第28話 仲間の存在
帰りのHRが終わると同時に、生徒たちは放課後練に向けて一斉に準備を始めた。
私は「早速練習を始めるよ!」と意気込む花の拘束を「ちょっとトイレに行ってくるね」と言ってくぐりぬけ、そのまま気づかれぬよう彼女の元へ急ぐ。
放課後練にはまだ一度も出たことのない彼女は、今日もHR終了と同時に教室を出ていた。
が、今日は慌てて追いかけたんだ。絶対に追いつく。
廊下を走り、彼女の姿をとらえる。
彼女の整った黒いショートヘアが、その細い背中が、いつもより寂しそうに見えた。
彼女が階段を降りる直前――私は彼女を引きとめることに成功する。
彼女の肩を掴む。
彼女は振り向いて、私の姿をとらえた。
「未玖……何のつもり」
門田永美は、私を見て冷たく言い放った。
彼女から放たれる冷気に一瞬身体が硬直するが、そんなものに構っている場合ではない。何か、言葉をつなげなくては。
「永美、そ……その、今日、放課後練……出ないの?」
そう言って、私は笑顔を浮かべてみせた。
私の、大切な友達。このまま放っておくことなんて出来ない。
このまま、永美を一人きりにしたまま、残りの三人で平和に過ごすなんて嫌だから。
そう思って、彼女に声を掛けた。
しかし……彼女の周りの空気が、予想以上に冷たい。
「……出るわけないでしょ」
永美はそう言うと、私の手を肩から離し、階段を降りていった。
私は、これ以上足が動かなかった。
私の手を放した永美の手が冷たくて、
私から遠ざかっていく永美の背中がいつも以上に細く感じられて、
でも、私はそれ以上に……何も言うことができない、臆病者だった。
そんな私の代わりに「待って」と叫んだのは、後からきた満咲だった。
「永美ちゃん……私は、永美ちゃんが何を考えているのかはよく分からないけど……」
彼女は真っ直ぐに、永美を見つめて言った。
「やっぱり、考え直して欲しいって思う」
私の後ろで叫ぶ満咲の声は、震えていた。
けれど、私の声よりずっと――しっかりしていた。
「そう……言いたいことはそれだけ?」
彼女は私達を睨みつける。
私は足がすくむのを感じた。
何も、言うことができなかった。
「調子のんなよ、永美」
そう言いながら階段を降り永美に近づいていくのは、怒りをあらわにした花だった。
「もうあたし達に関わんな、っていったじゃんか」
彼女の語気が強まっていく。
すると、永美は強く舌打ちしてから、私達の元から去っていった。
足が震えている。
私は何もできなかった。
永美を救いたかった。それなのに、何も……。
私は、ただの臆病者だ。
「あんな奴、もう友達じゃないよ」
花が永美の去っていった方を忌々しそうに睨みつける。
満咲がおろおろしながら、花をなだめた。
「行こう、未玖」
花が私の腕を掴んで笑いかける。
満咲が私の手を取って微笑む。
二人の手が、冷たいような気がした。
皆がどこか遠くにいってしまったような気がした。
「花……永美とは何があったの」
私の声は震えていた。
その本当の答えが返ってこないことを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。
花は笑いながら「あいつは天才だから、あたし達とは違うんでしょ」と言って私の肩を叩く。
「あたしにはあいつの考えてること、分かんなくなった」
そう言って、花は遠くを見るような目をした。
「もう、あんな奴に関わってないでさ、あんたはあたしらに頼ってればいいんだよ」
花は笑ってから、「早く練習に来なよ!」と言って教室に走っていった。
残された私が階段で立ちどまっていると、満咲が笑顔で私に言った。
「大丈夫だよ、未玖。きっとうまくいくよ」
「……えっ」
「未玖が言ってたこと。永美ちゃんとまた一緒に過ごせると良いねって話」
満咲が私の両手を握る。
彼女は私に優しく微笑みかけてくれた。
「花ちゃんはああ言ってるけど……本当はまた、皆で一緒に過ごせるようになりたいんだと思うよ」
「満咲……」
彼女の言葉は、私が知る以前の彼女よりもずっと、しっかりしていた。
「また、皆で一緒にお弁当食べよう。私は、未玖を信じてるよ」
何よりも、彼女の言葉は……とても温かかった。
一人では何もできない、弱い私。
それでも、私には――心強い仲間がいる。
それは、今も、そしてこれからも、変わらない。
永美は今、一人なんだ。
きっと今一番苦しいのは、永美なんだ。
やっぱり私は、永美を助けたい。
私は弱くても、支えてくれる仲間がいる。
永美と花を仲直りさせて――また、皆で一緒に過ごそう。




