第九話「解放者」
ミツヲを騙した七三、及びその手下であり半グレ共は、街にある港の倉庫の一つを集会場としていた。
「あ~あ、どっかにまたいい金づるは転がってねえもんかな」
頭に櫛をかけて七三分けをセットしている黒いスーツを上下に決めた七三の男が、この場にいる手下たちに語り掛けていた。
「なかなかいないっすねぇ」「そうそういないっすよ」「前の女なんてよかったんすけどねえ」
ガラの悪い男どもが下卑た笑いを浮かべている。
この七三こそがそしてここに集まる七三を含めた八人の半グレ共が、ミツヲを辱めた総勢なのだ。ここにいる全員がミツヲの仇たちなのである。
「あのミツヲみたいなバカ女がこの世にもっと満ちてりゃいいのになぁ」
「「「ぎゃははははは」」」
七三の男のジョークに頭の悪そうな七人の手下共が薄汚く下卑た声を上げて笑った。
その時――
ガラガラガラ――
下卑た笑い声が倉庫に満ちた時、閉まっていた倉庫のシャッターガラガラと音を立てて上がり始めた。
「ん……誰だ? おい、誰かスイッチ触ったか?」
開いていくシャッターを不審に思った七三が手下に確認をとる。ここの倉庫のシャッターは自動開閉式で、内部からの操作、もしくは外からの認証操作が無ければ勝手に開けることは出来ないのだ。
「いえ、誰も呼んでないっすよ……?」「はい俺らも誰もスイッチには触ってないっす」
だというのに、誰もいじっていないのに、勝手に開いていくシャッターを、半グレの男たちは、妙な緊張感を持って見つめていた――
そして……ゆっくりと開いたシャッターから現れたのは、初めて出会った時のように、長い黒髪に鉄輪を巻きそこに三本の火のついたロウソクを立て、白装束を着て一本歯の下駄を履いたミツヲと、そのミツヲと同じ格好をした<解放者>だった――
――
――――
――――――
「さぁミツヲ、お前の魂の<最終解放>をこれより始める」
七三共をまとめて襲撃する準備を整えた私たちは、七三たちがアジトにしている倉庫の前で、最後の仕度をしていた。
「はい、解放者様」
私はオイルライターを使って三本のロウソクに火をつけ、自分の鉄輪にはめた。
そして次に、身をかがめ、聖なる儀式を受けるように目を閉じているミツヲの、鉄輪に刺さっているロウソクに、一本一本火をつけていった。
「よし……じゃぁ、行くぞ。覚悟はいいな、ミツヲ?」
「はいっ!」
ミツヲのハキとした返事と共に、自動シャッターがガラガラと音を立ててゆっくり開いた――
――
――――
――――――
「なっなんだぁ?」
「なんでてめえらこらああ!!」
「かちこみかあごらああ!?」
半グレ共は最初私たちの異形な格好を見て、動揺していた。が――
「おっ、おい、この女、前にぶちまわしてやったミツヲじゃねえか、なんだコスプレか!! またぶちまわされにきたみてえだぜえっ?!」
その内の一人が殴りこみに来た二人のうちの一人がミツヲであると気づくと、七三含めた半グレ共は下卑た笑いを浮かべ私たちを、ミツヲの覚悟を嘲笑した。
「ははっ……なんだミツヲぉまた抱かれたくなったのか? うん?」
「今度はストリップでもしてもらおうか~」「いやいやもっと凄いことしてもらおうぜぇ!」
七三が下種な表情を浮かべながらミツヲを侮辱する。さらに煽るように半グレの手下共が下品な合いの手を入れる。
「気にするなミツヲ……<解放>だよ?」
「はい、解放者様。私にはもう、貴方のお言葉しか届きません」
「うん……いい返事だ……」
私はゆっくりとシャッターの内側へ足を進めて、そして声を張り上げた。
「前ら! 誰一人、ここから生きて帰れると思うなよ!」
宣言と共に、私は鉄輪にはめてあった火の着いたロウソクを一本手に取り、後に向かって投げた。
その瞬間――
ブワッ――
数メートルにも上る火柱が倉庫の外周を包んだ――
私の真後ろで燃え上がった火柱は勢いづいて倉庫の外周を覆うようにその速度を増して広がった。
「なっ? なんだなんだ?! おぃっ、お前ら確認してこいっ!!」
流石にただごとではないと思ったのか、七三の命令で周囲を確認しにいった男共が戻ってきて、報告をする。
「おいっ火で囲まれてるっ! でられねえぞっ!?」
「この倉庫の周囲が火柱に包まれます! とてもじゃないですが抜けられませんっ!」
「なんだとおっ?!」
この倉庫の周囲にはあらかじめ数メートルの火柱が上がるほどの、さらにはその火柱が数十分は消えぬように配合された可燃物を倉庫の周囲に設置しておいたのだ。そして、私が投げ捨てたロウソクの火が、見事にそこへ着火剤として撒かれていたガソリンに引火し、倉庫の周囲を包み込むような大きな火柱が上がったというわけだ。
女のやけっぱちだと思って嘲笑っていた男どもも、洒落にならない事態ということを察したのか、その顔が緊張が走り、そして殺気立った――
怯んだ半グレ共に私からの宣戦布告を聞かせてやるために大きく口を開いた。
「いいかお前たち! 私が、この解放者がお前たちに二つの道を提示してやる! 一つは、私に殺される道で、二つ目は火に身を投げて死ぬ道だっ!」
そう一括すると、顔を憤怒に歪ませた七三が私を指差しながら部下共に檄を飛ばした。
「ふざけんなぁ!! おいお前らぁ、相手は二人だ、しかも一人は女じゃねえかっ! 何をちんたらしてやがるっやっちまえ!!」
七三の檄と共に取り巻きの男どもがこちらに向かって一斉に走ってくる。
「解放者の力、その身に味わうがいい!!」
私は五寸釘を高く真上に放り投げ、それが落ちてくる瞬間、テニスのサーブのように木槌で打った――
木槌で打たれた五寸釘はその鋭利な先端を相手に向かわせながら、真っすぐに高速で飛び、こちらに向かってきた男の額に、根元まで深く突き刺さった。
「あ……あくぇ……?」
釘が額に刺さった男は目をぐるぐるさせて声にならない声を発すると、よろよろと数歩後ずさって倒れた。
「うわあああああ――!?」
「なんだあいつっバケモンかっ?!」
半グレ共が動揺している隙を私は逃さない。
「まだまだあ!!」
腰帯に何本も刺している五寸釘の中からまた一本だけを取り出して同じ要領でもう一打打ち込む。
「げっ――!? ぐっ――?!」
今度は別の男の喉の突き刺さった。男は呼吸困難のような荒い呼吸を繰り返しながら地面に倒れ、足をじたばたと高速に動かしながらもがいていたがやがて静かになった。
「おっおい! 止まるなっ! 止まったらやられるぞっ!! いけえ!! いかなかったら俺が殺すぞてめえらああああああ!!」
「ちくしょおおおお!!!」「うわあああああ!!」
檄を飛ばされ、怯んでいた五人の男共がこちらに向かって突っ込んでくる。
「ミツヲ!」
「はいっ!」
ミツヲはボウガンを構えて男に向かって射出した。
「ぎゃあっ!」
その矢は男の股間に突き刺さって男は無様に倒れ、立ち上がろうともせず痛みに涙を流しながら床をゴロゴロと転がりながら唸っていた。
相手との距離が詰まってきたために、私は五寸釘サーブをやめ、木槌をしっかりと握り近接戦へ移行するために、男たちへ向かって突っ込んだ。
「ふんっ!!」
手前の鉄パイプを持っていた男の鼻柱に木槌を下から叩き込む。
「ぶぎゃっあ――!!」
男は鼻骨を頭蓋骨に脳にめり込ませて鼻からおびただしい量の血を吹き出し白目をむきながら仰向けに倒れた。
「でぇいっ――!!」
次いでその後ろに控えていたメリケンサックの男の脇腹に木槌を打ち込む。
「げべぇっ!?」
木槌が砕いた男の肋骨は、その勢いのまま肺や内臓に突き刺さったようで、男は口や鼻から多量の血を吐いて倒れた。
さらに同様して動きを止めた男の腹にミツヲの矢が突き刺さる。
「ぐぅっ!?」
一瞬のことに男が反射的に呻きながら前かがみになった瞬間、その後頭部に木槌を叩き込んだ。
男は鏡開きされた酒樽のように血と脳漿をを吹き出して倒れ、残りの一人には右手の指の間に三本の五寸釘を挟んだ拳の正拳突きを腹に数発打ち込み、男は腹から血を吹き出して倒れた。そして、股間に矢が刺さって倒れながら呻いていた男の首の骨を下駄の一本歯で踏み折って、一人だけ残った七三と対峙した。
「てめぇ……っ!」
一人取り残された七三男は懐からトカレフを抜き私に銃口を向けた。
「解放者様っ!」
「下がっていろミツヲ! 解放者に銃など効かん!」
私はミツヲが巻き込まれないように片手で制してながら、七三へ向かって口を開いた。
「おい、お前、少しは自分がどれだけのことをしたのか、理解できたか?」
「ああん?」
七三は不機嫌そうな苛立った顔をして続けた。
「んなわけねえだろう馬鹿野郎が!! 死ねやあああ!!」
七三が私にトカレフを向けて発砲しようとした瞬間、私も七三に向かって走った。
「くらえやああっ!!」
七三は私は躊躇なく発砲する――
一発――
二発――
三発――
耳をつんざく銃声と共に放たれた弾丸が私の体に命中する。
一発目は頬を掠め、二発目は外れ三発目は腹に当たった――
「むうっ――!!」
それでも私は歩みを止めずに七三へと突っ込む。
「うらあああ!!!」
四発目は外れ、五発目は胸に当たり、六発目は外れ七発目は足を掠めた――
「うおおおおおおっ!!」
そして最後の一発は私の心臓に当たった――
「ぐぅおおおおおお!!!!」
だがそれでも私は止まらない、七三は恐怖に引き攣った顔をしながら私に向けて弾切れになったトカレフの引き金をカチカチと引いていた。
「うらああああああああっ!!」
私は体中から血を流しながらも七三に飛びついた。七三は仰向けに倒れ、私はその上に馬乗りの状態になる。
「いいか、よく聞け! 本当の痛みはこのような肉体の痛みではない!! 心の! 魂に負った痛みが本当の痛みだと知れ!!」
私は声を張り上げて、五寸釘を天高く掲げた。
「まっ――!」
男が命乞いをする間もなく、私はその釘を男の心臓に向かって振り下ろした。
「うらああああああ!!」
ドスッ――
「ぐっがっ……げっ――!?」
男の心臓に五寸釘の先端が突き刺さる。けれどもまだ傷は浅い。わざと浅くしたのだ。
「ミツヲの魂の痛みを、私は間接的に知った! どれだけ痛く苦しいのかを私は知っている!! 夏の夜に女一人で丑の刻参りするほどの苦しみを貴様は知るまい!! その報いを受けよ!!」
そして私はその五寸釘へ高々と振り上げた木槌を振り下ろした。
カーーーーーーーーーーン
「ぐっぶぼっはあっ――?!」
まるであのわら人形のように、七三の心臓に深々と五寸釘が突き刺さる。
七三は口から血を吐き出し瞳孔は開き、身体中がビクビクと痙攣している。
「まだまだあ――!!」
カー-ーーーーーーーーン
それを何度か繰り返し、そして七三は、体をビクビクと痙攣させ、気管から血を吐き出しながら、五度めに木槌が叩かれるころには全く動かなくなった。その顔は恐怖と苦痛でくしゃくしゃに歪みきっていた。
「ふん……終わったか……」
私はなんとか立ち上がって七三の死体から離れ、ミツヲの元に行こうと思ったが、その途中で体から力が抜け、倒れた。
「解放者様ぁ――!!」
駆け寄ってきたミツヲが泣きながら私を抱き起こす。その顔は涙に濡れていた。
「泣くなミツヲ……何を泣く……?」
「解放者様っ……! 解放者様っ……」
血塗れの私を強く抱きしめて、ミツヲは泣いている。
「ミツヲ……聞かせておくれ……お前は……お前の魂は……過去の傷から……この男たちから……<解放>されたか……?」
「はいっ……! <解放>されました! <解放者>様のお陰ですっ! 私の魂は、今誰よりも自由ですっ……!」
ミツヲは揺るがぬ意志を宿した瞳で真っ直ぐに私の問いに答えた。それは嘘偽りは無い、本心だと理解できた。
「……そうか……ミツヲ……覚えておけ……悲しみも……喜びも……恐怖も苦痛も……幸福も不幸も……全ては……己次第だ……」
「はいっ……はいっ……」
その悲痛に染まっていく顔を見る、まだまだミツヲは解放者には成り得ぬなと思いながらも、嬉しいと思ってしまう自分がいた。そんな私の邪な考えを知らないミツヲは、私の言葉を一言一句聞き逃すまいと必死な表情で何度も頷いている。
「ミツヲ……何ものからも囚われるな……自己を<解放>しろ……そうすれば……お前は……幸福になれる……」
「はいっ……っ」
「そうして……自己の幸福を手に入れたのならば……今度は……人の……他者の幸福のために……他者の<解放>のために動くのだ……そうすれば……その解放の輪が完成すれば……人類は……きっと……救われるはずだ……」
「はいっ……救われますっ……現にこうして、私は解放者様に救われたのですからっ……!」
「……ミツヲ……私のこの言葉を……信じてくれるか……?」
「はいっ……信じますっ……信じますっ……!」
「ははっ……よかった……独り善がりは……寂しいからね……ああ……疲れたな……」
「解放者様っ!? まだ諦めてはなりませんっお気を確かにっ!」
必死に私を揺するミツヲに、笑顔を見せた。大丈夫だと、心配するなというように。
「案ずるなミツヲ……解放者は……囚われない……何ものにも……生にも……死にも囚われない……だから……心配するな――」
そうして私は、静かに目を閉じた――