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忍と刀と戻らぬ簪  作者: 秋田友
壱の章-愛護の簪-
4/20

其の四

 杏が封和と教室を出た頃──弥勒もまた、修行の為に風吹の元を訪れていた。

「センセーから話は聞いてるでしょ?」

「はい、先輩が僕の修行を担当してくれると聞いています。よろしくお願いします」

「ウン、ヨロシク。でも修行を始める前に、風吹クンには伝えておかないといけないことがあるんだ」

「何でしょう?」

「杏ちゃんのことだよ」

「杏が、どうかしたんですか?」

「うん、まあね。センセーからは早めに伝えろって言われてるけど、オレは伝えていいのかまだ迷ってるんだよね」

 弥勒は風吹から目を逸らして頭を掻いた。

「一体、何のことを……」

「キミ、今まで不思議だと思わなかったの? 忍の名家に生まれておきながら、術もまともに使えないなんて、どう考えても可怪しいでしょ?」

「え……でも、飛沫さんも術を使うことが出来ません。それを考えれば、杏が術を使えないのは不思議なことではないと思います」

「センセーと杏ちゃんは、根本的に違うよ。だってセンセーは昔、ちゃんと術を使うことができたんだから」

「! それって、どういう……」

「センセーは前の大戦で命を落としても可怪しくないほどの大怪我をしたんだ。何とか一命は取り留めたんだけどね、後遺症で術が全く使えなくなったんだよ」

 初めて知った事実に、風吹は戸惑いを隠せなかった。

「杏ちゃんはセンセーとは違う。生まれつき術が使えないんだ。どうしてだと思う?」

「……養子、ですか?」

 熟考の末に風吹は答える。

「違うよ。正真正銘、杏ちゃんはセンセーの娘。血筋の話じゃないんだ。うーん、そうだな……器じゃなくて、中身の話って言うと分かりやすいかな?」

「……いまいちよく分かりません」

 うーん、と弥勒は気まずそうに頭を掻く。その様は伝え方が分からず困惑している様に風吹の目に映った。

「風吹クン、前世って信じる?」

「自分が生まれる前、魂がどう過ごしたかという話ですよね」

「うん、そう。魂は当然、天上で生前の全ての記憶を浄化されてから再びこの世の器に収まる。けれども杏ちゃんの魂は、浄化されてなんかいない」

「えっ?」

「杏ちゃんは生前、諏訪を守護する巫女だった、椿姫(つばき)サマだったんだ」

「──どういう、ことですか……」

 風吹は弥勒の言っていることを理解出来ずに聞き返す。身近な人物が自然の摂理に従っていないということに畏怖を覚えた。

「椿姫サマは十数年前に大戦で命を落とした。その時に記憶を残したまま転生しようと、自身で編み出した術を使ったんだ。けれどもそれは不完全で、椿姫サマの人格は眠りに就いた」

「じゃあ……杏には何の関係もないじゃないですか」

「いいや、関係大有りだよ。椿姫サマの人格は、杏ちゃんの身体が生前の椿姫サマに近付くのを待っている。生前の魂に器が追い付いて初めて転生は完成する」

「……杏は、どうなるんですか……。椿姫様が生まれ変わったら、杏はどうなってしまうんですかっ!」

 風吹は弥勒の襟元を思い切り掴んでいた。弥勒はそれを別段気にする様子はなく、瞳に哀しみの色を浮かべる。

「椿姫サマの転生が完了すると、杏ちゃんは消えてしまう」

 風吹には受け入れ難かった。今まで親しくしてきた家族が、パートナーが、いきなり目の前から居なくなってしまう──。いや、居なくなるならまだいい。その方がまだ受け入れることが出来る。けれども現実は残酷だ。同じ姿の別人になってしまうというのは、受け入れるのが難しい。

「……止める、方法は……あるんですか……」

「一応ね。オレと封和、そしてセンセーは今その準備をしているよ」

「──僕に手伝えることはありますか?」

 少しだけ安堵した表情を見せる風吹に、弥勒は告げる。

「キミに出来ることは強くなることだ。修行して、杏ちゃんを危険から守ること」

「先輩たちも居るのに、ですか?」

「そうだよ。いくらオレと封和が守ろうとしても、そこには限界がある。一番近くに居る風吹クンにしか守れない時だって必ずある。だから、キミは日本で修行して、強くならないといけない」

「先輩」

「勘が良いね。キミの想像はきっと当たっているよ。だってオレ達はこの為に日本に渡ってきたんだからね」


 ◆


「──お姉ちゃん……そうだったんだ」

 同刻、人気(ひとけ)のない階段の踊り場で飛沫から杏の話を聞いた杏理も納得した様に頷いた。しかしその表情に風吹のような焦りはない。

「杏理──お前はどう思っている」

 あまりにも感情を表情に表さない杏理に飛沫が問う。

「納得した、かな。ずっと引っ掛かってはいたんだよ。お父さんも術が使えないから、それを受け継いじゃったのかもって思ったけど、忍の家系でそれは考えにくかったし。日本に来る前にお父さんから受け取った手紙の意味も今ようやく分かったし」

 考えのみを淡々と語る杏理の感情を図りかねていた。

 杏理は窓の外を見る。夕焼けの色に包まれた町並みは眠る準備をしているようだと杏理の目に映った。

「お前は──」

「分かってるよ、お父さん」

 飛沫の言葉を杏理は遮った。

「何をすべきかは、ちゃんと分かってる。わたしにはお姉ちゃんほどの瞬発力は無いし、風吹ほどの体力もない。だから2人のしている修業とは違うことをしなきゃいけないと思うんだ」

「──全ては任せる。何かあれば、言いなさい」

「うん。しばらくは知識を貯め込もうと思ってる。見たところ、日本には諏訪じゃ手に入らない知識がいっぱい溢れてるみたいだし」

「──すまないな。いつも、お前に手を掛けてやれなくて」

「気にしないで。わたしより、今はお姉ちゃんのことが優先だよ。そっちに気を付けてあげて。こうしてる間にも菖蒲様が動き始めるかも知れないし」

「くれぐれも、無理をするな」

 飛沫はそう言って硝子で出来た無色透明な鈴を五つ、杏理に手渡した。

「お姉ちゃんも、風吹だってまだ貰ってないのに」

「何かあった時の為だ」

「クスッ──分かってるよ」

 杏理の冗談を真面目に受け取った飛沫が可笑しくて、杏理は思わず笑った。飛沫はバツが悪そうに杏理から視線を逸らし、その場を去ろうとした。

「ごめんね、お父さん……」

 すれ違い様に、杏理は小さくそう呟いた。


 ◆


 祈り場の鏡の前で、彼女は独り言を漏らす。

「──まだ、足りない……どうすれば……」

 そこには苛立ちが含まれていた。

 鏡の中には無数の記号の羅列がぼうっと浮かび上がっている。

 彼女は新しい術を構成していた。本来不可視の記号達を視ることができるように作られた鏡の前で、彼女は自在にそれらを操り、組み合わせて思い通りの結末を呼び起こす為の準備をしている。

「日本とこちらを往来する力は、あたくしにしか無いはずなのに……飛沫、あなたは一体どのようにあちらの世界へ飛んだと言うの?」

 彼女の組み上げた術式は、完成しておらずとも、完全であり、そして完璧だ。しかし菖蒲の願いを叶えるにはまだ足りない。

「結界の力を使えば……可能かしら?」

 そうして彼女は、再び危険な賭けに出た──。


 ◆


「──反応速度だけは十分だな」

 杏と対峙している封和はぽつりとそう漏らした。

「どうやらお前は先生から多くの特性を引き継いでいるらしいな」

「お父さんの事なんか、知らないッッッ」

 杏は封和の攻撃を徐々にではあるが避けることが出来るようになってきている。これは急成長と言ってもいい。封和が付きっ切りで適切な指導と助言を与えているお陰で、杏の動きは一週間足らずで改善されてきている。

「私の見立てでは、お前は一瞬と言う時間を最大限に利用できるようだ。これは紫苑家に代々受け継がれる特徴であり、お前の強みになるだろう。このまま修行を続ければ、術が使えずとも十分忍としての実力を発揮できるようになるだろう」

 封和は攻撃の手を緩めて、殺意を胸中に仕舞いこんだ。それが休憩の合図になることを、杏はこの1週間で知った。

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。お前の実力を正当に評価するとそうなる。私が嘘を吐く理由は無いだろう」

 疲労がはっきりと表れていた杏の表情は、ぱあっと明るくなった。

「やはり日本に来て正解だったな」

 封和はカバンの中からスポーツドリンクの入ったペットボトルを取り出し、中身を1口含んだ。杏もカバンから飲み物を取り出して、2人は日本の学生の顔になった。

「そういえば先輩、お父さんが『日本での修行は最終手段だ』って言ってたんですけど、それはどうしてなんですか?」

「ああ、簡単な事だ。日本には諏訪に無いものが数多く存在しているだろう。まだ精神的にも幼い年齢であるお前たちがこちらの国に魅入られてしまっては本末転倒だからだ。忍を辞める事が叶わないのは、お前もよく知っているだろう?」

「はい、知ってます」

「誰がどう堕ちて行くのか、それは神のみぞ知るところだ。だから日本に渡ることが本当に実力の底上げになるかなんて、誰にもわからない」

「──あたしは、大丈夫な気がします。確かに日本は楽しいところだけど、ここはあたしの居るべき場所じゃないなって思うんです。それに、忍以外の生き方なんて、あたしには想像できませんから」

「そうか──お前が日本に来たのは、どうやら間違いではないようだ」

 再び飲み物に口をつけようとしたその時、封和は周囲の空気が変わったことに気付いた。

「杏──」

 異変を察知した封和は手にしていたペットボトルを投げ捨てる。

「どうしたんですか、せんぱ──」

「喋るな」

 理由は分からないものの、封和の只ならぬ雰囲気を感じ取った杏は言われたとおりに口を(つぐ)む。

「──出て来い」

 低く威嚇するような封和の声に、杏の目に映る世界は凍りついた。

 封和の声に呼応して姿を現したのは、黒い忍装束を纏った忍たちだった。10人近く居る忍たちは、目元以外を黒い布で覆い、その正体が分からないように隠している。

「これは──」

「誰の差し金だ」

 封和の声に対して彼らは武器を構えることで答えた。

「──やはりそうか」

 1人で現状を把握して納得した封和と、何も理解できずに狼狽(うろた)える杏。この温度差が2人の行動に差をもたらす。

「杏、油断するな。気を抜けば命を落とすぞ」

「ど、どういうことですか……!? 命を落とすって……えっ!?」

「そのままの意味だ。これは修行では無い。──命を賭けた、実戦だ。お前は自衛に専念しろ。間違っても倒そうなんて思わないことだ。──来るぞ」

 忍たちは一斉に2人に襲い掛かった。封和はどこからともなくクナイを取り出し、多くの忍の注意を一気に引き付けた。

(流石に、この人数を一度に相手するのは──)

 封和は人数の多さに苦戦を強いられる。しかしそれは当たり前の事だ。いくら封和が強いといっても、彼女はまだ学園を卒業していない。つまり、一人前ではないのだ。そんな封和が一度に完成された強さを持つ大人を何人も相手にするのは、無茶を通り越して無謀に近い。故に封和は一つ間違えば簡単に命を落とす状況に陥っているのだ。

 そんな現状を理解できないまま、先ほどとは違う封和の様子を眼前にして、杏は脚が(すく)んでしまっていた。

(何──一体、どうなってるのよ……)

 杏は必死に頭を働かせて現状を把握しようとするが、その意思とは裏腹に、脳は杏の望み通りには機能してくれなかった。

「杏! そちらに1人行ったぞ!」

 忍の一人が封和の死角を突いて杏へと襲い掛かる。杏はあまりの恐怖に腰を抜かしてしまっていた。

「ぁ……あ……」

「迷うな! それは敵だ!」

 目の前に迫る黒い影に、杏は死を垣間見る。迫り来る恐怖に縛られた杏は、少しも動くことができなかった。

「杏ッッッッ!」

「嫌ァ! 誰か……誰か、助けてッッッッ!!!!」

「チッ──」

 封和も自分に襲い掛かる忍を相手するので精一杯で、杏の助けに入る余裕は無い。

「嫌ァ!! まだ死にたくないッッッッ!」

「動け杏! 自分の命は、自分で守れっ!」

 杏はぎゅっと目蓋を閉じる。恐怖から逃れる為に杏が出来る事はそれだけだった。もはや杏の耳に、封和の声は届いていなかった。

 目前に迫る死の恐怖──忍が腰を抜かした杏の首を狙ってクナイを振り下ろす。杏は自分が死んだと思った。

「間に合ったか」

 杏に訪れたのは痛みではなく、聞き慣れた──父親の声だった。その声に安堵した杏は目蓋を開ける。

 眼前には杏を背に立つ飛沫と、胸からクナイを生やして倒れている忍が居た。

「先生ッ!!」

 杏の無事を確認すると、飛沫は封和の加勢に入る。飛沫が加わった途端、封和を取り囲むようにしていた忍たちはすぐに制圧された。

「──これで全部か」

 飛沫はいつもの物静かな声で呟く。

「そのようです」

「…………」

 杏はまともに言葉を発することができなかった。恐怖と、安堵──相反する二つの感情だけが杏には残っていた。しかし何が起こったのかを杏は未だに認識できていない。思考が全く追いついていない。

「何故動かなかった」

 封和は杏を厳しく叱り付ける。

「…………」

 しかしその問に杏は答えることができなった。

「敵は命を狙ってきた。相手を殺さなければ、私達が死ぬことになる。忍の戦いとはそういうものだ。まさかとは思うが、お前は命を奪うことを躊躇ってはいないだろうな?」

「あ……あたし……怖くて……」

「今回は私1人ではお前を守る事は出来なかった。先生が来てくださらなければ、お前も私もどうなっていたか分からない。お前が動かなければ、私達の死は実現してしまっていたんだぞ。──理解したのなら、送ってやるから今日はもう帰れ」

「……ありがとうございます」


 紫苑家に到着すると、杏は杏理によって自室へ連れられた。

「封和先輩も容赦がないね」

 杏理はわざとらしくそう言うと杏を自室へ連れて行った。

 杏が席を外したのを確認すると、封和は飛沫に事情を説明した。

「──成る程な」

「動き始めるのが(いささ)か早いように感じます」

 封和はそう言って裂けた人型の和紙を飛沫に手渡す。

「人型をこちらに送り込む程の力は、まだ──」

「式をこちらに送り込んでから姿を変えたのかも知れません。和紙が残っていたのが、その証拠だと思います」

「──少し早いが、修行を次の段階に移行する必要がありそうだ」

「杏に出来る事はまだ少ないと思いますが」

「自衛だけは出来る様に指導しておきなさい」

「承知しました」


 杏の寝室ではなく、自身の部屋に杏を通した杏理は、扉を閉めると杏を座らせる。

「それで? 何があったの? 封和先輩に何か言われたくらいじゃ、お姉ちゃんはこんな風にはならないと思うけど?」

 抜け殻のようになった杏を見て、杏理は声を掛ける。

「──杏理にはすべてお見通しみたいだね」

「全部は見通せないからこうして訊いてるんだよ」

「──襲われたんだ。黒い忍装束を着た連中に」

 杏は床を見詰めたままぽつりぽつりと話し始める。

(まだ、話を聞くのは無理かな……)

「怖くて動けなかった。死ぬんだって思ったら、怖くて仕方なかった」

 杏理の心配とは裏腹に、杏は少しずつ起こった出来事を語り出す。

「そっか……ねえお姉ちゃん、その忍たちを倒したのって封和先輩?」

「お父さんも、一緒にだったけど……」

「倒した後に、その連中はどうなったの?」

「どうって……覚えてないよ。怖くて何も考えられなかったんだから」

「そう……封和先輩が何かしている素振りはあった? 例えば、敵の持ち物を探ったりとか」

「分かんないよ」

 杏の返答に、杏理は不満そうな様子を見せる。

「──お姉ちゃん、情報収集は全ての基本だよ?」

 杏理は言葉を濁したが、その真意は杏に伝わらなかった。

「何が言いたいのよ」

「──襲われた理由も分からない、敵が何者なのかも分からない、それじゃあ手の打ちようがないでしょ」

「怖くて動けなかったって言ってるじゃない。杏理も同じ目に遭えば──」

 そこまで言いかけたところで、杏は思う。杏理なら動じずに自らがすべきことを淡々とこなしてしまいそうだと。

「基本には忠実に行かないと。わたしたちはまだ半人前なんだから」

 妹にまで叱責された杏は、何も言う事が出来なかった。

「ねえ、杏理」

「何? お姉ちゃん」

「日本には、本当に忍なんて居ないんだよね?」

「居たら、きっとあの大戦にも参戦していると思うよ。三國からすれば脅威でしかないし、排除しようとするのが自然じゃないかな」

「だよね」

「お姉ちゃんは、そんな事を訊きたいんじゃないでしょ」

「──杏理は賢いね」

 迷惑なことにね、と杏理は皮肉を漏らす。

「修行をしているだけの自分が何故襲われたのか、お姉ちゃんはそれを知りたいんでしょ」

「うん。杏理なら何か分かるんじゃないかと思って」

「流石に分からないよ。こんなに情報が少ないんだもん。でも、お姉ちゃんが実力を取り戻したら困る人が居るってことじゃないかな」

「どこかの家の陰謀、とか?」

「そこまでは考えにくいよ。子供1人の実力がどうにかなったところで困るような家ならもうとっくに潰れているはずだし。そんな事を企てるとしたら、多分個人。もしくは、数人の集団。何処かでこの措置をしった誰かが、邪魔をしたいんじゃないかな。例えば、成績が極めて優秀な人とか、封和先輩からの個人指導を受けたくて仕方無い人とか」

「それだけで、あんな大人数を?」

「それほど許せなかったんじゃないかな」

「杏理が言うなら、きっとそうなんだろうね」

 杏は妹の言う事を鵜呑みにした。

「もう遅いんだし、早く休んだほうがいいよ、お姉ちゃん」

「うん、そうだね。長居しちゃってごめんね、杏理。おやすみ」

「おやすみ」

 杏が自室に戻る音を聞き届けるまで、杏理はそのまま動かなかった。

「──やっぱり、本当の事は話せないよ」

「杏はもう部屋に戻った?」

「こんな遅くに女の子の部屋を訪ねるものじゃないよ、風吹。──入って」

 ドア越しに声を掛ける風吹を、杏理はすぐに部屋に招き入れた。

「杏、どうだった?」

 風吹は杏理の隣に腰掛けて杏の様子を尋ねた。

「聞いてたんでしょ。一時的に感情を喪失するくらいには怖かったみたい」

「そっか……。結局、杏理ちゃんは話さなかったんだね」

「あんなこと、簡単に話せるわけないよ。わたしが聞いただけでも相当な衝撃だったのに、当事者のお姉ちゃんが聞いたらどうなると思う? それに、あんな状態のお姉ちゃんには何を言っても理解出来ないと思うよ」

「杏理ちゃんは──あくまで何も知らないフリを続けるんだね?」

「わたしには荷が重過ぎるから」

「杏理ちゃんは、頭が良いね」

「──ただ、ずるいだけだよ」

 杏理は隣に居る風吹の肩に頭を乗せた。

 杏理は杏からの言及を避ける為に、何も知らない妹を演じ続ける選択をした。それによって、本当の事を打ち明ける責任から逃れたのだ。

「僕にも、荷が重いよ……」

「風吹──誰かが言わなきゃいけないんだよ。でもそれは、何もわたしや風吹である必要はない──重要なことは、先輩たちやお父さんに任せればいいよ。だってわたしたちは、まだまだ未熟で何も知らない、ただの忍の子供なんだから──」

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