第27話 ミタと「あの方」
――夕食後、部屋の中にて。
「ねぇ、やっぱりあの男子は君に気があるんじゃないのか?」
そう言って私の動揺を誘ったミタは、私がジョーカーを適当な配置にする暇を与えずに普通のカードを抜き取った。
私があっけにとられていると、ミタは呆れたように言葉を続けた。
「君、そんなに鈍感だったっけ。どうみてもあの将って奴、君に気があるでしょ」
ミタの思ってもみなかった台詞に訳が分からなくなった私は、戦略を考える余地もなく次々と彼に普通のカードを取られていく。
「か、神峰君が? そんな訳ないでしょ」
あり得ない、ととりあえずミタの戯言を一蹴し、何とか思考をババ抜きに集中させることに成功。
が、手元に残ったままのジョーカーが強く己の存在を主張しているのが目に入り、思わず深いため息がこぼれた。
「そういうミタは、天界で好きな人とかいたの?」
あり得ないな、と鼻で笑う彼の手が震えているのを見て、私はジョーカーを一番端の取りやすい位置に配置。
彼は見事に引っかかり、悔しそうな表情を浮かべた。
(――ミタは焦ると左端のカードを取ろうとするからね)
私は勝った、と思いながら余裕の表情を見せた。
ミタが後ろの手で隠しながらジョーカーの配列を並べ替えるのを見て、私は思わずクスリと笑う。
本当に、人間みたいだ。
こうやってトランプをしていても、ミタは普通の人間のように振る舞っていて、とても死神とは思えない。
それでも、彼が自分と違う世界に生きる存在であることは、天界の話を聞いているうちに実感する。
天界のことを語るミタは何だか懐かしそうな表情になる。
私と出会った当初は「天界から追い出された」なんて言っていたけど、本当にそうなのだろうか。
まぁ、そんなこと私が詮索したってしょうがないよね。もう気にしない、って決めたことだし。
ここまで連敗のミタは、次は負けまいとあれこれ策を練っているのか、カードの配列にこだわっているようだ。
頑張って考えているんだろうけど……顔に出てるんだよなぁ。
「はい、選んで、未玖」
両手にカードを広げ、私を促すミタ。
漆黒の瞳が、私をじっと見つめている。
相変わらず綺麗に整った黒髪が、風もないのにさらりと揺れる。
真っ黒なコートの下から覗く、細長い華奢な手足。
羨ましい限りの、白く透き通った肌。
私はカードを選びながら、ミタに顔を近づけた。
「なっ、何だよ、未玖。早く選べよ」
ミタが慌てたように私を見る。
私より大人びた雰囲気を漂わせていながら、ぱっちりと開かれた目元はまるで……
「あのさぁ、ミタってやっぱり女の子っぽいよね」
「……はぁ?!」
初めて出会ったときから、気になってはいたんだけどね。
衝撃のあまり固まるミタを見て、私は「いや、何となくだけど」と付け加えた。
「未玖、それは俺を馬鹿にしてのことか?」
「えっ、別にそういうつもりじゃ……」
「……なら別に良いけど」
ミタは不服そうに呟く。
うーん、もしかしてコンプレックスだったのかな。ごめんね、ミタ。
「同じことを、『あの人』にも言われたよ」
「……はぁ?!」
思わず声を上げてしまう私を一瞥してから、彼は言葉を続けた。
「『あの人』はタチが悪いから、息抜きした方がいいとか言って俺を女装させてみたり……ああ、思い出しただけでも身震いがする」
それはお気の毒に……。というか、何をやっているんだ、天界は。暇なのか?
やはり今までの話に聞いた通りの「あの方」の酔狂ぶりに驚きつつ、私はミタが天界に居た頃の話を尋ねてみることにした。
「天界で……ミタはどんなことしてたの?」
ミタはまだその時の恐怖がおさまらないのか多少震えていたが、やがて当時のことを思い出しながら懐かしむようにして言った。
「……仕事してたよ。『あの人』のところでね」
「へえ。……楽しかった?」
私の質問に少し驚いた表情を見せたミタだったが、やがてクスリ、と小さく笑って答えた。
「まぁ、楽しかったかな。『あの人』にはいろいろと付き合わされたけどね」
「ふぅん……女装とか?」
「その話はやめてくれ」
「はは、ごめんごめん」
もう思い出したくない、と必死に訴える視線が刺さってくるので、これ以上は追及しないことにした。
けれど、彼の話を聞いているとやはりいつも伝わってくるものがある。
彼が「あの方」を慕っているということ。
彼がどんなに「あの方」を散々にけなしていたり、文句をつけているときでも、彼はいつも懐かしそうにその話をするのだ。
そして、ミタが「あの方」のことを心から信頼しているのだということも。
彼が本当に天界から追い出されたのかどうかは分からないが、それでも、彼が「あの方」を心から慕っていることは今でも変わらないのだろう――ミタの話を聞いていると、心の底からそう感じるのである。




