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忍と刀と戻らぬ簪  作者: 秋田友
壱の章-愛護の簪-
13/20

其の十三

 封和が多くの忍達の墓場として選んだのは、杏がいつも修行している郊外の山だった。元より枯れ木が多く、死にかけた山には生き物がいない。叶うなら多くの命を奪いたくないというのは、封和も常に思っていることだった。

「弥勒、やれるか」

「もうちょい、かな。まだ結構残ってるみたい」

 地面に着地すると同時に、封和は手当たり次第に菖蒲の刺客を組み伏していく。しかしそれでもその数は減らず、本当に際限がない。

「杏っ、背中は任せたよっ!」

「風吹にも任せたからねッ!」

 杏は終わりの見えない戦いに、風吹と共に身を投じた。

 杏に今までの葛藤は見えない。

(今あたしが戦わなければ、風吹が負わなくていい傷を負っちゃう――!)

 自分の為ではなく、自分を守ろうとして戦ってくれる人達の為に、杏は戦う覚悟を決めた。自分を中心として大切な人達が傷付くのが、杏は我慢ならなかった。

「これではキリがない――弥勒ッ! まだか!」

「もーちょい!」

 絶妙なタイミングで、術まで駆使して襲い来る刺客を相手にするのは、たとえ封和といえども骨の折れることだった。弥勒は封和の側には居らず、飛んでいる不死鳥に捕まって空から全体を見渡している。

「イヤになっちゃうねぇ……」

 そう言いながら弥勒は、風属性の術を使って浮遊し攻撃してくる忍を燃やす。戦場には紙を燃やした焦げ臭さが漂った。

 この場に集まっている忍の数は、目視出来る数のおおよそ8割程度。残りの忍はまだ町の方からぞろぞろと移動している。

「よくもまあ、椿姫サマのためだけにこんな量の式神を作れるもんだねぇ……普通、そんなに力を使えば、結界が揺らいで脆くなるっていうのに」

 解りきったようなことを言う弥勒だが、具体的にこれらの式神一体につきどれだけの力が使われているかは把握していない。一般的に、術を制御するには集中力が必要で、維持するには精神力が欠かせないと言われている。そして一度発動させた術は制御と維持を同時にこなさなければならず、これだけ大量の式神を作り出した時には制御も維持も出来ずに術者は簡単に壊れてしまう。

(椿姫サマへの強い執着が、尋常じゃない集中力を生み出してるってコトかな)

 そんなどうでも良いことを少しだけ考えながら、弥勒は戦場を見渡し続ける。


 ◆


「くっ――これじゃあ全然前に進めない よ!」

 同時刻、杏理も飛沫を連れて郊外の山を目指 していた。

(こんなことなら、目印なんてつけなくてもよかったかもね――)

 杏理は二手に別れる前に封和に目印をつけた。それは行き先を術者に告げる、誰にでも扱える簡単な術式だった。封和が何も言わずとも杏理の意図を汲んでくれたため、その術式の暗号化は一切していない。

「どれだけ居るっていうのよ!」

 杏理がその数にうんざりしてきた時、飛沫が声を掛けた。

「杏理、今から教える通りに忍術を使いなさい。上手く行けば刺客を一掃し、その上活路も見出だせる」

 杏理は頷きもせず、気配だけを頼りに飛沫に近付いた。一瞬の隙ですら落命に繋がる状況故に、杏理は飛沫の姿を視認することも出来ない。間違った気配に近寄れば、すぐに絶命 への道を辿ることになる。襲い来る忍の数が 多すぎて、余計な動作をしている余裕が杏理には無かった。

「お前の身体を、発生させた雷に伴わせてみなさい。まずは鈴を使わずに――」

「――わかった、やってみる」

 杏理が術を使う隙は、飛沫が作り出した。飛沫が周囲の忍を一瞬だけ全員退け、杏理はその隙に術を使う。雷光が発生して消滅するその短すぎる刹那の時間に杏理は身を置く。稲妻は地面を駆け、杏理はその軌跡に乗る。杏理の身体は群がる 忍の間を縫って、少しだけ広い隙間に収まる。地面に着地した瞬間に、杏理はその速さに負けて地面を転がった。

「ァッ……ウゥ……」

 全身を強打した杏理は、上手く息をすることが出来なかった。それでも歯を食い縛って上体を起こす。

 少し遅れて、杏理の辿った軌跡からは強い衝撃波が生じた。杏理の速さを認識出来ない忍達は、皆吹き飛ばされて戦闘不能に陥る。そして杏理が残した軌跡の周辺には敵の居ない空間が出来上がり、飛沫はそこを通って杏理のもとに駆け寄る。

「平気か」

「――」

 杏理は上手く息が出来ない所為で言葉も発することが出来ない。

「何度かこの方法を使って、一気に杏のもとへ行く」

「……無理っ、だよ……わたしっ、着地っ、できなっ……!」

「次からは俺も加えてもらう。体勢が安定しないのは、どうにかなるだろう」

「……でもっ、……わたしっ……まだ、動けない……!」

 杏理は今こうして話をするのも苦しい。動き回るなど、無理をしなければ出来なかった。

「少し休んでいなさい。呼吸が整い次第、向かうとしよう。それまで敵は俺が引き付ける」

「ごめ……」

 杏理はそこで肺の中の空気を全て吐き出してしまう。こうなってしまえば、再び吸うのは一苦労だ。

(お姉ちゃん――。風吹――!)


 ◆


「今一瞬だけ、町から閃光が上がったよ。きっと杏理ちゃんが術を使ったんだろうね」

 弥勒は不死鳥を空に残して地面に降り立つ。監視の必要がないくらい、刺客の移動にはまだ時間が掛かりそうだった。

「何しに降りて来た」

「久し振りに、炎舞でも披露しようかと思ってね」

「いらないだろう。私1人でも十分間に合っている」

「そうは見えないから来たんだけどな。封和はラスボス倒すのに向いてるでしょ。雑魚はオレに任せなよ」

「チッ……」

「舌打ちしないで欲しいなぁ……」

 弥勒は鈴を取り出して首から下げると、ニヤリと笑った。

「『炎陣乱舞(えんじんらんぶ)』」

 弥勒は自分に指示するようにそう呟くと、炎を四肢に纏った。鈴は呟きに呼応して(あか)い光を放つ。

「杏、風吹、お前たちはこの中に居ろ」

 封和は弥勒が準備を整えるまでの短い時間に杏達の元へ駆け寄り、自身の忍術で作り出した水壁の中へ誘う。

「でも、まだ敵が……」

「心配するな。そちらは私が片付ける。――『明鏡止水(めいきょうしすい)』」

 封和も弥勒同様に呟くと、鈴が蒼い輝きを帯びる。しかし封和自身や、周囲には変化が生じない。

 様子を伺うように水壁から距離を取っていた忍達も、何の変鉄もない封和に襲い掛かる。しかし彼らはすぐに返り討ちにされた。水壁から弾き出される鉄砲玉くらいの大きさの水球によって、彼らは急所を撃ち抜かれている。驚くべきは、水の弾丸が1つも狂うことなく刺客を仕留めていることだろう。

「すごい……」

 驚きのあまりに他の言葉の出ない杏。

「水鉄砲……」

 その術の有り様を形容する風吹。

 少し離れたところでは、炎を纏った弥勒が次々と忍達を葬っていた。

「ほらほら、どこからでも掛かっておいでよ」

 笑みさえ浮かべて滑らかな動作で弥勒は戦う。その様子は炎の羽衣を纏って舞う、天女に見えた。

「これが、忍の戦い……」

 杏は初めて本気になった封和と弥勒を見たと思った。

「こんなのは例外だ。人を守りながら戦うなど、普段はそんなことをしない」

「弥勒先輩、すごいですね……1人で体術だけで、あんなに……」

「弥勒は複数を相手にするのが得意だからな。今の状況はあいつにとても有利だ。纏っている炎だって、中距離用の武器でしかない」

 封和は襲い来る敵だけに水球を撃ち込みながら話をしている。視線を弥勒に向けたにも関わらず、攻撃の正確さは保たれている。

「先輩は……」

「私は1人を相手にする方が得意だ。しかし忍の戦いにおいて、その状況はあまり生じない。私は複数に囲まれた時にも、1人ずつ相手に出来る環境を作り出している」

「戦い方にも、いろいろあるんですね」

「ああ、そうだ。だから自分に合ったやり方を磨くと良い。戦場ではどれだけ自分に有利な状況を作り出すかが重要だ」

「はい。あの、封和先輩……僕は戦わなくて良いんですか? 弥勒先輩1人に戦わせるのは――」

「問題ない。むしろ、私達が居ては邪魔になるだけだ。見ろ。あいつは炎を纏って機会を見てはその範囲を広げて鎖の様に扱っているだろう? 私達が近くに居たら、あいつは常に私達に気を回していなくてはならないから、離れているのが最善なんだ」

 その説明を聞いてなお、風吹は不服そうな表情を浮かべる。

「風吹。不満があるなら、お前が飛んで状況を見てこい。ただ、そうした場合、私はお前を守ることは出来ないから、それは肝に命じて決めろ」

「行ってきます」

 風吹は即答した。

「そんな! 危ないよ!」

 泣きそうな声を発する杏に風吹は笑いかける。

「僕なら大丈夫だよ。この上に出るだけだもの。様子を確認したら、すぐに降りてくるから――待ってて」

 風吹はそう告げると自らの術を使って舞い上がる。水壁の外に出ると、風吹は多くの敵に囲まれる。風吹と同じ風属性の忍は、同様に飛び上がって風吹に攻撃を加える。

(思っていた以上に、数が多い……!)

 群がる忍を風吹は術で発生させた突風と、鞘に収めたままの風車で応戦する。しかしそれも次第に間に合わなくなっていく。

(このままじゃ……!)

 風吹が限界を感じた時、風吹を取り囲んでいた忍達がバタバタと地面に叩き落とされていく。見ると長い炎の帯が、敵を一掃していた。

(弥勒先輩……!)

 風吹が弥勒の方を見ると、ニッと笑った弥勒が視線を送りながら戦っていた。どうやら風吹の援護は弥勒の負担にはならないらしい。

(状況は――)

 風吹は町を一瞥する。忍の殆どはもう既に集結しているようだった。

(杏理ちゃんや飛沫さんもこっちに向かってる――ならきっと――)

 冷静に状況を判断した風吹は水壁の中へ戻る。

「風吹――! 無事でよかった――!」

 杏は泣きそうな表情で風吹に駆け寄る。

「状況は?」

「敵の殆どは集まっているようです。少しだけ残っているようですが、それは杏理ちゃんと飛沫さんで何とかしてくれると思います」

「そうか。ならば弥勒に伝えよう。2人とも、遅れずに着いて来い。移動する」

 封和が歩き出すと、水壁も共に動いた。杏も風吹も決して広くはない水壁に守られた空間から出ないように封和に続いた。

「弥勒! 準備が整った! 全力でいけ!」

「オッケー! 巻き込まれないでよ! ――暁!!」

 弥勒は待っていたと言わんばかりに笑み、空を旋回する自身で名付けた使い魔の名を呼ぶ。

 封和は水を生成し続け、水壁をより暑く、内側の広いものとして再構築する。

「水には触れるな。下手に触れば火傷をする」

 これから何をするのか理解出来ていない杏と風吹は不思議そうな顔をしながらも頷いた。

「――始まる」

 封和が低く呟くと、水壁の外は業火に埋め尽くされた。今まで杏達が戦っていた忍はその高温に焼かれ、形を残さない。人も木も、大地や空さえも焼き尽くすような勢いの炎の中で、生き残るものは何一つとして存在していないだろう。

「弥勒先輩は……」

「この炎の発端が弥勒だ。術は術者を傷付けないから安心しろ」

 周囲はまるで地獄絵図だ。弥勒の近くに居て、一瞬で全てを焼かれてしまった者が幸せに見えるくらい、目の前に広がる光景は凄惨なものだった。

 水壁の近くに居た忍ももがき苦しみながら次々に絶命していく。しかし苦しみから逃れる為に水を求めて近寄って来る者も居る。

「ヒッ……」

 杏はその1人と目が合った。全身を炎に焼かれながらもまだ死ねない――そんな苦しみを彼らは杏に運んできているようだった。それを見て恐怖を感じずにいられる者は何人居るだろうか。

 封和は近寄って来る人だったもの(・・・・・・)を先ほどと同じように小さな水球で撃ち抜いて楽にしてやる。

「こうなると、哀れなものだ。水があるからといって、助かるわけではないというのに……」

 封和の瞳に哀れみの色が浮かぶ。沸騰した水に触れたからといって、彼らが助かるはずはない。

「二度と目にすることはないと思っていたのに……」

 封和が小さく呟いたのを、杏は聞き逃さなかった。しかし追及出来る雰囲気ではなく、杏が尋ねることはなかった。

 杏と風吹は、守られた中から焦土となった周囲を見渡し続けていた。炎の勢いは、全てを灰にしたところで収まった。

(この光景――)

 風吹は胸の奥がざわめくのを感じた。

「終わったよ」

 再び闇に覆われた世界から弥勒が近寄ってくる。封和も灰まみれの水壁を解いた。

「風吹! お姉ちゃん!」

 同時に飛沫と杏理も到着する。

「道中残っていた忍は全て倒した。急いで戻るぞ。日付が変わるまで、もう時間がない」

 飛沫の言葉に頷いた子供達は、移動を始めようとする。

「させなくてよ」

 突如から響いた声に、場の空気は凍り付いた。

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