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wink killer  作者: 優月 朔風
第4章 家族
22/96

第20話 それから

 「姉ちゃん……まだ起きないのか、姉ちゃん?」


 ――頭の中で、懐かしい声がこだまする。

 どこかで聞いたことのある声がする。

 この声は……


 しばらく考えているうちに、寝ぼけていた私の脳は次第に冴えわたっていく。


 「――拓也!」


 私は勢いよくベットから起き上がった。

 すると、私の目の前には拓也ではなく、先程から私に呼びかけてくれていたミタの姿があった。


 「その……君が今日から学校だって聞いたから」

 ミタはそう呟くと、視線を私から逸らす。

 私の冴えわたっていた頭が、再び朦朧としてくる。


 もうこれで何回目になるだろう……拓也の夢を見たのは。

 夢から覚めるたびに、ただただ残酷な現実に打ちのめされそうになる自分がいる。


 けれど、もう私は心を決めたのだ。


 私にできること。私の存在価値。

 私はやるべきことを見つけたんだ。

 だからもう、拓也がいなくても大丈夫。

 ひとりで生きて……


 「……未玖?」

 ミタが心配そうに私の顔を覗きこんだ。

 私は軽く笑いながら「大丈夫だよ」とその場を流し、階段を下りた。


 ――お母さんも、最近は楽しそうにテレビ眺めてるし。きっと大丈夫だろう。

 私も、早く支度しなきゃ。


 私はテーブルの上に置いてあった朝食を半分だけ食べてから、ソファに置いておいた制服を着た。

 久しぶりの制服に袖を通したとき、何だか自分が学校に行くことが不思議なことのように思えた。


 「行ってきます」

 母親の返事はなかった。まだ今日も一日中、テレビに夢中になっているのだろう。

 私はひとりで呟くように言ってから、玄関のドアを開けた。


 両目の中に眩しい日の光が差し込んでくる。

 秋らしく少し涼しくなった風が、私の頬にあたった。


 「……君は、強いんだね」

 「……えっ?」

 突然掛けられたミタの言葉に私は一瞬驚いた。

 思わず目を見開いた私に、ミタは続ける。


 「だって、君は……何があっても、必ず前を向いてきたじゃないか」

 「…………」

 ミタは相変わらず視線を合わせようとしない。

 私は少し笑ってから、小さな声で呟いた。


 「強くなんてないよ、私」

 すべては弱い自分を守るため。

 そのために、私は必死に生きてきただけ。


 「……そっか」


 ミタはそれ以上話そうとはしなかった。

 九月中旬の冷たい風が、私とミタの間を通り抜けていった。


  ☆★☆


 教室に入った瞬間真っ先に私のもとへ向かってきたのは、満咲だった。

 満咲は心配そうに私の顔を覗きこんだまま、感極まったのかしまいにはそのまま泣き出してしまった。

 そんな満咲の後ろから優しく手を伸ばしたのは花で、彼女は満咲の背中をさすりながら、私に話しかけた。


 「満咲はずっと心配してたからさ。『未玖がもう学校来られなくなったらどうしよう』って」

 「…………」


 そっか。満咲は私のこと……

 今度は私が満咲に心配されて……何だかこの前とは逆のようだ。

 でも。


 「もう私のことは心配しないで。ほら、私、もう大丈夫だから」

 「未玖……?」


 満咲が泣いていた顔を上げる。

 私は「泣かないで」と言って微笑んだ。

 しかし、満咲の表情は次第に曇っていく。


 「私……未玖の力に……」

 「大丈夫だよ、満咲。私はもう大丈夫だから。ね?」

 「……未玖」


 すると、しばらく黙っていた花がうつむいたまま私に言った。


 「あんたの大丈夫は、いつも大丈夫じゃないでしょ」


 花の言葉が、私の胸に突き刺さる。


 「花……」

 「自分じゃ気づいてないだろうけど……未玖はいつも、自分ひとりで抱え込みすぎなんだよ」

 「…………」


 ――ひとりで抱え込む……、か。

 考えたこともなかった。

 まさか、花達にそんな風に思われていたなんて。


 突然のことに動揺する私に、花は語気を強めて言った。


 「だって……大丈夫なはずないじゃんか、未玖。……あんなことがあったのに!」

 「…………」

 「は、花ちゃんっ」


 慌てて隠すようにして満咲が花を制する。

 花はしまった、というような表情を浮かべながら、小さく「ごめん」と呟いた。


 《未玖はいつも、自分ひとりで抱え込みすぎなんだよ》

 《姉ちゃん……もう、ひとりで抱え込まないでくれ》


 花の台詞が、拓也の言葉と重なる。

 あのときはミタと話してたのがバレそうになっていて、落ち着いて拓也の話を聞いてあげられなかった。


 あのとき、もっと拓也と話せていたら……

 

 拓也と、もっと一緒に居られたら……

 拓也が死なずに済んだなら……!


 《人の大切なものを奪っておいて笑っていられるなんて、最低よね》

 《こんな奴、死んじゃえばいいのに》


 「……あの男は、死んで当然だった」

 「えっ」

 満咲の驚く声が聞こえた。

 その隣で、花は自分の失言を誤魔化そうとぎこちなく笑いながら言った。


 「さっ、錯乱状態じゃ……そうだよな、自殺したって」


 自殺。……そう言えば、一般的にはそう報じられているんだっけ。

 あれから何度か事情聴取兼カウンセリング中にやってきた刑事が、私にそう言っていた。

 ……私にはどうでも良い話。


 「私はもう平気だよ」

 何があったって、私は生きていける。

 「未玖……」

 私はもう、自分の存在価値を見つけられたから。

 「大丈夫、心配しないで」


 もう誰にも頼らない。

 誰にも心配かけない。

 私はもう、ひとりでも大丈夫。


 私がこの力を得たのは、きっと誰かのためで……

 それはきっと、神様が――


 「嫌だよ、そんなの!」

 「……満咲?」


 満咲が泣いている。

 その目はじっと、私の目の奥を見つめていた。


 「未玖……そんなの、全然大丈夫じゃないんだよ!」

 「えっ……」

 突然、満咲の体重の重みが一斉にのしかかってくるのを感じた。

 涙交じりの声で叫んだあと、満咲は私に抱き付いたまま泣きじゃくった。


 ――驚いた。

 満咲のこんな姿は初めて見た。

 満咲がこんな風に感情を出したのを初めて見た気がする。

 それは花も同じだったらしく、意外な満咲の行動に驚いていた。


 「満咲……?」

 満咲の腕から、彼女の震えが直接伝わってくる。

 満咲は私に強くしがみついて泣いたままで何も言おうとしなかった。


 するとしばらくして、花が静かに口を開いた。


 「……満咲にとって、未玖は大切な存在なんだよ。それに、それはあたしも同じ……だから放っておけないんだよ。未玖のこと」


 花が優しく微笑む。

 その笑顔に、私の中で何かかたまっていたものがとけていくような感じがした。


 「花……満咲……」


 私の中で何かが、音を立てて崩れていった。

 親友の言葉が、想いが、私の心の壁を崩していく。



 ――「大切な存在」。

 そういえばそんなこと、私も前に、誰かに対して言ったような気がする。


 《もう、無茶はしないで……》

 ミタが大切な存在だった。

 だから私は、ひとりで出かけていくミタを放っておけなかったんだ。


 《所詮……私は『人間A』ってことなんだね》

 ひとりで全てを抱え込もうとするミタが、遠くに感じた。


 そんな彼が、私を拒絶しているみたいで……とても、寂しかったんだ。


 そっか。

 私もミタと同じように、ひとりで全部抱え込もうとして……

 きっと同じように、辛い思いをさせてしまっていたのかもしれない。


 友達にも。

 それから、ミタにも。


 「そっか……そうだよね。ごめん、……私、いつも心配かけてばかりだったんだね」

 「未玖……!」


 満咲が手を放す。

 その顔に、少しずついつもの明るさが戻っていった。


 「ううん……心配かけて、それで全然良いんだよ! それが、友達なんだから」

 満咲が力強く私を見つめる。

 その目に、私は何だか励まされるような気持だった。


 「そうそう、未玖はもっと誰かを頼った方が良いじゃんってこと! あたし達は未玖の見方なんだから」

 花の笑顔が、私の心に沁みわたっていくのを感じた。


 「二人とも……ありがとう。私のために……」

 私は思わずその場でうつむいた。

 油断していると、涙が出てしまいそうだった。



 席についた私達はしばらくの間他愛もない話で盛り上がっていた。

 私が休んでいた間のことを二人で何だか楽しそうに話しているので、私も思わず頬が緩んでしまう。


 「で、今度鼻眼鏡がやるって言いだしちゃってさ~、小テスト」

 「私も嫌だなぁ~テストやるの」

 「……えっ……テストあるの?」

 「えー未玖、知らないの? ……ってそっか、休んでたもんね~」


 因みに「鼻眼鏡」とは私達の担任のあだ名である。

 命名理由は単純に、人を馬鹿にするような話し方をするときの彼の癖で、メガネをこう鼻の上でくいっとする動作から来ていて……

 ――って、そんなことは今はどうでも良いのである。

 テストって何だ。どうして……


 「うちらの数学がヤバ過ぎるってことで、担任としては放って置けないんだとさ」

 「え……」


 うわぁ何てことだ。そのまま放って置いてくれればよかったのに。

 それにしても花、何だかうれしそうだなぁ。

 というか、妙に嫌な予感が……。


 「ふふーん。未玖、どう考えてもこの中で一番ヤバイの未玖だもんね? 焦る気持ちは分かるよ。だって……このテストで赤点とったら、もれなく鼻眼鏡先生との面談があるそうですから?」


 ああ、やっぱりそう来たか。

 しかし、正論である。もともとの成績が四人の中で最下位であるにも関わらず、今週はずっと学校を欠席していたのだ。私のもともとの成績から考えてみても……いや、そもそもこの小テスト自体、私をターゲットにして組まれた可能性だって否めない。


 「そこであたしの出番だよ、未玖」

 花のドヤ顔である。

 「そこそこにできちゃうあたしを頼ってくれても良いんだからね?」


 うーん……確かに花は私達の中では頭良い方だけどさ。

 というか、これが言いたくてさっきからあんなにニヤニヤしてたのか。隣で満咲も思わず苦笑しているよ。


 「ありがと、花。でも私……頼むなら永美に頼みたいなー、なんて」

 だって成績優秀、といえばいらっしゃるじゃないですか。

 我らが誇る秀才、永美様が。


 「永美……」


 その瞬間、花は言葉を止めた。

 満咲の表情も青ざめている。

 一瞬にして、空気が凍ってしまったかのようだった。


 えっやばい、まずい。冗談の度が過ぎちゃったパターンだ、これ。


 「ご……ごめん……ち、違うんだよ、別に花を否定して言ったわけじゃなくて……ただ、冗談のつもりで……」

 踏んではいけない地雷を踏んでしまったようだ。

 それにしても……コンプレックスなのだろうか? 花が? そんな風には見えないのだが……。


 それからしばらくの間私達の間に沈黙が流れ、花がゆっくりと口を開いた。


 「永美には……頼まない方が良いと思うよ」

 「えっ」

 花の台詞が想像していたものとは大分違っていたので、驚いて私は思わず目を見開いた。


 「どういうこ……」

 「最近あいつ、付き合い悪くてさ……何かよく分かんないけど、追い詰めちゃってるみたいだからさ、いろいろと」


 満咲はおろおろしたままだ。

 私は花の言葉に違和感を感じた。

 いつも友達思いの花が、私を立ち直らせようとしてくれた花が、永美をこんな風に突き放すようなことを言う訳がない。

 いつもの花なら、彼女を立ち直らせようと何かしら行動を起こすはずだ。



 花と永美の間に、一体何があったのだろう。


 「そっか。ごめん、余計なこと言って」

 「ううん、違う……未玖は何も悪くないんだから」


 そう言って、花は軽く笑った。

 その笑顔が、少し落ち込んでいるように見えた。


 それからすぐに例の担任が教室に入って来たものの、私達は若干の重苦しさを残したまま朝のHRを迎えた。


  ☆★☆


 ――数日前。

 未玖の入浴中、部屋に残されたミタがお笑い番組を見ようとテレビをつけると、テレビ画面にとあるニュースが映し出された。


 『十四日昼頃、○○区のファミリーレストランで強盗殺人事件が発生』

 『この事件で、店内に居た4人が死亡、2人が重傷、1人が軽いけがをしました。死亡した4人のうち1人は犯行グループの一員だとされています』

 『被疑者は店内で銃を乱射した後、精神異常をきたして自殺』

 『警察の調べによると、以前から周囲の人間に対して「」……』

 『…………』

 『坂口さん、この事件に関してはどう思われますか?』『そうですね。被疑者が死亡してしまった以上真意は分かりませんが、おそらく彼は……』『……警察は……』『被害者の方々のご冥福を……』


  ☆★☆


 この力で、誰かを守ることはできないけれど……

 この力で、誰かの気持ちを救うことができるなら。


 私にだって誰かのためにできることがあるのなら、

 そのために、私は力を使おう。

 そのために、私は生きていこう。


 こんな私にでも、できることがある。

 そのことに気付かせてくれたのは、きっと神様のくれたこの力のおかげなんだ。


 それが、臆病な私の、存在する価値なんだ。


 今ここにいる友達といつもみたいに笑って過ごすために――そのためには、永美が必要だ。

 また四人で過ごせるようになるために、私に何ができるだろう。



 いつか死んでしまうとしたら、私の側には誰がいるだろうか。

 そのときに私は、大切な人を守って死ねるだろうか。

 そのとき私は何を思い、何を考えるのだろうか。


 そんな日がいつ来るかなんて分からないけれど、

 大切な人が皆……


 どうか、いつか皆が幸せになれる日が来ますように。


  ☆★☆


 リビングのソファの上に参考書の詰まった重たいカバンを下ろし、彼女は凝り固まった肩をコキコキと鳴らした。

 深呼吸を一つしてから、彼女はソファにもたれて座る。


 「はァ……」

 彼女は今日の出来事を思い出しながら、重怠いため息を一つ。

 ちょうど同じくして、玄関から父親の小さな声が聞こえてきた。


 「おかえり、お父さん。同じバスだったのかしら」

 「さあな。それより、今日はお前早いじゃないか。今日はないのか、塾?」

 「ないわよ。さすがに毎日あるわけじゃないもの」

 「そっか」


 彼は「今日も疲れたなぁー」と呟きながら、大きく伸びをする。

 父親のスーツから少しタバコの匂いがした。


 「またタバコ吸ってるの? 禁煙したんじゃなかったっけ」

 「そのつもりだったんだけどな。……まあいろいろ苦労があんだよ、俺にもな」

 「へぇ。でもお母さんタバコの匂い嫌いだから、怒られないと良いね、お父さん」

 「わっ分かってるよ。だからこうして外でしか吸ってないだろ?」


 父親はハア、とため息をつきながらテーブルに座る。

 彼女は立って父親の前に移動しながら、彼に質問した。


 「大変なんでしょ、捜査」

 彼女が前の席に座る。

 「まあな。手がかりは掴めても……そこから先に進めないんだ」

 「ふーん。具体的にはどんな感じなの?」

 「捜査の内容についてはいくらお前でも教えらんないな」

 「あーあ、残念。ま、無理だろうと思ったけど」

 彼女が小さくクスリと笑う。


 「それにしても……珍しいな、お前が俺の仕事の話聞いてくるなんて」

 「こう見えて私はお父さんの仕事を尊敬しているのよ?」

 「……お前何か企んでないか?」

 彼は娘の顔を訝しげに見つめた。

 彼女はふふ、と笑ってから、「別に何も?」と答えをはぐらかす。


 「お前こそ、あまり勉強し過ぎてヤケ起こすんじゃねーぞ。お前は頑張りすぎるといつも周りが見えなくなるからな」

 「誰譲りだと思ってるの?」

 「さあな。まあ、ほどほどが大事ってことだ。お前もたまには休めよ。友達と遊びに行ったりしてさ」

 「ふふ……はいはい、じゃあ、そっちも頑張りすぎて身体壊さないでよね、門田刑事」

 「……娘に改まってそう言われると何だか照れるな」

 「はいはい」


 そう言って、彼女は父親の返事をいつも通り軽く受け流す。


 それから父親は冷蔵庫から仕事帰りのいつもの冷えたビールを取り出し、

 彼女――門田永美は荷物を持って自分の部屋へと向かって行った。

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[一言] 主人公に降って湧いたような「人殺し」の力。 しかし、それが神様から赦された力だとしても、躊躇するのが、普通の人間であり、優しい本作の主人公なら尚でもある。 ……なのに、運命は過酷な平手打ち…
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