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wink killer  作者: 優月 朔風
第5章 友達
32/96

第30話 蒲田未玖はまともじゃない

 階段を降りる足が速くなっていく。

 私はあの光景を見たときから、逃げるようにして教室を出た。


 呼吸が苦しくなってくる。

 あの光景を思い出すだけで、腹の中に熱いものが込み上げてくる。


 まともじゃない。

 ――私が?

 分からない。でも、きっと……

 あいつが――蒲田未玖が、まともじゃないんだ。


 私は何から逃げているのかも分からず、混乱した頭の中で先程見た映像をかき消すようにしてとにかく走った。

 階段を駆け下り、廊下を走る。

 すると突然、何かにぶつかったような衝撃が私を襲った。


 頭がくらくらする。

 恐らくぶつかった相手であろう生徒が私に声を掛けている。

 頭の遠くから、彼女の声が聞こえてくる。

 この声は――。


 「あは、門田さん。ごめんね」


 彼女は委員長に似つかわしい笑顔を浮かべて、上から私のことを見ている。

 相変わらずの作り笑顔。

 腹立たしい限りだ。


 「ごめんなさい、前原さん。私がぼうっとしてたせいで」

 「いいよ、別に」


 ことあるごとに私につかみかかってくる彼女のことだ。

 どうせまた、嫌味を言われる。


 「あ、そう言えば門田さん、劇の練習まだ一回も出てないでしょ?」

 「…………」

 「だから、はい! これ、私が作った原稿ね」


 その顔。絶対何か企んでいる。

 私は作り笑いを浮かべる彼女を睨みつけながら、その分厚い原稿を受け取った。


 「今やってる練習は別に出なくても良いんだけど、さすがに近くなってきたら出てね。主役が居ないと皆も合わせにくいからさ」

 彼女は笑いながら、私を見下ろして言った。


 「だから今度練習に呼ぶときまでに、その台詞全部覚えちゃっといてよ。門田さんは私より頭が良いからきっとできると思って……主役の台詞、ちょっと多めにしておいたから」


 そう言って、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、去っていった。

 分かっている。初めから、彼女に好意を向けられたことなど一度もなかった。


 最初から私は、ずっと独りだ。


  ♪♪


 私の父親は、刑事だった。

 正義感溢れる父は、その鋭い眼差しと揺るがない信念で、さまざまな事件を解決してきた。

 たとえ命の危険にさらされたとしても、自分の信じる正義のために迷わず突き進む――そんな父を、私は尊敬していた。


 けれど、私はそんな父に隠していることがあった。

 私に彼氏ができたこと。

 心のどこかで孤独を感じていた私の心を分かってくれる彼のことが好きだったし、何より、彼の話からうかがえるその強い正義感を、とても尊敬していた。


 彼はとても優しい、良い人だった。

 それでも、きっと父親が認めてくれないことは分かっていた。

 父は、大学受験を控える高校生の私に、交際することなど許してはくれないと分かっていた。

 それは母も同じだ。

 私は両親に事実を隠しながら、彼と付き合っていた。


 正義感溢れる父。

 尊敬する父。

 けれど、父は彼を認めてはくれない。


 名前は伏せていたが、彼のことを未玖達に話したこともあった。

 だけど、皆どこか上の空で……

 結局、私の話はすぐに終わった。


 「天才」という言葉が重苦しかった。

 それは私を周りから遠ざける言葉。

 周囲の人間は皆私にレッテルを張り、私から遠ざかっていく。

 私は、孤独だった。


 だから私は、彼と離れることはできなかった。

 私の孤独を癒してくれるのは、彼だけだったから。


 彼は私の話を楽しそうに聞いてくれる。

 心からの笑顔を向けてくれる。

 それがとても嬉しかった。


 でも、そんな日々は長くは続かなかった。

 その日、彼と付き合ってからまだ一週間しか経っていなかった。

 彼の態度は、急に変わった。

 何かの冗談ではないかと思った。


 彼はただ一言、私には飽きた、と言って去っていった。


 彼を失う――そう感じたとき、私の世界は真っ暗になった。

 彼は私の唯一の心の拠り所だった。

 私のことを見てくれるのは、彼しかいない。

 あなたがいなくなったら、私は――


 必死に彼を引きとめる。

 私は彼の腕にしがみついた。

 しかし、彼の瞳に私は映ってすらいなかった。

 彼はどこか遠くを見つめて、呟いた。


 《俺はあの子と一緒にいくんだ》


 その時、一体彼は何を思っていたのだろう。

 それを聞き出すすべもないまま、その翌日だった。


 彼は――堀口裕太は、原因不明の事故で亡くなった。


 やっぱり、最初から私は独りだった。

 私は彼に見捨てられ、その彼は私を置いて死んでしまった。


 私は独りで泣いた。これ以上の苦しみがあるのか、分からなかった。

 けれど周囲の人間は私を弱い人間だとは見ていない。

 私は、強くあり続けなければならなかった。

 どんなに苦しくても、強く――。


 そんなとき、次の事件は起こった。

 刃物を持った男が、私達目がけて走ってきた。

 何が目的なのかは分からない。でも、このままじゃ殺される。


 私は無我夢中になって走った。

 死にたくない。ただそれだけだった。

 そして死んだのは、私達を殺そうとした男の方だった。


 男の死に方は、彼の――堀口君の死に方と酷似していた。

 原因の不明の事故死――ニュースではそう報道されていた。


 ……事故なはずがない。こんな偶然に同じ事故が起こるなんて、あり得ない。

 堀口君を殺しストーカー男を殺害した犯人が同一人物であることに、私は気がついた。


 誰がどうやって、何の目的でこんなことをしているのかは分からない。

 けれど、堀口君を殺した人間を――私を再び孤独にした人間を、私は許すことができなかった。


 そんな中、警察は一連の事件を事故として隠蔽することとして方針を立てた。

 捜査不可能な事件を公にして事を荒立てることはできない――それが警察の方針だった。

 そんなふざけた方針に歯向かったのは、紛れもない私の父だった。


 父のことを尊敬していた。

 しかし、そんな父が告げたのは、最も聞きたくない言葉だった。


 《その場に居たお前の友達三人の誰かが、この事件と関わっている可能性が高い。永美、お前、何か心当たりはないか》


 そんなもの、ある訳がなかった。

 花も、未玖も、満咲も、私の大切な友人だ。

 そんなことする筈がない。

 この中に、私が憎む犯人が……堀口君を殺した犯人がいる筈なんてない――。



 その事件以降、満咲は学校に来なくなった。

 友達思いの未玖は、満咲を励まそうと必死だった。

 明るい花は、そんな未玖に着いていった。

 皆、私の信頼する友人で――

 この中に犯人がいる筈なんてない。


 それからしばらくして、満咲は学校に来るようになった。

 学校で出会う私の友人たちは相変わらずの笑顔を浮かべている。

 彼女達の笑顔が眩しくて、

 一方で、彼女達を詮索する自分が情けなくて仕方がなかった。


 私は彼女達の笑顔で、孤独の寂しさを紛らわそうとしていただけだった。

 私に向けられる笑顔が嘘だなんて、もう信じたくなかったから。


 しかし、そんな私を絶望の底に陥れたのは、それからしばらく経った頃に起きた事件だった。

 その現場に居たのは――いつも私の目の前に居た人物だった。


 蒲田未玖――彼女がこの連続殺人事件の犯人だなんて、想像もできない。

 彼女は私が知る限りでは、そんなこと到底できない人物だからだ。


 何より、決定的な証拠がない。

 証拠を残さずに人を殺すことなんて、できる筈がない。

 それに、仮にそれができたとしても、そんな巧妙な手口を、あのお人好しで臆病な彼女が取れる筈が――


 嫌な予感がしてならなかった。


 (まさか、そんなこと、あり得るはずがないじゃない)

 (何を考えているの、私は)

 (だって、あの未玖が)


 頭の中で、必死に彼女が犯人であることを否定するための論理を組み立てているのに、


 (普通、人を殺したら罪悪感で動揺して、平然と笑っていられるはずないもの)

 (私達の前で見せるあの子の笑顔は、いつだって……優しかった……じゃない……)


 心の中で、彼女がどんどん遠ざかっていくような気がした。


 誰かに、嘘だと言ってもらいたいのに。

 未玖の、あの優しい笑顔の裏にそんな残酷な事実があるなんて、嘘に決まっているのに。

 そんな訳がない、と否定してもらいたいのに。

 私の思考回路はどんどん悪い方へと向かっていく。


 もし、未玖が犯人だとしたら?

 そんなこと考えてはいけない、と解っている筈なのに、それを止めることができない。


 もし、彼女が犯人だとしたら――

 彼女は銃を乱射した男を、ストーカーの男を、そして、


 私の、堀口君を殺した。


 何故? という言葉が頭の中を駆け巡った。

 たとえ証拠が見つからないとしても、彼女の動機が分からなかった。


 何故、堀口君を殺したのか。

 そもそも、彼女は堀口君のことを知らない筈。

 彼女と堀口君の関係は――


 そしてしばらく考えているうちに――私の中で、一つのピースが組み合わさってしまった。


 《俺はあの子と一緒にいくんだ》


 彼が私に告げた、最後の言葉。

 彼の言う「あの子」が、蒲田未玖のことだとしたら――


 私の頭の中は既に、ぐちゃぐちゃになっていた。

 嫌な予感がして、たまらなかった。


 (堀口君は、私と未玖で二股をかけていた……)


 《俺はあの子と一緒に行くんだ》


 (そして堀口君は――私を捨てて、未玖を選んだ)


 思考回路は既に崩落し、お腹の底の方から黒いものが込み上げてきた。

 それはやり場のない怒りに似た感情であり、悲しみに似た感情であり、

 悔しさに似た感情であり、屈辱に似た感情であった。


 (そして堀口君は――『連続殺人犯』の蒲田未玖に……殺された)


 その瞬間、とてつもない吐き気がするのを感じた。

 喉の奥まで込み上げてきた黒いものが、嗚咽とともに外に出ていく。


 殺す必要なんて、どこにあったというのだ。

 私は堀口君に選ばれなかった。

 あんたは――私を差し置いて、堀口君に選ばれたのに……!


 ――どうして、私が必要としていた彼を、殺してしまったの。


 思い浮かぶ過去の未玖の笑顔の裏に、「連続殺人犯」という言葉が過る。


 《あの子と一緒に行くんだ》

 「未玖は、堀口君が単に邪魔になったから殺した……?」


 何故彼女は、人を――堀口君を殺しておいて、平然と笑っていられるのだろう。

 何故彼女は、他人の大切なものを奪っておいて、平然と笑っていられるのだろう。


 その瞬間、蒲田未玖の今までの笑顔が全て不気味なものに感じられた。

 彼女が何を考えているのか、分からなくなった。


 お人好しの「蒲田未玖」。

 不器用で臆病な「蒲田未玖」。


 その本性が、人を殺しても平然と笑っていられる「連続殺人犯」なのだとしたら――

 私達に見せる「蒲田未玖」はすべて、演技だったのだろうか。



 次の日、蒲田未玖は学校に来ていなかった。

 亡くなった弟の忌引きだそうだ。

 花と満咲が彼女のことを心配していた。


 その光景を見ているうちに、吐き気がしてきた。

 もし、未玖が私達を騙していて、あの不器用な性格も全部嘘で、

 もし、今も未玖に翻弄される私達を見て嘲笑っているのだとしたら……?

 あの笑顔の裏で、平然と人を殺しているのだとしたら……?

 未玖が……全てを狂わせた元凶だとしたら……?


 「花、満咲……ちょっと、話があるんだけど」


 ああ、そうか。

 理解していた筈なのに。


 「永美……あんた、何、言ってんの……頭おかしいんじゃないの……」

 「違う、私はただ、そうかもしれないって可能性の話をしただけで……」


 私の話を聞いてくれる人なんて、どこにも居ないってこと。


 花が私を睨みつける。

 満咲は何を言っているのかわけが分からない、といった顔で私を見ていた。


 「それでも、永美は疑ってるんじゃん。未玖を……友達を!」

 「っ……でも……!」

 「そんなの全部憶測じゃんか……そんなわけ分かんない考え、あたしには理解できない」

 「……でも、手掛かりはこれしかないし、これが妥当な考えだと思うけど?」


 花の顔が青ざめていくのが見えた。

 知っている。その顔は、人が他人に失望したときの顔だ。


 「あんた、最低だよ……あんたみたいに『天才』になっちゃうと、そういう風に考えるんだ」

 「天才」という言葉が重苦しかった。


 「違う、私は……」

 それは私を周りから遠ざける言葉。


 「もういいよ、行こう、満咲。こいつ、もうあたし達の友達じゃないよ」

 周囲の人間は皆私にレッテルを張り、私から遠ざかっていく。


 こんなこと、最初から解っていた筈なのに。

 周りの人間が何を考えているのかなんて、最初から私には、分からなかった。


 最初から私は、独りだ。

 理解していたことだ。淋しくなんかない。

 だってこんなこと、昔から慣れているから。


 でも―― 


 「一緒に放課後練に出てほしい」


 そう言って、私の肩を掴む蒲田未玖。

 彼女のいつものぎこちない笑顔の裏に、「連続殺人犯」という言葉が浮かんだ。


 そうやって愛想を振りまく、その全てが偽物――。

 吐き気がする。


 今度は何を企んでいる。

 誰を騙す。

 誰を、殺す――



 教室に戻る気はなかった。

 ただ、あいつの様子を探るだけだった。


 そこで、私は最悪の光景を目の当たりにした。

 あいつは笑顔で、他の男子と話をしていた。

 あいつは、彼に告白されていた。


 私は逃げるようにして廊下を走った。

 階段を駆け下りた。


 あいつは……未玖は……

 私達を騙して――私を、堀口君を騙して、人を殺して、何人も殺して、

 平然と生きている。


 そして、次は――あの男子を利用して殺すんだ。

 堀口君のように……。


 階段を降りる足が速くなっていく。

 私はあの光景を見たときから、逃げるようにして教室を出た。


 呼吸が苦しくなってくる。

 あの光景を思い出すだけで、腹の中に熱いものが込み上げてくる。


 まともじゃない。

 ――私が?

 分からない。でも、きっと……

 あいつが――蒲田未玖が、まともじゃないんだ。


 あいつを……蒲田未玖を許してはいけない。

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