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第二殺人 優一と優奈

後編です。

 どこかで誰かが言った。


 ーーお前なんか死んでしまえ。


 聞こえてすぐに、またどこかで誰かも同じ様な事を言った。


 そんな会話がそこらかしこに溢れている。耳を澄ませばそんな声がどこからでも聞こえてくる。耳障りだ。不愉快だ。どうしてそんな嘘を軽々しくつけるんだ? 出来もしないのに、どうしてそんな無意味な言葉を他人に投げ掛けるんだ?


 映画やテレビではいとも簡単に人が死んでいく。ゲームの世界ではいとも簡単に人の命を奪うことができる。だからある意味昔に比べて今は死が身近にあるんだろう。だからそんな容易く口にすることができるのだと思う。


 歩道をどこか重い足取りで歩く。すると不意に右肩に何か衝撃が伝わる。ぶつかられた様だ。すぐに大きな声が耳に入ってきた。


 「どこ見て歩いてんだ、殺すぞ!」


 その言葉におもわず吹き出してしまう。こいつはぶつかって来た挙げ句に、たったそれだけの事で人の命を奪うと脅しを掛けてきたのだ。


 「……やれるもんならやってみろよ」


 自分でもわかるほど冷め、侮蔑した口調で相手の言葉に応じる。激昂した男は近くを歩いていた連れの男と共に、俺を路地裏に引っ張りっこんだ。


 後はただただ一方的に殴られていた。少しだけとある期待感を持っていたが、その期待は応えられる事は無かった。


 殴り済んだ男は、これくらいにしといてやると吐き捨て去っていった。その顔はどこか満足げだった。


 ーーほら、結局殺さないじゃないか。


 うつ伏せに倒れていた俺は、その場で体を回転させ空を見上げる。そして思わず笑ってしまう。結局は言葉だけのハッタリなのだ。そう確信していた事が、その通りになっただけの事だ。


 ほんの少しだけ期待した。もし本当にぶつかられたと言う理由だけで人を殺せる様なやつだったら良かったのにと。


 そしたら俺は訪ねるだろう。どうしたら何も考えず簡単に人を殺そうと思えるのかと。どうしたら簡単に殺せる様になるのかと。


 最初の殺人から四年以上経った今、俺は未だに妹を救う為に、もう一つの命を悪魔に捧げる事ができていなかった。


 ◆ ◆ ◆

 

 何度も何度も自分に言い訳をした。あの殺人は正当なものだったんだと、間違ってなんかいなかったんだと。


 それでも罪の意識は消えてくれなかった。お前は人を殺したんだと、この手に残る感触を自分自身が忘れさせてくれないのだ。


 妹の命が掛かっている。そんな事はわかりきっているはずだ。優奈の命と他の他人の命なんて比べるまでもない。しかしそれならばと何度も決心しようとも、どうしてもあの時の感覚が思い出され吐き気が襲ってくる。俺はどうしてこんなに弱いのだ。


 人とも距離を置くようになった。塞ぎ込みがちになってしまった俺の周りから離れていくのは当然だろう。けどそれはちょうど良かった。これが自分の罰なのだと受け入れる事ができた。


 けれど何より人と会う度に、『こいつは殺した方がいいやつなんじゃないか』と殺しの理由を探してしまう自分が本当に嫌だったのだ。


 少なくとも俺の手の届く範囲で『殺してもいい奴』なんて会うことは無かった。きっとなにか特殊な条件下に置かれない限り、そんな奴は存在しないのだろう。


 それでも殺す事に躊躇の無い奴は本物の殺人者だ。世の中には本当にそんな思考回路を持つ人間も存在するらしい。ただ、それは俺では無かったんだけど。


 けれど、それも今日で終わりにしよう。


 今日は12月24日。あの悪魔と契約を交わした日から、丁度五回目のクリスマスイヴだ。全てが終わる日だから。


 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 後を付ける。相手は気付いていない。


 距離を詰める。相手は会話に夢中になっている。


 すぐ背後に立つ。気付かれない様に、ゆっくりと。


 後はこの右手でこいつの腕を掴めばすべてが終わる。



 お前が悪いんだ。ぶつかっただけで怒りを撒き散らすような奴は、きっとこの先ろくな事をしないのだから。


 お前が悪いんだ。俺にぶつかったお前が。今日という日、今日と言うこの瞬間に俺に敵意を向けてきたお前が。


 お前が、お前が、お前が、お前が



 お前が悪いんだ。


 


 俺は、その無防備に出された右手にそっと手を近づけた。


 ……


 …



 ◆ ◆ ◆



 「優兄、どうしたのこんな時間に」


 「…ごめんな」


 「どうしたの?なにか、あった?」


 「……俺はお前を、救えなかった」


 「……」


 「やっぱり、俺にはできなかった。俺は……俺は……」


 「そっか、良かった。やっぱりそうだと思ったんだ」


 「お前……なんで」


 「知ってたよ。全部知ってる。優兄が私の為に人を殺した事も、きっと私の為に人を殺せない事も」


 「……悪魔がお前に教えたのか?」


 「その方が楽しめるからだって。ふふ、本当に悪魔って悪いんだね」


 「……そうか」


 「だから優兄が悩んでた事も知ってた。ずっと苦しんでた事もわかってたんだ。それでも知らんぷりしてたの。本当にごめんなさい……本当に……」


 「お前が謝ることじゃないよ」


 「優兄はきっと私が助けて欲しいって直接言っちゃったら殺すし、助けなくても良いよって言っても結局は私の為に誰かを殺すと思うから、直接何も言えなかったんだ」


 「そんなに俺は強くなかったよ……出来なかったよ」


 「きっとしたよ。だって優一って名前は『一』番『優』しいって意味。だから妹には一番優しいって意味だからね! お兄ちゃん、妹大好きだからな~」


 「なんだよそれ」


 「私は悪い子なんだ。優兄がこんなに苦しんでるのを知ってるのに、私は、私はね」


 「……」


 「嬉しかったんだ。優兄が悪い奴をやっつけた事も、優奈の為に悩んでくれた事も。……優奈にこの五年間をくれた事も。だから、ありがとね。五年間みんなと、優兄と一緒に居れて、私は幸せだったよ」


 「お前がそう思ってくれたなら、良かったよ……最後まで救えなくて、ごめんな」


 「優奈は本当は死んでたんだから、優兄は謝ることないよ。悪いのは優奈だから……ねえ優兄、わがまま言ってもいいかな?」


 「良いぞ。だって俺は妹に一番優しいからな」


 「ありがとね。……私、最後は悪魔に殺されるなんて、嫌なんだ」


 「けど、それは」


 「だからさ……優兄が殺して?」


 「……」


 「これで優兄は二人殺したことになるから、死ななくてすむし……死ぬなら優兄の手で死にたいな」


 「……お前はお兄ちゃんに厳しいのな」


 「妹なんて、そんなもんだよ」


 「そうか」


 「はい、私の手握って」


 「……俺は、俺は」


 「今度は、ずっと握っててね」


 「……!」


 「優奈がわがまましても、絶対離しちゃやだよ」


 「……ああ、今度は離さないよ」


 「ありがと……へへ、あったかい」


 「優奈」


 「ん?」


 「多分あの悪魔の事だから、これじゃ話が違うからとか契約違反とかにされて、多分俺生きてられないとおもうぞ?」


 「その時は二人とも悪い事したから、二人ともお仕置きを受けようね」


 「親に叱られるな、俺たち」


 「……うん、本当に悪い子達だ」


 「……」


 「優兄、頭撫でて」


 「ああ、わかった」


 「へへ……優兄、大好き」


 「……俺もだよ」


 「うん!……眠くなって、きちゃった」


 「ああ、ゆっくりしな」


 「……じゃあ、寝るね」


 「……ちゃんと寝るまでずっと見ててやるからな、怖くないからな」


 「うん、ありがと……おやすみ、優兄」


 「おやすみ、優奈」


 





 これが俺の二回目。二神優一の生涯最後の殺人だった。



 


 

ダークな雰囲気は難しい。

よければ意見、アドバイスお願いいたします。

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