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wink killer  作者: 優月 朔風
第4章 家族
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第13話 守るもの

 賑やかな商店街の隅で、俺は一人、彼女を待って立っていた。

 俺は教科書やらノートやらが詰め込まれた重たいカバンを足と足の間に挟み、自分の腕につけている電子時計をチラリと見る。


 「……ちょっと早く着き過ぎたかな。いや、でもこの前は会う時間まで細かく決めてなかったし……」


 先日、約束の時刻を正確に決めなかった自分を腹立たしく思いながら、俺は目の前を通り過ぎていく人の流れを眺めていた。

 夕方の街は日が落ちるにつれて段々と明かりをつけ始め、オシャレな看板にとりつけられたさまざまな色の電飾がキラキラと輝く。


 しかし、どれだけ人の波を眺めていても、先日の女性が見当たる気配はない。


 (おかしいな。そろそろ来ても良い頃なのに)


 空の色が少しずつ暗くなっていくのに併せて、心も次第に暗くなっていく。

 先程までは彼女に会えるという期待で胸を躍らせていた俺だったが、時間が刻々と過ぎていくうちに、心の中には「もしかしたら会えないのではないか」という疑念が渦巻くようになっていた。


 人混みはいっこうに途絶えることはなかったが、彼女の姿が見えることはなく――

 結局、夜になっても彼女が現れることはなかった。



 「もう、来るわけないか……」


 商店街で一人寂しげに立つ俺を、冷たい風が吹き付ける。

 俺はうな垂れたまま、商店街の人混みを抜け、すっかり暗くなってしまった夜の道を一人で家に帰った。


 (結局、会えなかったな)


 夜の住宅街は驚くほど静まり返っていて、道路を歩く足音がコツ、コツと響く。


 まあそりゃそうだろうな。いきなり会ったばっかりで、こんなこと言って。

 あーあ、何やってんだか、俺。

 一人であんなに舞い上がって、勝手に破局して……馬鹿すぎるだろ。


 家のドアを開け、小さく「ただいま」と呟く。

 明かりのついた廊下を進みリビングを通ると、既に夕食を囲む家族に声を掛けられた。


 「おかえりー、拓也。遅かったけどどうしたの?」


 姉はそう言うと、自分の皿の上に並ぶから揚げを口にほお張りながら、「やっぱお母さんのから揚げは最高だね」と満足そうに笑っている。

 そんな姿を見て――俺は思わず今まで押し込めていた気持ちが溢れ出しそうになり、とっさに背を向けて言った。


 「……俺、今日はもうご飯いらないから」

 そう言って、俺は逃げ込むようにして自分の部屋へ駆け込んだ。


 何悩んでんだよ、俺。

 ……カッコ(わり)ぃな。


 自分の部屋に入り、ドアを閉める。

 その途端、押し殺していた気持ちが喉の奥から勢いよく溢れ出し、同時に涙がぽろぽろとこぼれ出した。


 (あれ……何で俺、泣いてんだ……。俺が勝手に思い上がってただけじゃないか……)


 瞳から溢れ出した涙は、拭っても拭っても止まることがなかった。

 乾いた声が喉から漏れ出していく。


 その時、部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。


 「……拓也? 入るよ?」

 ――!

 突然の姉の声に、俺は泣いているのを悟られまいと彼女に背を向け、うつむいた。


 「……何、姉ちゃん」

 涙の混じった声が喉から漏れていく。

 極力平静を装おうと、俺は声を低くして言った。


 「拓也……」


 そんな俺を見ながら、姉は微笑みを浮かべ、優しい声で言った。


 「私のから揚げあげるから、元気出してよ」


 ――は? から揚げ?


 姉は満足そうに笑みを浮かべながら、俺の肩に優しく手をのせた。

 いやいや、から揚げって。どういうことだよ。


 どうしてから揚げ一つで俺が元気になるだろうと彼女が思っているのかは分からなかったが、不思議なことに、姉の言葉で少しずつ自分の気持ちが楽になっていく。


 正直、自分の驚くほどの単純さに、衝撃を隠し得ないといったところであった。


 「べ……別に、元気がなかったわけじゃねーよ」

 「ふふ、そっか」

 俺の言葉に彼女は微笑む。


 「ていうか、何でから揚げなんだよ」


 俺が涙交じりの声で不満を言うと、姉はにっこり笑いながら「だって、から揚げ好きでしょ、拓也?」と言って俺の肩を軽く叩いた。


 「はは、何だよそれ」


 気がつけば完全に涙混じりになっていた声で、俺はうつむいたまま軽く笑った。


 やっぱ姉ちゃんは、昔から変わんないな。

 昔からいつも他人のことばっかりで……慰め方も不器用だし。

 大体何なんだよ。から揚げで人の機嫌が直ると思ったのかよ……。


 そう思いながらも、俺は安心したように姉ちゃんに軽く寄りかかった。


 しばらくの間、温かい空気が二人を包みこみ――

 その光景を、死神が近くで温かく見守っていたことは、俺の知る由もないことだった。


  ☆★☆


 ――その日の夜。

 就寝前、未玖は自分のベッドの上で静かに月曜日の学校の予習をしていた……訳でもなく。

 ベッドの上で寝転がってティーン向けの雑誌を読みふけっていた……訳でもなく。

 彼女はただぼんやりと、窓の外を眺めていた。


 「やっぱほんと仲良いよね、君たち姉弟は。こっちまで見てて羨ましくなるよ」

 「……そうなのかな」


 未玖はそう言うと、少し照れ笑いながら呟いた。


 「いつも支えられっぱなしだったのは、私の方だからね。何か力になってあげようと思ってたんだけど……結局相談に乗ってあげる前に振られちゃったみたいだから、拓也」

 未玖はクスリと微笑みながら、続けた。


 「この前私、決めたからね。――大切なものは私が守るんだって」

 「…………」

 「だからこれからは、私が弟を支えていきたいと思うんだ。どんな形であっても。……あの子はいつも私のことを支えてくれたから」


 そう言うと、未玖は両手を膝の上で強く握りしめた。

 彼女の言葉に、俺は小さく微笑んで言った。


 「そっか。大切なんだね、拓也君のことが」

 「うん、あたりまえだよ。……家族なんだから」

 「……そっか」

 ――家族だから、か。本当にできた家族だな、この家は。


 死神である俺に、家族のことはよく分からない。

 もちろん、生きていた頃はそんな感覚があったのかもしれない。俺にも、家族が居たのかもしれない。

 けど……。


 「俺には家族なんていないからさ。何だか君のことが羨ましいよ」

 「…………」


 そんな感覚、とっくの昔に忘れてしまっている。

 今の俺に、そんな仲間が居るわけでもない。


 「それに君には、大切な友達も居るだろう? 君は幸せだな」


 だから君は――きっと大丈夫だろう。

 あの人が言っていた通り、君は大丈夫なんだろう。

 だって君には、たくさんの仲間が居るじゃないか。


 ――だから俺は、自分の仕事を果たすことにするよ。


 「ミタ……」

 未玖が俺を見上げる。

 その目は少し、寂しそうな色をしていた。


 「そうだよ……大切な人達がいつも、私を支えてくれた。だから、これからは私が皆を守るの。それに……」

 未玖は言葉を続けた。

 「……それは、ミタも同じだよ」


 俺を真っ直ぐに見つめる彼女の眼差しは、とても力強かった。


 「私にとってミタは大切な人だから……たとえミタが『死神』で、ミタは私のことをただの『人間』としか思ってなかったとしても、私にとってミタはかげがえのない存在だから」

 「…………」

 「私は、ミタの力になりたい」

 「え……?」

 まさか。君は……


 「ミタも何か守るものがあるんでしょ?」

 「…………」

 俺のついた嘘に、気がついているのか……?


 「分かってるよ。……それが死神の『仕事』なんでしょ」

 「なっ……」

 「やっぱりそうなんだ」


 そう言うと、彼女は寂しそうに目を伏せた。


 未玖は俺の嘘に気がついている。

 全身の筋肉が硬直し、背筋にタラリと嫌な汗が流れた。


 「さっきからずっと窓の方気にしてるよね。……また出かけるの?」

 「…………」

 先程から気配がしている。

 最近のあの妙な感覚は「あの人」の気配で、今感じているのはそうじゃない。この気配は間違いなく、俺が追い続けていたあいつの気配だ。


 「そうだよね……ミタにもやらなきゃいけないことがあって……守らなきゃいけないものがあるんだよね」

 「それは……」

 「だから、私が力になりたい」

 「…………」


 俺が下界に来た、本当の理由。

 君は、俺の「本当の仕事」に気がついている。


 俺は速まる呼吸を抑え、ゴクリと息を呑んだ。

 

 覚悟を、決めなければ。


 君が俺の嘘に気がついてしまったとしても、君が何と言おうと、君を巻き込むわけにはいかない。

 俺は、君の命を守らなければならないから。


 「それは……できない」

 「えっ?」

 「君を……巻き込むことはできない」

 彼女の視線が揺らぐ。


 「これは、俺がやらなきゃいけないことだから」

 「……!」


 すると、彼女はうつむきながら、小さな声で呟いた。


 「巻き込まれる……? ミタがやらなきゃいけないこと?」

 そして、瞳に涙を浮かべて言った。


 「もう私、とっくに巻き込まれてるんだよ、ミタ」


 その言葉が、俺の心にグサリ、と深く突き刺さった。


 「私がミタの力を奪って――勝手に生き延びたあの日から、私はとっくにミタに巻き込まれてる」

 彼女の涙交じりの声が、かすかに震えた。


 《私がミタの力を奪って――――》


 そうか。


 君は全部気がついているわけじゃないのか。

 「俺が勝手に君に力を与えたこと」には、気がついていないのか。


 その瞬間、何故か自分の中で緊張の糸がほぐれたように感じた。

 全身の筋肉の力がするすると緩んでいく。


 「全部私の責任……私が勝手にミタの力を奪ったりしたから、ミタは……」

 「……違うよ、未玖」


 彼女の震える肩に手をのせる。

 俺は微笑みながら彼女に言った。


 「君は何も悪くない。だから……そんなこと言わないでくれ。それに……」

 両目に涙を浮かべる彼女を見て、俺は言葉を続けた。


 「俺は、君が危ない目に遭うことの方が辛い。俺にとっても、君は大切な人間なんだよ。……君が拓也君のことを想うのと同じように」


 あの時、俺は君の命を救った。

 君に死神の力を分け与えることで、君の心を犠牲にして、君の命を救ったんだ。

 だから、俺は君を――君の命を、守り続けなければならない。


 「俺は大丈夫だから、どうか心配しないでほしい。それに……あまり自分のことを思いつめないでくれ」

 「でも……!」

 「君は何も悪くない。だから、何も心配しないでくれ」


 悪いのは全部俺なんだ。

 結局、俺は君に嘘をついたままでいる。


 《全部私の責任……私が勝手にミタの力を奪ったりしたから、ミタは……》


 俺は君に本当のことを言えなかった。

 君にすべての罪をなすりつけたのは、この俺なのに。


 俺はコートのフードをかぶり、窓に手をかける。外は既に物音一つ立たない静けさに包まれていて、家の明かりもほとんどが消えてしまっている。

 窓を開けると、冷めきった夜風が部屋の中に入りこんできた。


 「未玖……」

 「……何、ミタ?」

 窓に手をかける。俺は彼女に背を向けたまま言った。


 「俺、……戻ってくるから。必ず戻ってきて……未玖のこと絶対に守るから」

 「…………」

 「だから、待っててくれ」


 未玖を不安にしてるのも、彼女にずっと嘘をつき続けてるのも……悪いのは全部俺だ。


 でも……君の命を守るためなんだ。

 俺が君を巻き込んだせいで、君の人生を捻じ曲げてしまった。

 だから、俺は君を守らなければならない。


 それが、俺が君にしたことに対する、唯一の償いだから。

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