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 パーティから家に帰ると、あたしが濡れ鼠のひどい格好だったために当然両親の顔は青くなった。ヘイリーが付き添っていたために彼が責められかけたが、あたしが自分で転んでずぶ濡れになったとなんとか彼らを納得させると、今度は詳しい話を聞きたがった。とにかく早く着替えさせて、とヘイリーが言ったのでパパとママはやっと我に返った。二人はヘイリーを引きとめたし、あたしも送ってもらうだけでさっさと帰れとは言えなかったから、ヘイリーは我が家にしばらく居残るのだと思っていた。けれど彼は丁重にお断りし、あっさりと帰って行った。

 シャワーを浴びて体をあたため、自分の部屋にこもってサンドラに電話をした。ヘイリーがあたしを車に乗せたあとに、サンドラやジェドに声をかけたのは分かっていたけど、あたしの方からも連絡をした方がいいと思ったのだ。本当はいろいろと話したい事があったんだけど、あたしは疲れていて、ちゃんと家に帰れたからという報告程度にまとめて電話を切った。


 翌日が土曜日で学校に行く必要がなかったのは、あたしにとって幸いだった。ご飯の時以外はお昼を過ぎても部屋にこもり、一日出かけるつもりはなかった。

 プールに落ちた事でいろいろと忘れそうになったが、昨日はいろいろな事があった。初めてのパーティで戸惑ったり、危険な場面に出くわしかけた。リンジーがあたしをよく思っていない事も確認した。

 あたしは、これからの学園生活を平凡なものにするために作戦を考えなければならなかった。

 ヘイリーの考えている事はよく分からない。でも、もしかしたら単純にあたしを利用しようとかバカにしようとしてるんじゃないって事は、分かった。だからといってあたしがそれをありがたがるかどうかは話が別だ。

 仲違いしたばかりの頃は以前のようにヘイリーと友達になれたらと思った事もあったけど、関わりのない日が続くとそれもなくなった。最近になって鬱陶しくも感じたけど、根は悪いやつじゃないって分かってる。

 それから、リンジーはあたしの中途半端な立ち位置に警戒してるのかもしれない。

 だから今度は、はっきりと“ただの友達”って事を証明したらいいのかもしれない。どうしてヘイリーはあたしを助けたのか、っていう問いにも友達だからって答えれば問題ない。あたしは、サンドラの仮説を信じる気にはなれない。だから友達同士という間柄をはっきりさせれば、周りのみんなも納得してくれるんじゃないかと思う。

 “ただの友達”。

 本当は、あの時誰も手を差し出してくれなかったのに、ヘイリーだけが来てくれた事はうれしかった。だからといって、何がはじまる訳でもない。あたしには、そういう事は不似合いなのだから。

 たぶん以前ほど、ヘイリーを嫌っていない。でも、そういうんじゃない。困ってる時助けてもらえたら、相手が八十歳のおじいちゃんだって、見知らぬマダムだって、もしかしたらリンジーだったとしても、うれしいし感謝するだろう。

 ティーンエイジャーはワルぶって困ってる人を笑う事が多いけど、人間心の優しい人だって、いる。親切心でヘイリーは助けてくれただけ。

 親切心には、親切心で返さなきゃいけない。ヘイリーに、もう一度友達になろうって言おう。

 あたしはため息をついた。普段は引き出しにしまってある赤い眼鏡のブリッジを押し上げる。昨日、プールに落っこちて以来いつもの眼鏡をなくしてしまったのだ。いつもの黒いふちの眼鏡と違ってちょっと派手だから、予備としてしか使っていない。

 ベッドから起き上がると、あたしは全身の筋を伸ばした。

 いろいろ考えて、答えを出したら少しはすっきりした。それでもまだ、なんとなく気持ちは落ち着かない。何か気晴らしをしたかった。ベッドからおりて気分転換になるものはないかと見回す。

「コニー? お客さんが来てるのだけど」

 階下から声が聞こえてきた。ママの声だ。あんまり機嫌がよさそうな声じゃない。元々機嫌が悪かったのか、訪問者のせいで悪くなったのか。あたしはサンドラが来てくれたのかと思って、自分の部屋から出る。

 階段のすぐ下にママが待機している。声ほど不機嫌そうな顔はしていない。でもあたしに何か言いたげだ。その理由は、玄関に立つヘイリーにあるのかもしれない。ママはかつて自分のピアノ教室の教え子が、愛娘を変だと言い出したのを忘れてはいない。そんなママの視線を受けてるせいか、ヘイリーはちょっと緊張しているようだ。あたしはママに「もうちょっと穏やかになってよね」という目線を送ると、ヘイリーの近くに行った。

「それで……何かしら?」

 ヘイリーはまだママの方を気にしていたが、あたしが返事を待っているのに気づくと、紙袋を突きだした。

「これ。眼鏡」

 最初、何を言われているのか分からなかった。あのドタバタですっかりなくしたと思っていた。受け取った紙袋の中身を確認すると、たしかに昨日あたしが身に着けていた黒縁の眼鏡が入っている。

「ありがとう……」

 反射的にお礼を言うと、「別に……替えの眼鏡があるなら、要らなかったな」とヘイリーはつまらなそうな声を出す。

 この眼鏡を、どうしたんだろう。少し疑問に思った。あたしはプールに落ちた瞬間に眼鏡を手放した事になるから、プール内に沈んだはず。トッドに頼んで、探してもらったのか、あるいは自分で探したのか。

 急に、じわりと胸の奥に何かがこみあげた。

 違う。そんなはずない。ヘイリーとトッドは仲がいいから、たまたまトッドが見つけたものを受け取っただけかもしれない。もしくは、眼鏡はプールに落ちていなくて、簡単に見つかる場所にあったのだ。

 あたしは、眼鏡を持っていない方の手でぎゅっと拳を作った。

「ヘイリー、あのさ」

 改まって言うような事でもないんだけど、と続けようと思ったが、あたしはさっきから気になる事があった。

 ママが、少し離れた場所であたしたちを見ている。社交界に不慣れな貴族の娘が何かやらかしたりしないか、後見人が見守っているかのよう。なんとなく居心地が悪い。

「ママ、あたしヘイリーを見送る」

 言って、あたしはヘイリーを玄関の外に押し出した。

 別に、母親に見られて気まずいような事をするつもりも言うつもりもない。でも、ママはヘイリーの事を未だに気に入っていないようだから――友達だった頃は違ったんだけど――見られていると、ママの精神に差しさわりがあるかと思って。

 自分も家の外に出て、あたしは玄関のドアを後ろ手で閉めた。

「分かったよ、さっさと帰ればいいんだろ」

 こちらに背を向けたヘイリーはあたしが彼を追いだそうとしていると受け取ったらしく、不満げな声を出してポケットの中の鍵を探り始めた。あたしは「ヘイリー、あのさ」をもう一度繰り返した。

 今度は通じたのか、立ち止まる。ヘイリーは顔だけで振り返って、少し怪訝そうな顔であたしの次の行動を待っている。

「昨日のこと、ほんと、ありがとね」

 これも、とあたしは眼鏡を持ち上げる。

 ヘイリーの頬がひくりと動く。

「ちょっと見直したっていうか……あんたのこと誤解してたかも。だから、その」

 昨日まではあんなにトゲトゲしい態度をとっていたせいか、そうしない事になんだか抵抗を感じる。あたしはなんとなくヘイリーの顔を見れなくて、前庭の芝生を眺めた。

「あのさ、あたしたち……」

 体の向きを変えて、ヘイリーが次の言葉を待っている。

「もう一度友達になれないかな?」

 顔をあげて、一気に言った。ヘイリーはまるでインド哲学について尋ねられた三歳児のような顔をしていた。やっぱり、話が急過ぎただろうか。あたしは取り繕うように言葉を継ぐ。

「昔のこと気にしてたのもあるだろうけど、最近声かけてきたのもまだあたしのこと少しは友達だと思ってたからなんでしょ。それなのにあたし、いやな態度とっちゃって、悪かったって今では思ってるし、それに」

 ヘイリーが何も言ってこないので、あたしは視線をそらした。自分で言いだしておいて、ヘイリーは別にあたしと仲よくしたい訳じゃないのかもって、思ってきた。昔の事を清算出来たら、また元の他人に戻るつもりだったかもしれない。

「それにさ、リンジーがあたしたちのこと気にしてるみたいなんだよね。最近になってからやけに話してるから。ただの友達なのにね。あたしが、あんたは友達じゃないって顔してるからいけなかったのかなって。あたしたち、“ただの友達”でしょ?」

 言わなくていい事まで言ってしまった。でも相手の返事がなくって、あたしはちょっと、気まずかった。

 別に、ヘイリーと遊びに出かけたり長時間話をしたい訳じゃない。ただ、あたしがイライラした態度をとらないで、ヘイリーがあたしを追いかけたりしないっていう、関係になれたらと思っただけ。その事も、言わないと伝わらないだろうか。あたしが口を開いたところ。

「分かった」

 渋々、とも、嫌々とも違う。だけど声には明るさや軽やかさはなかった。まるで了承なんて出来ないけど、表面上をなんとか取り繕っただけかのような声音。

 顔をあげると、ヘイリーは既に歩き出していた。自分の車のドアを開けると、

「じゃあ、またな。友達」

 こちらも見ずにこう言った。

 特別きつい声じゃなかったのに、どこか突き放したような感じだった。

 やっぱり、ヘイリーはあたしと友達になりたい訳じゃないんだろうか。あたしだってもっと仲良しになりたいとかじゃなくて、ただこれまでのケンカ腰をやめようっていうつもりだったのに。

 ヘイリーの車が、排気ガスを吐いて立ち去った。

 そういえば、と思い出したのは昨日ヘイリーに借りた茶色の上着はどうしたんだっけ、っていう事だった。たぶんママが洗濯機に入れただろう。まだ乾いていないかもしれないが、返すのを忘れてしまった。

 ため息をついて、手の中の眼鏡を眺める。どこかにぶつけたか、踏まれたかしたのか、眼鏡の耳にかける部分が傾いでいた。

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