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wink killer  作者: 優月 朔風
第4章 家族
16/96

第14話 日曜日

 「姉ちゃんー? まだー? そろそろ出ようよー」


 階段の下から拓也が私の部屋に向かって叫ぶ。

 先程ベッドから抜け出たばかりの寝ぼけた私の頭に、懐かしい声が響き渡った。


 「何……? むにゃ……誰か呼んでるの……」


 ぼんやりとした意識の中で、私はカレンダーの日付を確認し――今日の日付の部分に印づけられた「拓也とお好み焼き」という文字が視界に入る。

 「んー……お好み焼き……って、え……」


 その瞬間、私の意識ははっきりと目覚め、同時に頭からサーッと血の気が引いていくのを感じた。


 「やばい……やばいよ! 完全に寝坊した!」


 わずかな時間の中で、寝ぼけた頭を無理やり叩き起こし、私は出来る限り身支度を急いだ。

 その間、下からは拓也の不満げな声が聞こえてくる。

 そして――できる限りあがいた結果、拓也と出発したのはそれから15分後だった。



 「姉ちゃん……相変わらず寝起きが悪い癖治ってねーのな」

 お好み焼き屋へ向かう途中、拓也は呆れながら私に言った。


 「そっ……それは――ごめんなさい」

 今日も事実拓也を待たせてしまった私は、何も言い返すことができなかった。


 それに……今日はいつも無理やりに私を叩き起こしてくれるミタが居ない。

 昨日の夜に出ていったきり、ミタは帰って来ていないのだ。


 「やっぱり今日は姉ちゃんのおごりだし……好きなだけ沢山頼んじゃおうかな、お好み焼き」

 拓也が意地の悪い笑みを浮かべる。

 「そ……そんなあ……」

 ――まずい。お財布の中身が……!


 すると拓也は「冗談だよ」と言って笑い、両手をポケットに突っ込む。

 私はひとまず自分の財布の中身の危機を乗り越えたことに安堵しつつ、小さくため息をついた。



 今日は日曜日。

 そもそも私が拓也にお好み焼きをおごると約束しなければならなくなったのは、先日拓也に私がミタと話しているところを見られてしまったからである。

 正確に言うと、ミタは彼には見えないので、「私が一人で何やら話しているところ」を見られてしまったからである。


 私の挙動不審を訝しむ彼を、何とか「お好み焼きをおごる」という約束で丸め込むことができたというのもかなりの成果であったが、それよりも本来、今日の約束には別の意図があったのだ。

 もともと拓也には好きな子がいた。というのは私の憶測にすぎないけれど、まあ十中八九そうだろう。私の勘は大抵当たる自信がある。


 拓也には好きな子が居るけれど、おそらくあの様子では何もできずにいる。だから、私があの子の背中を押してあげる、……完璧な算段だった。

 だが悲しいことに、おそらく彼は振られてしまったのだろうと思う。……うん、あの様子は多分そうだ。


 そして、私は残された「弟にお好み焼きをおごる」という約束を果たさなければならなくなってしまっているのである。


 「そもそも拓也、今日のお好み焼きのお店どんなとこだか知ってる?」

 「ん?」

 本日の目的である「新しくできたお好み焼き屋」は電車を乗り継いだ先にあるので、私達は今、地下鉄に乗りながら移動している最中だ。

 私が隣に座る拓也に尋ねると、拓也は興味がないといった感じで「うん、知らない」とそっけなく返事を返した。


 「なっ……知らないって、聞いたことないの? 今テレビとかで凄くやってるのに! そのお好み焼きのお店!」

 「だって、何でもいいし。姉ちゃんがおごってくれるなら俺は何でもいいよ」


 ――ハア、連れて行き甲斐があるんだかないんだか。

 私は小さくため息をつきながらも、拓也に説明した。


 「あのね、そもそもあそこ今すっごく人気でね? 今日も多分すごく混んでるんだから」

 「ふーん」

 相変わらず興味がないといった表情を浮かべる拓也だが、次の瞬間、冷静な一言を告げた。


 「そんな混んでんならさ、今日予約とか取っといたほうが良かったんじゃない?」

 「ん? 予約……?」

 「うん、だってもし2時間待ちとか言われたら俺待てないよ? ほらあるじゃん、パンケーキの店とかで14時間とか待たされるやつ」

 そう言うと、拓也は「あんなのに並ぶ奴の気がしれないけど」と言って小さく笑った。


 ――予約……取ってないけど、大丈夫かな。

 いや、絶対混んでるよね。2時間待ちとかだよね……。あはは、どうしよ。やばいやつじゃない、これ?


 私が顔を青ざめていると、電車がちょうど目的の駅に到着する。

 私は「どうかお店の中に入れますように」と祈りながら電車を降り、目的のお好み焼き屋へと向かった。


  ☆★☆


 案の定、そのお好み焼き店は大繁盛だったようだ。

 店の前にできた列はもはやどこかの遊園地の列だと言ってもおかしくないような長さで、到底並ぶ気にはなれない。


 目の前に広がる事実に愕然としながら、もはや私は笑うことしかできなかった。

 拓也は「やっぱり予約とっておけば良かったのに」と呟き、その後に「でもこの様子じゃ予約すらまともにとれなさそうだけど」と付け加える。


 (せっかくここまで来たのに……! というか、お好み焼き食べたかったなぁ)


 私は自身のあまりの無計画さに苛立ちを覚えつつ、拓也にどこか別の場所で昼食をおごることを提案する。

 すると、拓也は「どこでもいい」と言うので、結局私達はそこら辺にあったファミレスに入ることにした。



 「ごめん、拓也……私のせいだよね……」

 小さな二人席のテーブルにつき、私達は差し出された水をすすりながらひとまず休憩していた。

 力なくがくり、とうなだれる私に、拓也は笑いながら「まあ俺はどこでも良かったから」と声を掛けた。


 ――はあ、よりにもよってファミレスなんて……。本当なら今頃お好み焼きを食べてたはずなんだけどなあ。

 それもこれも、全部私が無計画だったせいだ……あーあ、本当私って何にもできない人間……。


 落ち込む私に拓也は机の上にあったメニューを広げ「とりあえず注文しよう」と促すので、私はひとまず気持ちを切り替えることに専念した。


 「なあ、本当に何でも頼んで良いんだよな、姉ちゃん?」

 「うん、良いよ。あ、でもあまり沢山頼まれると……」

 お願いします。お財布に優しい金額でお願いします。


 メニューを見ながら「うーん」と吟味する拓也を見て思わず財布の中身が心配になったが、彼の決めた料理が法外な価格ではなかったことにとりあえず安堵する。 

 というか、ファミレスだから全部良心的な価格か。


 一旦注文した後、私は突然襲われた腹痛に苦しみ(おそらく今朝急いでつまんできた消費期限の怪しいパンにあたったのだろう)、トイレへと向かった。

 拓也はそんな私を見てケラケラと笑っていたが、私にそんな彼を指摘する余裕は無かったので、とにかく急いでトイレへと走っていった。



 「んー、すっきりした」

 腹痛を解消し、すっかり調子を取り戻した私は現在トイレの中の手洗い場で手を洗っている最中である。


 「それにしても……何で私あんなパン食べてきたんだろ。もっとマシなパン食べてくればよかった」


 小さくハア、とため息をつきながら、ポケットからハンカチを取り出す。

 すると、店の外の方から聞こえてくる声に気がついた。


 〈……はここで……んと……ってろよ〉

 〈……くしろ……ろ時間だ……〉


 どうやら、トイレの小窓の外から漏れ出してきているらしい。


 何を言っているのかはよく聞き取れなかったが、数人の男の声であることは分かる。

 何やら緊迫した様子であることは感じ取れたが、内容まではよく分からなかった。


 「まあ、関係ないか」

 私は小さく呟くと、ハンカチをポケットに戻し、トイレを出ようとドアノブに手を掛けた矢先――

 私の耳に、鋭い叫び声が飛び込んできた。


  ☆★☆


 ホールに直接続くドアを、開けることができなかった。

 ホールからは人々のざわめく声が聞こえてきたが、なかなかホールへ戻ることができない。


 一体、向こうで何が起こったのだろう。

 嫌な予感が全身を駆け抜け、私の本能が全身で「この先に行くな」と警告しているのが分かる。


 (――そうか、さっきの会話……きっと何か関係があるんじゃ……)


 先程トイレの中でかすかに聞こえてきた会話を思い出しながら、何とかピースをつなぎ合わせようとする。

 しかし、聞き取れたわずかな情報をつなぎ合わせようとしても、その答えに辿り着くことはできなかった。


 ホールの手前のドア――今おそらく何かが起こっているであろう現場と直接つながっているドアのノブに手をかけ、外の様子を探ろうと耳を澄ます。

 すると、先程までざわついていたホールの様子が一変して静まり返っていることに気がついた。


 「どういう……こと……?」

 必死にホールの様子を探ろうと、思わずドアノブを握る力を強め、無意識のうちにドアに体重をかけた――のが、最悪な事態を引き起こすこととなった。


 様子を探ることに必死になるあまり、集中させた神経は手の方には行き届かず――ドアノブを握る手がするりと滑る。

 体重の乗せられたドアはそのままゆっくりと開き――なすすべもなく、気がつくと私はその現場に足を踏み入れることとなっていた。


 

 「あ……」


 沈黙が支配するホールに、数人の男が立っている。

 男の服装は統一されておらず、体つきも屈強な者からひ弱そうな者までと様々である。


 事が最悪であることを一番象徴しているのは――男のうち一人が拳銃を所持しているということだろう。

 今やファミリーレストランの中は謎の強盗集団に支配され、客も店員も凍り付いている状況である。


 そんな中、その場に居る全員の視線が突然トイレから出てきた私へと集中することは、当然の結果ともいえた。


 (――やばい……! やばいってこれ、絶対やばいやつだよ、これ……!!)


 全身から冷や汗が流れ落ちる中、私はその場から動くことが出来ずにいた。

 男の一人がこちらへ向かってくるのが見える。

     やばい


 動くことができない。

     怖い


 足を動かせない。

 ――どうしよう


 声が出せない。

 ――助けて……!


 男の手が私の首元を掴んだ瞬間、私の全身に凍りつくような戦慄が走る。

 私はなすすべもなくその男に捕えられた。


 頭の中は既に思考停止状態となり、目の前の世界がかすむ。

 呼吸が、浅くなる。


 そして次の瞬間、私の頭には銃口がつきつけられた。


 ――えっ。嘘でしょ……?

 私、死ぬの……?


 全身の毛が逆立ち、背筋に戦慄が走った。

 リアルな「死」の感触が、身体中を蝕んでいく。


 (嫌だよ……助けて……誰か……!!)


 心臓の鼓動が速まり、身体の震えが止まらない。

 私は声を出すこともできず、ただ男のなすがままにされる他なかった。


 すると、私に拳銃を突きつけている男が声を張り上げ、ファミレス中の空気を一層凍りつかせる。


 「早くしろ! ありったけの金をここに集めるんだよ! モタモタすんな!」


 客の中からすすり泣く声が聞こえてくる。違う、今泣きたいのは私の方だ。


 男は怯える店員を脅すように、私の頭にガン、ガンと拳銃を叩きつけ叫んだ。

 頭部に割れるような痛みが響き渡る。

 私はただ恐怖に立ち竦むことしかできなかった。


 「おせーんだよ! こいつがどうなっても良いのか!」


 ――私はどうなるんだろう。

 このまま人質にとられて、殺されるのかな。

 見せしめに、銃で撃たれるのかな。


 嗚咽の混じった泣き声が耳に入る。

 怯える客の憐れむような視線が私につきささる。


 ――私、死んじゃうの……?

 こんなところで……?


 今にも、私の頭部に突き付けられた拳銃の引き金が引かれてしまうのではないか。

 身体の芯まで凍りつくような恐怖が、私の全身を駆け巡る。

 耳元の銃口から弾丸が私の頭部を突き抜けるのを想像して、私は身体中に震えが走るのを感じた。


 きっとこのまま、

 ――死にたくない……


 殺されてしまうのだろう。

 ――死にたくない……!


 なすすべもなく。

 ――お願い、誰か……助けて……助けて下さい……!


 私は、無力で……臆病な人間だ。


 ――助けて、ミタ……!


 お願い……助けて、ミタ……。

 ……どこにいるの…………。



 状況は変わらないまま、時間だけが刻々と過ぎていく。

 絶望的な状況の中で、私はただ震えながら、今この場に居ないミタに助けを願うことしかできなかった。

 来るはずもない死神に、祈ることしか……。


 『あーあ、かわいそうね』

 頭の中で、冷たい「声」が響き渡った。


 『助かる方法、教えてあげてもいいわよ』

 冷たい「声」はそう言うと、小さく笑った。


 ――助かる……方法……?


 『そう。あなたが助かる。皆が助かる方法』


 そんな方法……。


 『あなたも気づいてるはずよ』


 …………。


 『こいつを、殺しちゃえばいいじゃない』


 そ……そんなこと…………。


 その時――私の視界が、奥の方からこちらに向かって走りくる人影を捉えた。

 その人影は寸分も揺らぐことなく、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。


 目の前の乾いた世界の中で、その人物は私のよく見知った顔を覗かせた。


 (姉ちゃんは……俺が助ける……!!)

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