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wink killer  作者: 優月 朔風
第1章 死神と少女は出会う
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第2話 後悔

 帰り道。

 その日の学校はまるで何事もなかったかのように、いつも通り終わった。

 ただ、私の独り言が異常に多かったことを除いて――。


 「あのね……ミタ?」

 「何?」

 「静かなときは、あまり話しかけないで欲しいな……授業中とか」

 「何だ、君、テストでも近いの? そんなもの適当にやっておけば良いのに」


 仕事をさぼって向こうの世界を追い出されたミタに言われたくない――

 と思ったが、それは口に出さないことにした。


 「そ……そうじゃなくて、私達が喋ってるの見られたら、私が独り言ばかり言ってるように見えておかしいでしょ?」

 「……そうか?」

 「そっ、そうだよ!」


 すると、ミタは小さくため息をつき、「ちぇ、つまんねーの」と言いながら私の横に並び、トボトボと歩いた。


 (このまま何も起こらずに、死神の力も使わないで、一人の女の子として平和に暮らしたい……)


 そんな切ない願望を抱きながら、私は家に着いた。



 自分の部屋に戻ると、暇になったのでテレビでも見ようと、リモコンに手を伸ばす。


 「へぇー、やっぱりこっちの世界にもテレビあるんだ」


 そう言うと、ミタはイスに座って身を乗り出した。

 季節外れの黒いコートが、イスからだらりとはみ出す。


 私がテレビをつけると、テレビではちょうどニュースが流れていた。

 元カレ――堀口君が死んだ、昨日の事件が……。


 「……み……ミタ……これって……」

 「ふあ? あぁ、昨日のアレか。もうニュースになるんだなー、こっちの世界は情報が早いな」

 ミタはあくびをしながらケラケラと笑っている。


 私の中で、忘れかけていた恐怖が蘇る。

 もはやテレビの画面から視線を移すことすらできなくなっていた。


 ずっと前から、時折声が聞こえることがあるのだ。

 自分の中のその声は、冷たく頭の中に響き渡る。


 蘇る記憶。私を殺そうと堀口君がナイフを振り上げた、あの瞬間――。

 死にたくないと願う私の中で、確かに聞こえたのだ。

 ――()()()、冷たい声が。



 『こんな奴、死んじゃえばいいのに』



 「私は……私が、堀口君を殺しちゃったんだよ……! じ……自首しに行かなきゃ……」


 私が死にたくないと願ってしまったから。

 私のせいで、彼は死んでしまった。


 『こんな奴、死んじゃえばいいのに』

 ――私が存在するせいで、一体どれだけの人を傷つけることになるのだろう。


 私は震えが止まらなかった。≪原因不明の不審死! いったい彼の身に何が?!≫と書かれたテロップが、私の自責の念を煽る。

 そんな私を見つめながら、ミタは呆れたようにして言った。


 「……じゃ、君が自首したとして、君は何て言うの? 誰が君の力を信じると思う?」

 「…………」

 「本当なら……君はあの時、死んでいたんだ。その後、彼も死ぬつもりだった。もしもあのままだったら、君と彼、確実に人間が二人死んでいた――それに比べたら、自分一人でも人間が救われたって考えることだってできるだろ?」

 「でも……」

 「『でも』じゃないだろ、アホか君は。自分の命より大事なものなんて、どこにあるんだよ」

 「だって……私は……!」


 《こんな奴、死んじゃえばいいのに》

 そう言う()()()「声」はとても残酷で、恐ろしかった。


 涙ぐむ私を、ミタが睨みつける。

 私の口から、弱々しい声が漏れ出す。


 「私は……臆病だから……私なんて、いない方が……」

 「ふーん」


 ミタの口調は冷たかった。

 そして、私を見下ろし静かに呟く。


 「じゃあ、『いなく』なればいいんじゃない?」

 「えっ……」

 「『えっ』じゃなくてさ。いない方がいいなら、俺が転送してあげるよ? 死にたいんだろ?」

 「……」


 その瞬間、彼の瞳が赤く輝く。

 私は思わずたじろぐが、彼が私の襟首を掴む。


 「じゃ、さよなら」


 私を見下ろす彼の瞳には何も映っていなかった。

 失望も、躊躇いも、哀れみも。


 そこで私は悟り、そして恐怖した。

 彼は「人間」ではなく「死神」であり、私は彼にとって虫けら程度の存在でしかないのだと――


 「い……嫌……!」

 とっさに彼を突き飛ばし、彼はバランスを崩して机に強く頭を打った。


 「いたたたた……そんなに強く突き飛ばさなくてもいいだろ……。冗談だよ、冗談」

 「じょ……冗談……?」

 「当たり前だろ……前に言ったじゃないか、『力は君に奪われた』って」


 あ……そっか。

 そうだった……。


 とりあえず一命を取り留めた私は、安堵と同時に全身の力が抜け、ベッドにへなへなと座り込んだ。

 ミタはため息をつきながら、呆れたように言った。


 「君、矛盾してるんだよ……。生きたいのか、死にたいのか、どっちなんだよ」

 「わ……私は……」


 『あなたは死なせない』


 さっき、思わずミタを突き飛ばした瞬間、心の中の冷たい「声」がそう叫んだから。

 私は、本当は――


 「私なんて……生きてても、誰かの役に立てるのかな……」

 自分の存在価値を見出せない、臆病者。


 「私が生きていたら……誰かを傷つけるかもしれないから」


 涙ぐむ私に、ミタは呆れたようにして言った。


 「……俺は死神だから、人間が考える道徳とはズレてるかもしんないし、そもそもそんなものには興味もないけど……。未玖はアレだな、考え過ぎのタイプだな。そうやってどうでもいいことばっか考えて悩んでるんだろ?」


 ミタの声が、私の心に突き刺さる。

 「難しいことなんて考えなくていいんだよ。君があの場所で生き延びた、それだけで十分、それ以上もそれ以下もなしだ。それに、」


 彼は笑って付け加えた。


 「誰かを傷つけないで生きてる奴なんて、いないだろ?」


 ミタが私の頭に手を載せた。

 死神の冷たい手が何故かとても温かく感じられた。


 「あり……がとう……うぅ」


 たまっていたものを吐き出すようにして、私は泣きじゃくった。

 私の中に渦巻いていた不安は、ミタの言葉で少しずつ薄らいでいった。



 その後、いつも通り家族で夕食を食べ、お風呂に入ってその日は寝た。

 ミタが私に憑いていること――それ以外は、何の変哲もない、いつもと変わらない一日だった。


 私がミタと出会った一日は、こうしてゆっくりと終わった。


  ☆★☆


 『あなたは死なせない。あなたは私から逃れられない……永遠にね』

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