘を遠ざけることに決めた。
この子が――蒲田未玖がこの一連の事件と深く関わりがあることは間違いない。
仮に偶然だとしても、その可能性はそうじゃない可能性よりも圧倒的に低い。
この子から証拠となる証言を引き出し、全ての真実に迫ることができれば、あるいは事件解決につながるかもしれない。
怯えるだけの今の警察にはできないだろう――この連続殺人事件をやっと終わらせることができるかもしれないのだ。
目の前の大人しそうな子がこの事件の犯人だとは正直思いたくない。
それに、この子は娘の友達と聞いている。
それでも、君から聞き出さなければいけないんだ。
そのためには、俺は何だってする。
たとえ自分に着いてくる部下がいなくなったとしても。
非情、とどれだけ周りの人間になじられようとも。
証拠がないのなら、君の口から証拠を聞き出そう。
必ず、口を割らせてみせる。
本当は君が、犯人なんだろう?
「君は……あのファミレスで大勢の人間を殺して死んでいったあの男を、どう思う」
彼女は口を開かなかった。
彼は言葉を続けた。
「あの男は、君の弟を殺した。殺したいほど、憎んだんじゃないのか?」
「…………」
彼女の表情が少し暗くなった。
しかし、口を開こうとはしない。
「君はあの男を憎んだ。そして――」
「あの男を憎んだのは……私だけじゃないと思います」
彼女の視線は変わらず下を向いていた。
しかし、その言葉の語気は強かった。
強気な物言いだ。
しかし、こちらも決定的な証拠が掴めていない以上、強気で出るわけにはいかない。
「はは、そうか。そうだな。話を変えよう」
焦らず、慎重に。
少しずつ……君を縛っていけばいいのだから。
「前にも聞いたが、君は――堀口裕太という男を本当に知らないのか」
その瞬間、彼女の顔色が一瞬にして変わるのが見えた。
ここまで無表情を貫いていた彼女の突然の変化に一瞬驚いた門田だったが、
「答えてくれよ。知ってるか知らないかだけで良いんだぞ」
「…………」
黙秘か。
これでは以前聞いたときと変わらず、だな。
これ以上は聞き出せないということか。
今日も、これでおしまいか?
絶対に口を割らせてみせる――そう決意した門田ではあったが、
彼女は何も語ろうとはしなかった。
そして何時間、何日と――時間が過ぎていくうちに、次第に彼は気づいていくのだった。
彼女を何度呼び寄せて話を聞き出そうとも、彼女が口を割ることはないのだということに。
証拠がなければ、このままでは彼女を捕まえることなどできないということに。




