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 週が明け、また学校がはじまった。あたしはちょっと警戒しながら学校へ行った。先週のパーティのコニー・フェアフィールドの失敗がパーティ欠席者の間にも知れわたって、ひそひそ噂されるんじゃないかと思ったのだ。

 でもそんな事は余計な心配だった。ハイスクールのみんなは、それぞれ自分たちの週末の過ごし方を話すだけ。まあ、パーティ参加者で記憶をなくしてない人はあたしをちらっと見ては意味深な笑みを浮かべたりもしたけど、嘲笑ってほどじゃなかった。それにそういう人もすぐに自分の話に戻っていった。

 ちょっと自意識過剰だったかな。元々地味なあたしだから、間抜けな姿をさらしたからといって誰かの興味を引くはずもなかったのだ。

 安堵の息を吐いていると、一組の男女があたしの前に立ちはだかった。

「ハイ」

 無感動な男の声は、義務的だった。

 ヘイリーと、彼の腕に絡みつくリンジーだった。パーティでヘイリーにかばわれたから、リンジーが何か言ってくると思ったのだ。

 ヘイリーは、くっつき虫のリンジーに何も感じていないかのように無表情だった。あれは、幼い頃に見た何か言いたい事を我慢している時の表情にも近い。彼はあたしをじっと見つめたあと、視線をそらした。

 あたしもなんだか、彼らを真正面から見ていられなくて、ヘイリーから目をはなす。リンジーの華奢な手とヘイリーのがっしりした腕という組み合わせが、なんでかあたしの脳裏に焼きついた。

 一方リンジーは、ヘイリーに腕を振り払われないからかご機嫌だ。

「おはよ、コニー。先週は、ごめんなさいね。あんなつもりじゃなかったのよ」

 かすかに申し訳なさそうだが、リンジーはヘイリーといちゃいちゃ出来るのがうれしくて仕方がないって顔を隠せないでいる。謝罪の説得力ゼロだ。

「それにヘイリーにまで迷惑かけちゃって……あたしったらドジだからあ」

 あたしはあの時すごく助かったのだけど、考えようによってはヘイリーが迷惑をこうむった事になるのかもしれない……なんて、納得いくか。あんたがプールサイドでイライラしなきゃよかった話でしょ。さすがのあたしでも、何か一言いってやりたくなる。

「……コニーは友達だから。友達なら当然の事をしたまでだ」

 息を吸ったのにあたしの言葉はヘイリーに遮られた。

「そうよね、友達だものね。ただの、友達」

 リンジーは最初にあたしに謝った時以外ヘイリーしか見ていない。でも、言葉にはあたしを牽制する響きがあった。ただの友達なら引っ込んでなさい、って事だ。

 パーティの翌日、あたしが言った事をヘイリーは守っている。友達同士に戻れば何もかも上手くいくと思っているあたしに合わせてくれるのだ。ちょっと意外だったけど、リンジーの上機嫌の理由はそこから来てるのだろう。たぶん、今までヘイリーはあたしを友達だって言ったりしてこなかったから。

 また視線を感じて顔を上げると、ヘイリーの物言いたげな灰色の瞳とぶつかった。目が合うと少しだけ眉が寄せられて、“これでいいんだろ”って言われたような気がした。

「じゃ、そろそろ授業の支度しないと」

 ふいと視線を外し、ヘイリーは踵を返した。リンジーが慌てて彼に合わせて背を向ける。

 寄りそう美男美女の背中を見つめ、あたしは彼らは一体なんだったのだろうと思った。朝からなんとなく疲れてしまった。

 でもきっと、これであの二人と余計なトラブルを起こさずに済む。言い合いをしたり、変な勘繰りをされる事もない。

 だから――だからこれでいい。




 実際、ほんとにヘイリーは大人しくなった。友達だからと言ってやたらとあたしに話しかけてくる事もない。週明けの日も、その次の日も、そのまた次の日も、あたしの望んだような友人の姿を見せてくれた。

 ヘイリーとは、学校に来てはじめて会えば「ハイ」と挨拶する。帰る頃には「じゃ、また」と送る。時々、軽い世間話もする。「今日の雨サイアクだな」とか「フランクリン先生のまた太ったんじゃないか」とか。

 あたしも簡単な返事をして対応した。長話をするでもなく、すげなくあしらう訳でもなく。

 これこそあたしが望んだ平凡な学園生活だった。

 それなのに何故か、ほんの少しだけ――なにかを間違えたように感じた。

 あたしは正しい事をしたはずなのに、この空虚さはなんだろう。考えちゃいけない事だって分かってるから、ヘイリーがたまに見せる無言の訴えの目付きを、無視した。

 ヘイリーに借りた上着も、返せないまま。

 平穏な一週間が過ぎて、気づいた事はヘイリーは本当にフランス語が得意じゃないって事だった。

 フランス語の先生に質問されて、途中までは答えようとしたのだが、結局ヘイリーは途中で諦めた。

「……分かりません」

 言って、ヘイリーはすとんと腰をおろした。なんだか不思議だった。

 あたしは、少し前の事を思い出す。フランス語の課題を一緒にやらないかと言ってきたヘイリー。何かの口実だと思っていたのに、違ったみたいだ。

 あたしは、本当にヘイリーを誤解していたのだろうか。

 小さい時から、イタズラ好きではあったけど、ほんとに人の嫌がるような事はしてこなかったヘイリー。最近のヘイリーだって、あたしに嫌味な事を言ってはきたものの、攻撃的ではなかったはずだ。

 もしかしたら――あたしだけがずっと、幼い頃のあの事をヘイリーの嫌がらせだと思ってるみたい。

 だったらなんだっていう話だけど。

 毒にも薬にもならない話はやめよう。あたしは、フランス語のノートに視線をおとした。


 金曜日のランチはグラウンドの端で、サンドラと彼女にくっついてきた大樹のジェドと食べた。カフェテリアでもないのにジェドが一緒なのはちょっと珍しい。

「最近コニー元気ない?」

 ランチの合間、サンドラは突然そんな事を言い出した。あたしにそんな心当たりはなかったので「ううん、元気だよ」と答えたが、サンドラはあたしを見つめるのをやめなかった。 

「じゃあイライラしてる?」

 ちょっぴり当たっていたので、あたしの反応は遅れた。

「してない」

「してるよねー、ジェド」

 あたしが返すと、サンドラはジェドを振り返った。当然ジェドは顎を引く。

「ちょっとぉ、ジェドに同意求めるのやめてよね、あんたの言う事なんでも頷くんだからっ!」

 最初からサンドラの味方であるジェドを出されては勝ち目がない。あたしがちょっと声高になると、ジェドは顔を動かしてあたしを見た。何か言いたいのだろうけど、彼の無表情さじゃ何も分からない。

「それにイライラなんて、ほんとにしてないから」

 平静を装ってあたしは居住まいを正した。「えー?」と不満そうな声をあげるサンドラの事は気にしない。

 あえて苛立ちの原因を考えるなら、ここ数日の音楽室のピアノが占領されてるってところにあると思う。授業が終わって、あたしが音楽室のピアノをちょっと借りようと足を向けると、先客がいる。音楽関係のクラブをしている誰かが練習をしているのだ。なんのクラブにも所属していないあたしは退散するしかない。家に帰るとピアノを弾く気分じゃなくなってる。

「ここ最近のヘイリーも苛立ってるように見える」

 淡々と、ジェドがつぶやくように言った。

 その名前を聞いて、あたしの体はぴくりと動いてしまったかもしれない。けれど顔にはなんの変化も見えなかったはずだ。

「ええー、ヘイリーもー? なんでだろうねえー」

「なんでだろうな」

 なんだかわざとらしい会話だ。なんとなく彼らの意図が透けて見えそうだったが、あたしは見ないフリをした。

「それより、もうちょっとでランチタイムが終わるわよ。早く食べ終わらなきゃ」

 あたしが口うるさい教師みたいに言うと、サンドラとジェドは目で通信しあった。何を言おうとしてるのかは分からないけど、あたしにとって愉快な事じゃなさそうなのは確かだった。


 ランチタイム終了間際にグラウンドから校舎に戻り、サンドラたちと別れた。次の授業の教室に向かう途中、ヘイリーを見かけた。あっちはまだあたしに気づいてない。一瞬迷ったけどあたしは自分の筆記用具に不備がないか調べるのに夢中になって歩く事にした。授業開始のベルが鳴る間際なので、すれ違う生徒も多かったから彼らにまぎれながら歩くと、ヘイリーがあたしに声をかける事はなかった。

 ノートやテキストをいじくり回しながら廊下を通りすぎ、ヘイリーが過ぎ去ってからあたしはやっと肩の力を抜いた。

 別に、ヘイリーを避けたい訳じゃない。せっかく“友達”になれたんだから、もうリンジーの目は気にしなくていいはずなんだし。

 でも、なんだか、ヘイリーと表面的な会話をする気になれなかった。ご近所付き合いが時々嫌になるのと同じだ。

 長い息を吐くと、あたしは自分の授業に向かった。


 同じ学校に居ると、同じ人物にぶつかる確率は低くない。だから同じ授業で出会わなくてもヘイリーの顔を見る機会は少なくないのだが、あたしはまたヘイリーを見かけた。あたしは一瞬固まった。

 あたしには意外だったのが、あのヘイリー・ニューマンが図書室に居るっていう事実だった。だって、ヘイリーってあの年頃にありがちな、ガリ勉はダサいみたいな、努力する姿なんて人には見せません、みたいなカッコつけたところがあるはずだったから。てゆうか、運動部の放課後は運動部の練習に費やされると思ってたから。

 ちょっとした驚きを感じていたから、あたしはしばらく図書室の入口でぼんやりとつっ立っていた。そのうちにヘイリーが顔を上げたので、視線をいくらか動かせばあたしに気づいてしまいそうだった。

 逃げ遅れた、と思ったその時に、背後に人の気配を感じた。

「ああ、フェアフィールドくん。君を探していたんだ」

 校長のベッテンドルフ先生の到来に、あたしは目を見開いた。小太りの中年男性は穏和そうで恐れるべき点はどこにもないが、校長先生に探されるなんて、あたしは何か悪い事でもしてしまったのではないかという気持ちになる。問題ある生徒は校長先生かスクールカウンセラーに呼び出される事がある。地味で目立たないあたしは優等生でない代わりに不良でもないはずなのに。

「な、なんでしょうか」

 少しばかりドキドキしながら応じると、校長先生の表情が硬い事に気づいた。

「……実は、君のお母さんが事故に遭ったと連絡があってね。君がまだ下校してないか分からないから、とにかく病院に向かってほしいと……」

 一瞬で、体の芯が冷えた。

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