第三話
花が中学三年生の夏、圭介は大学を中退した。
花は何も心配しなくていい。
圭介は口癖のようにそう言っていた。
後から知ったが、圭介は高校時代の先輩と一緒に、コンピューター関係の企業を興していた。
花は日に日に不安になっていった。
会社という名のマンションの一室に篭りきりの圭介は、たまにしか家に帰ってこなくなった。
運良くその時圭介に会うと、不安そうな顔をした花を見て、圭介は少し困った顔をする。
ごめんな。
母さんまでいなくて不安だろ?
大丈夫。
花は何も心配しないでいいから。
ちゃんと高校には行かせてやるから。
花はぶんぶんと首を横に振った。
圭介は泣きそうな花を見て戸惑っていた。
それから、そっと壊れものを触るように、花の頭を撫でた。
違う違う違う。
花は声にならない声で叫んでいた。
両親が居ないことのショック以上に、いつも一人きりの家が、兄の帰ってこない家が辛かった。
「・・・お兄ちゃん・・・」
ふらりと力無くもたれかかるかのように、花が圭介にしがみ付いた。
一瞬だけ体を揺らした圭介は、すぐにいつもの優しい声で、花を宥めた。
鼻をすする妹にどうすることもできず、圭介は自分よりずっと低い位置にある、その小さな頭をただ撫でていた。
*******
花は詳しく知らないが、どうやら会社は順調に進んでいったようで、圭介は益々家に帰らなくなった。
会社が成長していく間、花も無事、高校生になった。
中学での数少ない女友達であった凛も、同じ高校に進んだ。
兄離れをしなくてはという想いが、花の心に持ち上がり始めていた。
学校内でふと考え付いて隣を見る。
自分の隣を歩く凛は、友達という先入観無しに見ても、美人だった。
中学から今まで、どんどん綺麗になっている気がした。
お互いにそれほど干渉しない関係だった二人は、それでも仲が良く、一緒に行動することが多かった。
「・・・ねぇ凛、」
歩きながら自然に聞いてみる。
「ん?」
「・・・・・・・・・・男の子、紹介して」
聞いた瞬間、凛が歩いていた足をピタリと止めた。
唖然とした顔で、まじまじと花を見ている。
「えっと・・・花?」
「え、何?」
「急にどうしたの?」
凛が不信そうに花を見る。
花はなぜだか冷や汗が出る。
「え・・・っと、彼氏とか、欲しい・・・かな、って」
凛の顔が驚愕に変わった。
次いで、喜びの顔に。
「花・・・ッ!」
「は、はい?」
「やっとあんたもまともに恋愛する気になったのね・・・!」
何のことだか分からない。
花はあまりに感激する友人に少し引いてしまった。
「大丈夫、付き合う気さえあるなら花はすぐ彼氏できるよ」
「へ?」
「だって、花モテるでしょ?」
・・・モテ?
それは凛のことではないのか。
「花があんまり男に興味無さそうだから、男子の中で、私と花が付き合ってるって噂まであったんだよ」
・・・・・・へぇ。
男子たちの短絡的過ぎる発想に呆れてしまう。
思わず圭介と比較してしまい、兄のことがまた恋しくなった。
「良かったよ花、これで高校生活も楽しくなるね」
上機嫌の友人。
花にとって、凛は親友とは少し違った。
すごく仲が良くなっても、最後の最後で、お互いの大事な部分を隠して守っている。
プライドの高い猫みたいな二人。
悪くない。
花はこの関係に満足していた。
そして凛が言ったとおり、間もなく花には、初めての彼氏が出来ることになる。