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wink killer  作者: 優月 朔風
第4章 家族
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第11話 誤解

 廊下を少しずつ歩いていく。

 姉の部屋へと歩を進める。


 (今日も、姉ちゃんの声が聞こえてくる)


 もう、逃げないって決めたんだ。

 ちゃんとこの目で確かめてやる。

 姉ちゃんが抱えてる不安も、悩みも全部。

 これは俺が、ずっと逃げ続けてきた事実なのだから。


 そして、俺はゆっくりとドアノブに手をかけ――。



 「た……拓也……?」


 目の前に居るのは姉一人。


 そう、話しかける相手なんてどこにも居ないはずだった。

 つまりどう考えても、今の姉はおかしい。


 (本当に誰かと話している? 姉ちゃんにしか見えないヤツと?)


 そんな話、信じられるわけがなかった。

 俺は自分の見たものしか、信じないのだから。


 「姉ちゃん、誰と話してるんだよ」

 「は、話……? 何のことかな?」


 明らかに姉が動揺しているのが伝わってくる。


 (隠すならもう少し上手く隠せよな。まったく、本当に不器用な人だ……)


 姉が何かを誤魔化すようにして笑うのを見ながら、俺はハア、とため息を漏らした。


 「俺、見たんだよ……。最近姉ちゃんの様子がおかしいと思ってたら、この前姉ちゃんの部屋から話し声が聞こえるからさ。でも電話って感じでもなかったし」


 そう言うと、俺はチラリと姉に目をやった。


 「誰かと話してるのかと思って覗いてみたら、姉ちゃん一人しかいなくて……でも、姉ちゃんの様子もおかしかった」

 そう、まるで幻覚でも見ているかのような……。


 「……俺、心配なんだよ」

 「たく……」

 「姉ちゃんのことが心配なんだよ」


 姉ちゃんは誰と話してるんだよ……

 俺には話してくれないくせに。

 俺に話してくれよ。

 悩みがあるんだったら、相談してくれよ……


 「もう、ひとりで抱え込まないでくれ」


 全部ひとりで抱え込もうとなんてしないでくれ……

 もっと頼ってくれよ……

 俺たち、家族なんだろ……!


 「だから、姉ちゃん」

 「拓也……」


 しばらく驚いたような表情を見せていた未玖だったが、


 「……プッ」

 突然、彼女の口から笑い声が漏れだす。


 「あはは、拓也、何言ってるの?」

 「……なっ」

 「私、何も抱え込んでないって」


 そう言うと、彼女は笑いながら俺を見た。


 「で、私は何も心配されるようなことはないから大丈夫。それより心配なのは拓也の方だよ」

 「俺が……心配……?」

 「そうだよ。最近明らかに変でしょ、拓也」


 まさか自分の方に切り返されるとは思ってもみなかった俺は、何とか平静を装うので精一杯だった。


 「俺の……何が変なんだよ」

 「うーん、えっとね……拓也、もしかして好きな子とかできたんじゃない?」

 ――は?

 「ふふん、やっぱ分かりやすいんだよねー拓也。最近ずっとぼーっとしてたんだもん」

 そ、それは……。


 嘘とは言えない。事実、今自分の脳裏に浮かんでいるのは例の金髪の美女である。

 だが、それとこれとは話が別だ。今は目の前の話に集中しないと。


 ……目の前の話? 姉ちゃんは何も悩んでいるわけではないと言っていた?

 あれ、じゃあ俺が今しようとしていることは?


 「安心して拓也、今度私がちゃんと話聞いてあげるね」

 「え……」

 「そうだ、じゃあ今度の休みに新しくできたお好み焼き屋連れてってあげよっか! そしたらそこでたっぷり話聞いてあげるから」

 「いや、別に……」

 「私がおごってあげるから、拓也!」

 「ね……姉ちゃんの、おごり……」


 若干混乱の色を隠せなかったものの、「おごり」という言葉にひかれ、そのまま姉の提案を承諾してしまう。

 俺の返答を聞いて、彼女は「決定決定~」と満足そうに微笑んだ。


 若干の違和感は残っていたものの、俺は姉の部屋を後にした。

 それでも、その違和感は部屋に入る前と比べると大分軽いものになっていた。

 今俺の心中に残っているのは、先程の姉の笑顔である。


 姉ちゃん、思ってたより大丈夫そうだな。

 勝手に俺が考えすぎてただけで、本当はもうとっくに乗り越えてるのかもしれない。

 それなら、もう俺は「あの日」のことを考えない方が良いのかもしれないな。

 姉ちゃんが忘れてしまいたいのなら、俺がそこに踏み入る資格なんてない。

 

 きっと、大丈夫だろう。姉ちゃんは。

 そして、俺はこれからちゃんと姉ちゃんを守っていければいいんだ。

 家族として。


 俺は来たるお好み焼きの休日のことを思いながら、そして同時に、先程の姉の言葉が頭によぎった。


 「好きな人」か……。


 違う。あの人は「好きな人」っていうより。

 ただあんな綺麗な人、今まで見たことなかったから……。


 俺は先日の彼女のことを思い浮かべながら、思わず頬の力を緩めてしまう。


 あんな人、今まで見たことないんだよ……

 あんなに綺麗で、完璧な人。


 「明日の放課後……またあの人に会えるのか」


 俺は明日彼女に会うときのことを思い想像を膨らませながら、自分の部屋へと入っていった。


  ☆★☆


 (結局昨日は大丈夫だったのかな)


 授業中、彼女は隣の席の男子生徒にチラチラと目をやりながら、そんなことを考えていた。

 手の中でクルクルとペンを回しながら、あれこれと思索を巡らす。

 彼女――片梨夏希(かたなしなつき)は隣の席の男子生徒の方を見ながら、自分の今朝の境遇を憂い、小さくハア、とため息をついた。


 (それもこれも、全部朝練が長引いたせいなんだよね。HRの前は結局時間なくて聞きそびれちゃったし)


 運動部に所属している彼女は来る試合に向けて朝練に励んでいたのだが、今日の朝練は何故かかなり長引いてしまったのだ。

 そのため、着替えてから教室に向かうだけで時間はギリギリになってしまい、結局彼からは聞き出せないままでいた。


 (ていうか、上手くいったっぽいよね、何か。落ち込んでるっていうよりはどちらかというと楽しそうに見えるし。だったらあたしも相談に乗った甲斐があるよね)


 彼女は机の上に広げた自分の真っ白なノートの上でリズミカルにペンを回しながら、隣の席の男子のことを考える。


 落ち込んでいた彼の相談に乗ったというのは、彼女にそれなりの意図があったからでもある。

 それまであまり彼と話したことのなかった彼女にとっては、それが唯一のきっかけだったのだ。


 (大体、何であんなにお姉さんのこと気にできるのかあたしにはよく分かんないけど。ほんと、拓也君ってシスコンだよね。いいなあ、私も拓也君のお姉さんになりたい)


 彼女は再び小さくため息をつき、先程まで手の中で回していたペンを真っ白なノートの上に置く。

 ぼんやりと黒板の方を見ながら、彼女は改めて自分のことを顧みた。


 (結局相談に乗るとは言ってたけど、これじゃただのいい人じゃん。あーあ、あたし何やってんだろ)


 教師の声が頭の横をすり抜けていく中、彼女は自分の意志を固めることにした。


 (このままじゃダメだ、あたし。ちゃんと伝えなきゃ、伝わんないよ。それに……結局あれからまだ一回も名前で呼んでくれてないし……あたしのこと)


 彼女は隣でぼんやりと窓の外を見つめる男子生徒のことを見ながら、本日三度目のため息をついた。


  ☆★☆


 教室はちょうど終礼を終え、教室の中にはさまざまな声が溢れかえっていた。

 俺は早々と自分の荷物をカバンに詰め込み、帰り支度をしていた。


 (やっとあの人に会えるのか……。この前と同じ場所でっていう約束だったし……早めに行って待ってたほうが良いからな。待たせるわけにはいかないし)


 今日の朝から、俺の頭の中はそのことでいっぱいになっていた。

 朝ご飯を食べながら、学校までの通学路、授業の間……俺はこの後会う約束をしている彼女のことを考えながら、思いにふけっていた。

 

 今度は何を話せば良いだろう? 自分は何か失礼なことを言ってしまわないだろうか。

 それから、彼女は――あの完璧な彼女は、何を話してくれるのだろう。


 姉の心配が過ぎ去った今、俺の思考回路を支配していたのは完全に金髪碧眼の美女だった。

 身支度を終え、教室の外へ向かおうとしていた矢先――そんな自分を呼び止めたのは、隣の席の女子だった。


 「たっ、拓也君!」

 彼女の視線が真っ直ぐにこちらを向き、彼女は慌てたように言葉をつなげていく。


 「あ……あのさ、その……」

 「何?」

 彼女の視線がぐらつく。何かを言おうとしているのだろうが、お願いだから今は出来るだけ短くお願いしたい。


 「今日……その……さ」

 「…………」

 何を口どもっているのだろう。いつも言いたいことははっきり言ってくるくせに。どうして今に限って口どもっているんだ。


 「えーっと……だから……」

 「ん?」


 彼女はすぅ、と息を吸うと、真っ直ぐに俺を見つめて言った。

 

 「今日の放課後っ……空いてない?」

 「放課後……?」

 「は、話があるんだけど!」

 放課後ってことは今か。いや、ごめんなさい、空いてないです。でも一体何の話だ?


 「ごめん、今日はちょっと」

 「えっ……そっ、そっか」

 一瞬表情を曇らせた彼女だったが、その表情は次の瞬間笑顔に変わる。


 「そうだよね、いきなりこんなこと言っても困るよね、あはは」

 いや、別に困るわけではないけれど。というか、急にどうしたんだ? らしくないな。


 「別に今日じゃなくても良いだろ? 明日とか」

 「明日は土曜日だよ、拓也君」

 あ、そっか。じゃあ月曜日に。というか、そんなふてくされなくても……。


 「じゃあまた月曜日ね、拓也君」

 「……ああ。またな」


 俺はそう言って教室を出ようとしたが、ふと思い出したように「あ、そうだ」と呟き、彼女の方へ振り返った。

 「その……昨日のことなんだけど」

 「えっ、何?」

 「姉ちゃん、大丈夫そうだったから」

 「そっ、そっか! 良かったね」

 はは、と笑う彼女を見て、俺は教室のドアに手をかけた。


 「ありがとう、片梨。また月曜日な」

 「……えっ」


 背後で固まったままの彼女を尻目に、俺は教室を後にした。

 残された教室の中で、彼女が呆然と立ち尽くし、俺が出て行った教室の扉を眺めながらぼんやりと呟いていたことは、俺には知る由もなかった。


 「今……名前で呼んでくれた……?」

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