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忍と刀と戻らぬ簪  作者: 秋田友
壱の章-愛護の簪-
6/20

其の六

「──今日は一段と気合が入っているようだな」

 夜の修行、そこでの杏の動きは今までよりも生き生きとしていた。

「弥勒先輩のっ、おかげかも知れませんっ!!」

「ほう……ならば、そろそろ段階を引き上げるとしよう」

 封和はそう宣言すると、動きを変えた。

「なっ……!」

 杏は急な変化に対応出来ず、封和の繰り出した一撃をまともに食らう。

「急な変化に対応できるようになれ。戦いは変化するのが常だ。命の奪い合いに、規則的で予測しやすい動きをする者などいない」

「ぐっ……」

 2メートルほど後方に吹っ飛んだ杏は、空中で体勢を立て直して地に足を着く。

「まだ……っ!」

 顔を上げて封和を見た杏は、頭部に向かって飛んできたクナイに、反射的に伏せた。それは封和が放ったものだった。

 封和が言った“段階を上げる”というのは、そういうことだった。より実戦に近くなるように、封和も武器を使用する。

「どうした、杏。私はクナイが無くとも、術を使わずとも、簡単にお前の命を奪うことができるぞ」

 封和の言っていることは、嘘ではない。その封和が道具を使うということは、それだけ杏が不利な状況に陥るということだ。戦場は理不尽であり、その中で生き延びることが忍には求められる。杏は段階的にそうして鍛えられている。

「遅いっ!!」

 封和は杏が逃れる先を予測してクナイを投げる。それは的確に杏の行き先を行き、杏は動きを封じられる。

「私に一撃でも食らわせてみろ」

 封和は難易度を上げてすぐに課題を与える。それは前の段階でも杏が成し得なかったことだ。

「はいっ!」

 それでも杏は前向きに取り組む。

 投擲(とうてき)されるクナイは際限がないように杏は感じた。しかし実際は封和が移動しながらクナイを回収し、その都度杏に向けて投げている。

(やっぱり、先輩は強い……!)

 杏はそれに気付いているものの、自分には出来ない芸当に感心し、封和を尊敬した。

(でも、あたしだって少しは!)

 杏は自分に向かって飛んでくるクナイの1つを、自分が持っているクナイで弾こうと試みた。向かってくるクナイに恐れず杏は突っ込む。

 一瞬──その時間に神経を集中させた杏には、視界に入るものすべてが遅く感じられた。その独特の時の流れの中で、杏はクナイどうしを接触させる。キンッ──という金属どうしの接触する音が杏の耳に届き、接触箇所には小さな火花が散る。

(っ! 無理っ!)

 杏のクナイは力負けして腕ごと弾かれる。しかし杏はすぐに切り替えて次の動作に打って出た。手からこぼれたクナイが地面に落ちる瞬間までの短い時間、杏はそのまま封和に向かって走る。たった2歩の短い跳躍で杏は封和の下に飛び込む。そして懐から新たなクナイを取り出した杏は、封和が一瞬の動揺を見せた隙にそれを振り上げた。

「残念だったな」

 突如聞こえた声──それと共に杏は振り上げた腕を掴まれた。驚いた杏が振り向くと、そこには今まで目の前にいたはずの封和が立っていた。

「どう──して……」

「水属性の術は、こうした写身(うつしみ)に優れていてな」

 その言葉で杏は理解した。今まで見ていた封和はすべて封和の術で作り出された偽物であったと。

「私が道具を使うだけだと言った覚えはない」

「いたっ!!」

 封和は杏の手を掴んでいた左手に力を込めた。杏はクナイを持っていられなくなってそれを落とす。

「──休憩にしよう。さっきのはなかなかいい動きだった」

「本当ですか!?」

 杏は初めて褒められた嬉しさを表情にした。

「ああ。だが──喜ぶのはまだ早いようだ」

 封和は殺気を解かずに杏から視線を外した。杏もその雰囲気に緊張の糸を張る。

(また……怖い……でも……)

 杏は3本目のクナイを構える。倒すべき対象はまだ見えていない。しかし近くにいるということは杏にも理解できた。

「出てこい」

 封和は以前と同じように低い声で告げる。しかしその声に応じる者は居ない。

「杏、今度は視認することができない。お前はどう戦う?」

「──わかりません」

「そうだな。それが正解だろう。だが……見えないなら、見えるようにすればいいだけのことだ」

 封和は首元に提げている蒼色の鈴を取り出して人目に晒す。すると鈴は青い光を放ち、目の前に歪みが生じる。

「これは……」

「これで──見えるだろう。杏、恐怖しているだけでは前と同じだぞ。お前は、変わったのだろう?」

(ああ……そうだ……あたしは、戦える……!)

「──1人くらい、相手取ってみろ」

「──はい」

 杏も封和の真似をして殺気を放つ。

 ──刹那、場に動きが生じる。何人いるかも分からない忍は一斉に封和に襲い掛かる。杏に向かってきたのは、そのうちの2人だった。しかしその1人は封和によって瞬殺された。そのため杏は残りの1人を相手にするだけでいい。

(封和先輩より、遅いっ!!)

 杏は敵の間合いに入らないようにすべての手から逃れ続ける。その動きは、修行で封和が見せたものよりも遥かに遅かった。だから杏は少しずつ間合いを詰めて、攻撃に打って出る。

 相手のクナイを弾きながら杏は認識する時間を変えていく。相手の持つ一瞬という時間が、杏にとっての数秒に感じられるようになった頃、杏は敵の首元にクナイを突き付けた。動脈を傷つけたからか大量の鮮血が首元から噴き出る。杏は興奮していた所為か、その光景に恐怖を抱けなかった。

「ハァ、ハァ……」

 気が抜けた杏はその場にへたり込んだ。

(命を……奪った……)

 その実感が徐々に杏の胸中に押し寄せる。罪悪感に(さいな)まれる杏を視界の隅に入れた封和は、ひとまず安心した。

(私もそろそろ本気で行かせてもらおうか。守りながらの戦いというのは、やはりまだ慣れない)

 攻撃を受け流すだけだった封和はすぐに自ら攻撃を仕掛けた。

 本気になることができた封和にとって、動きの遅い忍たちが何人束になってかかってきても脅威にはならない。

(何だ? この間よりも動きが遅い……)

 封和はそのことを不審に思いながら襲い来る忍たちを退ける。

「……立てるか」

 封和は茫然としている杏に声をかけた。

「先輩……あたし……」

「忍は命を奪うのが存在意義だ。慣れるしかない」

 泣き出しそうな子供のような顔をした杏に、封和はそう言うことしかできなかった。

「──今日はここまでだ」


 ◆


「数を増やせば、操り切れなくなってしまう……結界の力を使ってもこの程度だなんて。人間というのは、あたくしの手には負えないのね」

 でも、と菖蒲は続ける。

「この程度のことができないようでは、あたくしには椿姫を迎えに行くことができない」

 菖蒲は再び鏡の前で式を書き換え始めた。


 ◆


 夜道は、不気味だった。杏は日本の明るい夜にまだ慣れることができない。街頭に照らされた住宅街──そこに潜む闇が浮き彫りになっているようで、それが杏にとってはひどく不気味に思えた。

「先輩、あたしはどうして襲われているんですか」

「──襲われているのは、お前ではなく私かもしれないのに、なぜそう思う」

「杏理が言っていました。先輩の指導を受けたくても受けられない忍の子はたくさん居るって。それなのに、こんな落ちこぼれのあたしが先輩を独占しているから、それを快く思っていない家の誰かが、こうしてあたしを始末しにきているんじゃないかって」

「──考えすぎだ」

「先輩は、何か知っているんじゃないんですか。どちらかは分からないけれど、命を狙われる理由について──」

「知っていても、お前には言えない」

「どうしてっ!!」

 杏は思わず声を張り上げた。

「お父さんも先輩もっ、どうして知っていることを教えてくれないんですかっ!! こんな怖い思いを2回もしているのにっ!!」

「甘えるなッッッッ!!」

 封和は杏の叫びを遮った。

「不用意に情報を知っていることでどんな危険が及ぶか、それをお前は知っているのか!? 巻き込まれる覚悟もないヤツが、下手に情報なんて持つな!!」

「そんな……じゃあ先輩は、仮に狙われているのがあたしだったとして、その理由も知らずに死ねって言うんですか!?」

「そうならない為に、お前は日本に来たのだろう!!」

 杏は何も言い返せなくなった。事実その通りであり、それ以上の問答は意味を成さなかった。

「杏──情報を持ちすぎたが故に死んでいった者達はたくさん居る。お前は自ら進んでその道に足を踏み入れようとしているんだ。──そんなに死にたいのか、お前は」

(誰だって、死にたくないに決まってる……)

「……守られるだけは、嫌なんです」

「お前は守られるだけではないだろう」

「でもっ──!」

「今日はもう帰れ。送ってやるから」

 結局はぐらかされ、明確な答えを杏は得られなかった。


 ◆


 杏はここ数日、ひどく居心地が悪かった。信頼していたはずの人達が、全員自分を除け者にしようとしている──そう杏は感じていた。

「紫苑さんってさ、杉並くんとどういう関係なの? いつも一緒だし、付き合ってるの?」

 休み時間、風吹が飛沫に呼ばれて席を外している間に、杏はクラスメイトの女子から質問攻めに遇っていた。

「──違うよ。あたしと風吹は、家族。一緒に暮らしてるんだよ」

「えぇ!? それってますます怪しい! 何で苗字が違うのに一緒に住んでるの? 杉並くんの親は?」

「それは──風吹に直接聞きなよ」

「じゃあさじゃあさ、一緒に住んでて、どっちかが好きになっちゃったことってないの?」

「? あたしも杏理も風吹のことは好きだよ?」

「そういうことじゃなくってね……異性として意識したことはないの、って」

 異性として──杏にはよく解らなかった。杏は確かに風吹のことを尊敬しているし、実力も認めている。風吹が努力家で真剣に修行に取り組んでいることも知っている。家族としても、杏は風吹のことが好きだった。

「──もしかして、風吹のことが好きなの?」

「っっっっ!」

 杏を質問攻めしていた女子生徒は、赤面して動揺を見せた。

「……だって、杉並くん……優しいし、運動神経良いし、頭も良いし……カッコいいんだもん……」

 先ほどまでの勢いは何処へやら、急に女子生徒は声を小さくする。

「そう、なんだ……」

「それでね、紫苑さんにお願いがあるの。杉並くんのコト、教えてくれないかな? どんな食べ物が好きかとか、趣味とか、何でも良いから」

「え、えぇ……!?」

 お願いっ、と胸の前で手を合わせる女子生徒に、杏は戸惑った。

(自分で聞き出せばいいのに……)

 首を縦に振らない限り、女子生徒は杏の前から退いてくれそうにない。しかし、人のことを勝手に話すのは杏にとって抵抗があった。

(そもそも、忍はそう簡単に情報を漏らしちゃいけないんだよね)

 もっともらしい理由をつけて、杏は断ることにした。

「ゴメンね、それは出来ないよ。風吹にだって知られたくないことはあると思うんだ。それをあたしが言いふらすのは、風吹にとっての嫌がらせでしかないと思う。だから、悪いけどそういうことは自分で聞き出してくれるかな? ……大丈夫、風吹は誠実だから、あなたの想いを蔑ろにはしないから」

 不本意そうな顔をしていた女子生徒は、何か言いたそうにじっと杏の顔を見ていたが、やがて口を開いた。

「──そう──杉並くん、優しいもんね」

「傷付けるようなひどいことは言わないと思う」

 頑張れ、という無責任な言葉を与えることしか、杏には出来なかった。

(ああ、そっか──そういうことだったんだ──誰も何も教えてくれないのは、あたしがそれを知ることで、傷つく『誰か』がいるからなんだ──)

 立ち去る女子生徒の背中を見送り、杏は気付いた。ちょうど入れ替わるように、風吹は戻ってきて何も言わずに着席した。杏もまた、何も言わなかった。

(変だな……飛沫さんと話してきたっていうのに、杏が何も訊いてこない……)

 風吹はそんな杏の様子を不審に思った。

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