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第一殺人 始まりの殺人

短編のつもりが長くなったので、前編後編に分けます。

殺人という行為に葛藤する少年の物語です。

直接的にグロテクスな描写は無いですが、少し暗めの作品です、苦手な方はご注意ください。


 俺は今、人を殺している。この手で命を奪っている。  


 体の熱が冷めていくのを感じる。苦しみにあえぎ、次第に呼吸も絶え絶えになっていく一人の人間がいる。けれどそれは目の前の男の事なのか、自分の事なのかはもうわからなくなっていた。


 男は仰向けに倒れ、喉元を掴んでいる俺の手を退かそうともがく。だが引き離す力はもう無い。その目はもう虚ろだ。だがそれでも懇願する様な視線を送ってくる。


 「……たく……ない……たすけ……て……」

 

 男は最後の力を振り絞りながら、必死に助けてと声に出していた。俺よりも一回りも大きい男が、俺に向かって涙を浮かべながら助けを求めている。俺に恐怖を抱いている。その光景を目の前にして、俺の中で芽生えていた感情はなんだっただろうか。


 俺は男の目を見据え、感情を押し殺し、男の声に対する答えを口にする。


 「ダメだ。俺は妹を救う。だからお前を助けない」


 そう、妹を救う。お前が手にかけた、たった一人の妹を。

 その為に手にいれた力だ。その為に交わした悪魔との契約だ。


 そう言い放った瞬間、男に残っていた最後の生が、一気に消えていくのがわかった。最後に男に触れている右手から、伝わってくる確かな意志がある。




 死にたくない 死にたくない 死にたくない


 ……


 …


 俺は男が事切れる瞬間までずっとその表情を見ていた。ストンと男の力が抜け、ぐったりと体をアスファルトに投げ出し、そしてあっけなく動かなくなった。その顔は最後まで恐怖に歪んでいた。


 見届けた後、ゆっくりと立ち上がる。目の前には、人間だったものが転がっていた。無意識に自分の右手の掌に視線が行く。そこにはまだ真新しい、死んでいく人間の感触が鮮明に残っている。


 俺は今この手で……この手で……


 それを自覚した瞬間、強烈な吐き気が襲った。こらえきれず膝をつき、その場で激しく嘔吐する。目からは止まることなく涙が溢れてきた。


 これが初めての殺人。当時小学四年生だった二神優一が、生涯二回行った最初の殺人である。



 ◆ ◆ ◆                



 悪魔と契約を交わしたのは五年前、妹が病院に運ばれた次の日、珍しく雪の降ったクリスマスイヴの夜だった。


 その日俺は自分の部屋で、ネットで見たある都市伝説を再現した。いわゆる西洋の、悪魔を呼び出す儀式である。


 何故そんなものを信じたのかは今でもわからない。けれどあの時は必死だった。とにかく力が欲しかった。妹を救える力が欲しかったのだ。医者に救えないのなら、自分にできる事はなんだ。そう考えたあげく藁にもすがる思いで、魔術や奇跡、そんなオカルト染みたものを試そうと思ったのだ。


 描いた魔方陣の上に、その悪魔は本当に現れた。現れた瞬間は頭が真っ白になった。

 驚きよりも、その存在への戦慄が大きかったのを覚えている。山羊の頭と蹄、毛深い下半身、コウモリの様な形状の黒く大きな翼。ネットや書物に記される悪魔そのものだった。


 それでも、どれだけ怖かろうと俺は引くわけにはいかないと、歯を食い縛って逃げ出したくなる体を押さえていた。


 「この国で呼び出されるのは珍しいな……何故私を呼んだ?」

 「……妹の命を助けて欲しい」

 「何故悪魔である私に懇願する? もっと聖なる正しい力にはすがらないのか?」

 「本当に神様とか信じて救われるなら、妹はこんな事になっていない。だから神様なんて信じない」


 俺の言葉を聞き、悪魔はニヤリと口元を歪める。


 「堕落者にありがちな言葉だが気に入った。まだ子供とは思えんな。だが悪魔との契約には、悪魔の望む条件がいる。それはわかっているな?」

 

 問い掛けに、ゆっくりと頷く。


 「いいだろう。妹を助けてやる。そしてその代償として、お前に呪いを与える」

 「……呪いって、どんな?」

 「その右手に、お前が望む時、人に直接触れるだけで動きを封じ、徐々に生気を吸い、命を奪う事のできる力を与える。どんな人間でもだ。そしてその力を使い、私にお前自身以外の二人の人間の命を捧げよ。どのようなクズでも、聖人でも構わん。愛する者の命を救う禁忌だ。それくらいの代償安いものであろう?」

 

 心臓の鼓動が早まった。悪魔は、妹の命を救う代わりに、他の人間を二人殺せと言ったのだ。


 「そうだな…期限は今日から丁度五年後の、この時間までとしよう。五年と言うのは、私の余興に過ぎんから気にしなくていい。期限が過ぎればそれ相応の物を頂く。あがく姿を見せてくれ、少年」


 その悪魔の問い掛けに答えた時、二神優一と、その呪いに関わった人達の運命は決まった。 

 


 ◆ ◆ ◆



 その顔を覚えていた。だから一人目の殺す相手は決まっていた。


 妹の命を奪おうとした、あの男だ。 


 二学期の終業式の日の、久しぶりに一緒に帰ろうと甘えてきた、二つ下の妹の優奈。まだ小学二年生だった妹は、兄離れをしようとここの所は一緒に帰っていなかった。けれどその日は明日からは冬休みだし、次の日に友達にからかわれないからか、学校に行く前から約束を強要してきた。してくれなきゃ学校に行かないという始末。母親はあらあらと笑っていた。


 一緒に学校を出てすぐ、手を繋いでと自分の左手を差し出して来た。俺は恥ずかしくて嫌だったけど、優奈は今にも泣き出しそうだったから、仕方ないから右手を繋いだ。繋いだ瞬間、優兄は素直じゃないな~ってませた事言いながら、無邪気にはしゃぐ妹を見て悪い気はしなかった。


 二人で並んで歩き、人通りの少ない住宅街に入った時、少し前に道の端に、帽子を被りうずくまった男がいた。顔を伏せ、何かをこらえているかの様な仕草をしながら、塀に寄り掛かっていた。


 優奈もそれを見つけたらしく、不安げな表情を浮かべ、俺の顔を見た。


 「おのおじちゃん、どっか痛いのかな……」

 「確かに、なんか変だな」

 「優奈、見てくるね!」


 人一倍優しくて、学校でも人気者の妹は、困っている人を放ってなどおけない。だから俺の手を離して、その人物に駆け寄って行った。


 簡単に手を離してしまった。正直やっと離してくれたという安心も少しあったのかも知れない。小学生だった自分に周りの状況や、その男の様子の全てに気付けというのは無理だったかもしれない。


 それでも、何で俺は、その手を離してしまったのだろうか。


 大丈夫ですか、と男にかけた声は、言葉の最後まで発される事は無かった。俺が少し遅れて駆け寄る途中、優奈は急にその場に崩れ落ちた。俺は何が起こったのかわからなかった。


 ただ目の前には赤く染まった道の上に倒れている妹。そして、こちらを見ている男の顔があった。


 ……その顔を覚えていた。だから、俺の殺す一人目の相手は決まっていた。


  

  ◆ ◆ ◆



 男とは、少ししてから再会できた。


 俺は事件の後、なるべく同じ時間に、同じ場所を通るようにした。帰った後に出掛ける時は、同じ所を通って行き、その後人気の無い所を彷徨くようにした。


 向こうは俺に顔を見られている。だから必ず、俺の口を封じに来ると考えた。だからこうして俺の行動パターンを見せて、隙をみせる様にした。難航する警察の捜査開始から時間が経った頃、特に顕著に行う様にした。何度も、何度も。


 そしてある日、誰かにつけられているのを感じ、人の気配の無いビルの裏通りに足を向ける。


 行き止まりの場所まで来たとき、振り向くとそこにはあの時と同じ顔をした男が立っていた。その手にはナイフの様な物が握られていた。男は醜い笑顔をこちらに向けながら歩み寄ってくる。


 怖かった。逃げ出したかった。涙が出そうだった。けれど、それでも、あの血まみれの妹の姿が脳裏によぎると、怒りが、憎しみが、悔しさが体から涌き出てきた。全身が感情に支配された時、俺は叫びながら男に突進した。


 不意を突かれた男はとっさに反応できず、固まっていた。俺は素早く男の手首を掴み、悪魔から受け取った力を発動した。すると徐々に男の体から力が失われていき、男は膝をつき、その場に倒れこんだ。男は何が起こったのかわからない。


 俺は素早く男の上に跨がり、仰向けにし、今度は喉元を手で触れた。絞めてはいないが、脅しの意味でそうした。


 「ち……力が入らな……い。一体何……が」

 「……どうして妹を刺した?」

 「クソガキ……一体何を……しやがった?」

 「質問に答えろ!そしたら教えてやるし、離してやる。どうして、どうしてだ。なんで優奈をあんな目に遭わした。なんで俺の妹があんな目に遭わなくちゃならなかったんだ!」 


 俺は怒りに任せて問いただす。悪魔との契約が無ければ妹は死んでいたんだ。一体どんな理由があったら見ず知らずの子供を刺し殺す事ができるんだ。ある意味、この男に対する純粋な疑問だった。たが、質問を投げ掛けたことで、俺の男を封じ込める方の集中が乱れてきたらしく、悪魔の力も少し効力が落ちている様だった。


 少し余裕ができてきたからか、男はこちらの余裕を奪おうと思ったのだろう、その理由を言葉にした。


 「……たまたまだ。こっちにきたのがお前の妹だったからだ。……一度人を殺してみたかったんだ。それだけだ。だから特別お前らに恨みがある訳じゃ無いんだ……お前が憎い訳じゃ無い。だから、さあ、良い子だから、そのまま退いてくれ。そしたらお前の命を助けてや……る…!?」 


 男の言葉が言い終わる前に、首を絞めた。能力で殺す前に普通に殺してしまえば、殺人の形跡が残ってしまう。なによりあの悪魔に命を捧げた事になるのかもわからない。それでも俺は、その手から力を抜く事ができなかった。


 「……ふざけるな」


 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。


 何の理由もなく人を殺したのか。お前の快楽の、娯楽の為に何の罪もない妹を手にかけたのか。

 その快楽の為に俺は、悪魔に魂を売ったと言うのに。


 何が殺してみたかっただ。なんでそんなことを平気で口に出せるんだ。


 ただただ憎かった。目の前の男が憎かった。こんな奴居たらいけない。こいつは悪い奴だ。悪だ。消えなきゃいけない。消えろ。消えろ。


 俺のやっていることは正義だ。正しいことだ。誉められるべき事だ。称えられるべき事だ。だから……


 俺のやることは、間違ってなんかいない。


 その想いだけだった。首を絞める為に込められた力は、いつの間にかコントロールされていた。苦しい程度に。だけど死なない程度に。そしてこの力でお前を……お前を……


 殺してやるんだと。その時初めて、明確に男に殺意を向けた。



 ◆ ◆ ◆

 


 「優兄……元気無いね。大丈夫?」


 病室のベットに横になっている優奈が、心配そうに声をかけてくる。俺が見舞いにきた筈なのに、逆に励まされるなんて、情けない兄である。


 けれどあんな事の後なのに、他の人の心配のできる妹に心底感心した。


 あれから優奈を刺した男は遺体で発見された。死因は極度の興奮状態から引き起こされた心臓麻痺、と言うことになった。能力が発動している時は魔力で肌に触れている事になり、指紋等の痕跡は残らないとあの悪魔からは聞かされていたから、本当だったんだなと思うくらいだった。

 

 妹は悪魔を召喚した日の二日後に目を覚ましていた。医者からは奇跡だと言われ、親は泣いて喜んでいた。


 しかし事件の後遺症で少し心に傷を負っており、大事をとって入院している。俺はあの男と邂逅の後、無性に妹の顔が見たくなり、その次の日に病院に見舞いに来たのだった。


 「大丈夫だ……ごめん、心配かけて」

 「優奈、頑張って退院する。そしたら優奈が遊んであげるね。そしたら優兄も元気になるよ!」


 そう言って優奈は顔をほころばせる。その笑顔を見てほんの少しだけ、心が軽くなった様な気がした。

 この笑顔の為に俺は……俺は……。


 「優兄、優奈頑張るから、頭なでなでして!」


 優奈はそう言って俺に甘えてくる。けれど俺は立ち上がって。


 「……退院できたらな。じゃあ俺帰るから、良い子にしてろよな」


 そう言葉にして、病室を出ていった。

 待って、と呼び止める声がしたが、振り払うように無視して行った。



                   ◆


 走った。


 とにかく走った。


 病院から出てから、何かから逃げるように走った。


 そして、あの男と対峙した場所と同じようなビルの路地裏に入った。立ち止まった時、強烈なめまいと、吐き気に襲われ、あの時と同じように嘔吐した。


 殺した。俺は人を殺した。この手で殺した。自分の手で殺した。俺は殺人者になった。テレビで見る様な犯罪者とおんなじになった。悪魔の力が無ければ死んでいた優奈の事を考えれば、俺は。


 あの男と、おんなじになった。

 

 この手にはその感触が鮮明に残っている。この目には、その光景が焼き付いている。

 

 目の前で恐怖で顔をぐちゃぐちゃにし、泣きながら助けを求める人間の姿があった。大の大人があんなに必死に、惨めになっているところなんて初めて見た。そして俺はその声を無視して、殺した。悪魔の力の苦しみとは別に、俺の手で首を絞めて、苦しませながら俺の手で息絶えさせた。そして目の前で、一人の人間が死んだ。


 優奈の手を離したあの時の想いを胸に、優奈を救うと誓ったこの手は、ただの人殺しの手になった。命を奪う感覚が、この手から消えてくれなかった。


 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。手を見る度鮮明に思い出され、吐きそうになった。こんな汚れた手で、もう俺から優奈に触ることなんてできない。


 なにより、俺はあいつを殺した時、楽しんでいた。興奮していたのをはっきり覚えている。優奈の為なんだと、この悪に罰を与えてるんだと。これは正義なんだとそう思い込んで、人殺しに確かに興奮したんだ。


 自分の顔を鏡で見る度に、男の顔がダブって見える。あの優奈を刺した直後の、あの顔を真っ赤にして、醜く笑っていたあいつの顔と。


 違うと何度否定した。俺はあの男と一緒なんかじゃないと。俺は、妹を救うために……。


 もう心は限界だった。人を殺すと言うことが、こんなにも心を蝕むということを、俺はわかっていなかったのだ。何度も何度も、頭が、心が壊れそうになった。


 だからこそ俺はあの悪魔の言った、あがけ、と言う言葉の意味を理解していた。







 捧げる命は二つだ。


 つまりもう一度この手で、人を殺さなくてはならない。こんな思いを経験してなお、もう一度やれと言う事だ。


 もう一人の命を、この手で奪えと言うのだ。






 嫌だ


 嫌だ嫌だ


 嫌だ嫌だ嫌だ





 ……それでも俺は、逃げる訳にはいかなかった。あの悪魔の問いに頷いた後、五年の期限が過ぎた時の相応の代償を聞いてしまったから。


 それは俺と、そして優奈の命。




 俺は。


 俺は誰を殺せば良い?


 誰を殺せば、この気持ちを味わわずにすむ?


 どうすれば、どうすればいいの? 


 逃げられない。でも壊れる訳にも行かない。俺はこの罪を背負い、もう一度罪を重ねる。


 




 俺が出会った、悪魔と人殺し。


 けれど本当に悪魔と人殺しは、どっちだったんだろうか。


 

次で完結予定です。

アドバイス、批評、意見等よろしくお願い致します。

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