〇〇の秋でデートをしよう
1週間振りのデートの日がやってきた。付き合い始めてもう1年が過ぎるとパターン化してくる。
待ち合わせは互いの家の中間の駅。時間は11時。美味しいという情報を入手してきたお店を披露し、お昼を食べに行ってから続きを考える。特別行きたい場所が無い場合はこのパターン。今日はタケちゃんオススメのラーメン屋へ繰り出した。
「もう秋じゃん」
「秋だね」
ラーメンを待っている間、私は本を読んでいた。読書の秋だ。映画化された話題のちょっと陳腐だけど胸キュンな軽いノリの小説。それでも読書は読書だ。だってやっぱりキュンキュンするもの。飄々としていてどっちかというと無神経なタケちゃんとの付き合いではちょっと味わえない胸キュンワールド。
「秋って言えば何?ハナちゃん」
「食欲」
即座に断言。
「ブレねー!」
私が待っているのは味玉付き特製とんこつチャーシューラーメン。餃子一皿。そして冷たいビール。胸キュンに憧れはするけれど、この色気より食い気の私にはタケちゃんが相応しい。逆は知らん。
タケちゃんはケタケタ笑いながらスマホで漫画を読み続けた。こっちも読書の秋。チラリと覗くと懐かしい妖怪ホラー漫画だった。絵があるから読書の秋だけでなく、芸術の秋だな。ちょっと負けた気分。
「ビールと餃子お待ち!」
私とタケちゃんの前に湯気たっぷり熱々餃子の皿とキーンと冷えてそうなビールが置かれた。ケンちゃんと「乾杯おつかれー!」とジョッキを鳴らす。
「美味っ!」
「皮がパリってしてる」
なんて美味しいのだろう。デートで餃子なんてあり得ない?こんな美味しいものを我慢するなんて世の純情可憐な乙女はアホだ。バカだ。嘘です、そんな気持ち忘れてしまってごめんなさい。でも隣にいるカップルもにこやかにラーメンをすすっいる。世の中こんなもんさ。ああ美味しい。幸せ。昼間からビール、明日も休み。土日休みバンザイ!
「秋って言えば何?タケちゃんは」
「俺?俺は……」
タケちゃんが言いかけた時に「ラーメンお待ち!」とそれはそれは美味しそうなラーメンが出された。タケちゃんの目がキラキラとしている。この横顔はいつ見ても良い。
「ひとまず食欲!」
「お腹ペコペコ〜。秋は特別お腹減る
ね〜」
濃厚なスープに柔らかいチャーシュー。クドそうな見た目に反してギトギトはしてない。上品とB級グルメのちょうど中間。久々に気に入った。半分くらい食べ終えた私に対して、タケチャンはもうスープまで完食した。
「相変わらず早っ!」
「ハナちゃん俺、餃子一皿食べるわ。めっちゃ美味い」
タケちゃんは細身なのに大食らい。予想通りである。
「言わなかったっけ?夜は栗ご飯作る準備してるけど」
「マジか。それなら餃子はまた次回だな」
爪楊枝で歯に挟まった肉片を取る姿は全然格好良くない。イケメン(雰囲気)も台無しだ。しかし眩しいくらいの大満足!と描いてある笑顔は、中々良い。いつもそう思ってしまう私は頭が変なのだろう。世間一般の男女もそうだ。みんな可笑しいのだ。幸せってそんなもの。甘ったるい小説にはこんなの出てこないけどみんな知ってる。
タケちゃんは私がラーメンを完食する間、暇そうに私が読んでいた小説をペラペラめくった。それから「うへーっ」と嫌そうに私のカバンに放り投げた。
「ハナちゃんさあ、こんな甘ったるい話好きなの?」
ラブストーリーよりもお笑い番組。青春映画よりアメコミアクションが好きな私にはそりゃあ似合わない。しかしこれはちょっと傷ついた。一応女だぞ。
「嫌いな女子はいないでしょ」
「女子!俺その言葉嫌い。もう女の子じゃないのにさ」
悪戯っぽくいうとタケちゃんが私のチャーシューを奪って口に入れた。憎し!恨めしや!
「はいはい。じゃあ嫌いな女はいないに訂正してあげますよ」
爪楊枝で悪戯男の手の甲を刺そうとした。華麗に避けるタケちゃん。
「あはは!ハナちゃん、ここにシミできてる!」
私の右頬を指で触るとタケちゃんはグルグリとシミの位置を押した。このやろう!誰のせいで出来たシミだと思っているんだ!フンッと鼻を鳴らしてラーメンをすする。食べると癒される。今日から私の彼氏はこのラーメンにしよう。タケちゃんと違って来週も会いたい。むしろ明日にでも会いたい。
「タケちゃんがプールで私の日焼け止めをとるからじゃん!ラッシュガードも引き剥がすし」
でもプールで食べた焼きそばは何の変哲もないのに美味しかった。来年、私は浮気してしまう。一夏の一度だけの恋人。あのソースの味が忘れられない。タケちゃんよりもずっと良い。
「そうだっけ?」
トボけたようにニコニコするとタケちゃんは水が無くなりかけたグラスに水を注いでくれた。私のが先。自分のは後。よく見てないと気がつかない、タケちゃんの良いところの一つ。いやいや、イライラはこんなんじゃ吹き飛ばないぞ。
「本当に美味そうに食べるよなあ。ハナちゃんは。俺もまた腹減ってきた」
タケちゃんが早く食べろと急かす。大方私が仕入れてきた絶品パンケーキの情報と夕飯(予定)の栗ご飯に虜なのだろう。腹立ったから栗ご飯は明日の夕飯にして写真だけ送りつけてやろう。悔しがれ愚かなタケちゃんめ!
「ごちそうさまでした!」
「美味かったです!」
店を出ると少しだけ肌寒かったが、ラーメンで満たされた体はポカポカだ。
「よし食欲は終わった!本も読んで絵も見た!何するタケちゃん?」
通常運転だがタケちゃんのデリカシーのなさに何か出鼻をくじかれてやる気でない。どっちかというと鉄のハートの私も、秋だからセンチメンタル。なーんて、ただ帰って寝たいだけ。ビールで眠い。調子に乗って昼間から二杯も飲んだから眠りの秋。これが倦怠期というやつか。
「あとは運動でしょ!」
元気一杯!とばかりにタケちゃんが伸びた。そういえばボウリング勝負の約束をしていた。負けたら並ばないと買えないケーキを買いに行くという決闘。眠くてやる気でない。
「前に言ってたボウリングする?」
歩き出そうとしたらタケちゃんが私に体を軽くぶつけた。
「もっと良い事あるじゃん」
「あれか!新しく出来た……」
口にする前にタケちゃんが私の耳元で囁いた。
「あんな可愛くて一生懸命な姿、他の奴じゃなくて俺の腕の中で見せてよ」
自分でもボボボボボっと体が熱くなるのが分かる。それから私は爆笑した。私が読んでた小説のあらすじに載ってた台詞だ。
「あははははっ!タケちゃん真っ赤!無理しなくて良いよ!」
今にも吐きそうという顔でタケちゃんは大袈裟にうなだれた。「砂糖吐く。耐えられない」とオェーっと口走るタケちゃん。全部台無しだ!
「眠いんだろハナちゃん。さあ行こう!」
私のシミが出来た頬をグリグリするタケちゃんは楽しそうだ。あーあと私はため息を吐いた。ご機嫌取りの言葉に迂闊にもときめいてしまった。
「じゃあスポーツの秋を楽しみますか」
犬が尻尾を振るみたいに嬉しそうなタケちゃんが私の手を握って歩き出した。私の彼氏は今日からあのラーメンというのは撤回しないとならない。やっぱりタケちゃんと居るのが一番だ。
ラーメン屋さんにいるカップルって仲良し多いですね。こそこそイチャイチャ楽しそうなので微笑ましい。