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 濃い赤と黒のチカチカした色が聞こえる。トッドの家のドアを開けた時から、自分が場違いな場所にいると気づいていた。このパーティに来た事を後悔した。

 トッドの家は豪邸だった。広い敷地を所有し、二階建ての家はどの部屋も広く、庭にはプールがあった。広い家のはずが、大勢の若者たちでごった返して窮屈そうに見えた。

 同級生たちの前では言いたくはないが、この程度の豪邸ならあたしは見慣れている。パパの仕事の関係で、お金持ちの家にお呼ばれした事が幾度かあるのだ。ただその大人たちの集いはもっと落ち着いていて洗練されていて、穏やかだった。

 今あたしが入りこんだ世界はガンガンとうるさい音楽が流れていて、リズムに乗って体を動かす若者たちにまみれていて、時々変な笑い声が高らかに響く、目まぐるしいところだった。

 あたしは一緒にやって来たサンドラと目で会話した。「サンドラ、ついていける?」「まだわかんない」みたいな具合に。ちなみに従者のようにサンドラの背後に立っているジェドはあたしを家に迎えに来た時から無言だった。

「コニー、来てくれたのね!」

 まるで自分がこの家の女主人かのように言ってリンジー女王の登場。パーティの雰囲気のせいかいつもより気さくな空気をまとっている。リンジーの顔がちょっぴり赤い気がするけど、その手に持っているのはアルコール飲料だろうか。未成年、法律、アルコール、違反、という単語があたしの頭の中を駆け巡ったが、リンジーがその思考を遮りあたしの手をとって家の中へと導いた。あたしの後ろをサンドラたちがゆっくり追いかける。

 何度かリンジーが何か言っていたが、その声よりも周りの音楽の方が大きくて聞きとれない。今流行りの曲らしいけど、あたしはあんまりよく知らない。周りの勢いについていけてないあたしに、リンジーが眉を寄せていた。

「なに?」

 大声で問いかけると、「飲み物もらってきたらって言ったの!」とあちらも大きな声で返事をした。やっと彼女もあたしがリンジーを無視していたのではなく、騒音に邪魔されて聞こえていなかったのだと分かったらしい。あたしは大きく頷いて、あたりを見回した。

 当然、グラスを載せたトレイを手にした給仕係はいなかった。そういう場所じゃあない。仕方なしにあたしは歩き出す。家主の息子であるトッドにでも聞けばいいだろうと彼の姿を探したが、すぐには見つからない。

 とんと左肩を叩かれて、あたしは少し身をすくませた。左を向くと、大樹のジェドがいて、何かを指さしていた。親友のサンドラと違って彼とは目だけで会話は出来ない。というかたぶん世界中のほとんどの人がジェドの感情を読み取れない。普段から裁判所の警備員のようにむっつりとした顔をしているんだから。

 何か言いたい事があるのなら口を開いてもらいたいと思ったけど、ジェドの指の先を見て理解した。散らかったテーブルの上にまだ空になってないジュースのボトルと、空いたコップがいくつかあった。

「これ誰も使ってないよね?」

「気になるなら拭けばいい」

 空いたコップとはいえ、なんとなく気になる。そう言うとジェドがこの日挨拶以外の言葉をはじめてあたしに聞かせた。あたしはちょっと驚いたけど、彼が何をしに来たのか分かって口角を上げた。自分のためでなくサンドラのために飲み物を取りにきたのだ。

「でもあんまり布巾によさそうなものがないよね」

「家では自分のシャツがよく布巾代わりになって――女は嫌がるか、そういうの」

 他者の機嫌なんて自分にはまったく関係ないと思っているような、硬い表情のくせしてそんな事を言う。世間一般的な女性の思想より、サンドラが嫌がるかどうかが気になるだけだと思うけど。

「あたしは、たぶん……仲がいい人のシャツなら気にならないと思う。あ、あと泥まみれだったらお断りかな」

 泥だらけの服でコップをぬぐおうとする人物でも想像したのか、ジェドの目元が少しだけ優しくなった。たぶん、笑ったのだろう。そう、ジェドは何も機械じかけの人形じゃない。ちょっと話してみれば、普通の男の子だって分かる。

「とにかくサンドラのところに戻りましょ」

 結局グラスは指で少し埃を払うだけにして飲み物を注いだ。ジェドはコップを二つ持って、歩き始める。

 浮かれ騒ぐティーンエイジャーたちが邪魔をして、今いる場所からはサンドラが見えなかった。ずっと無言なのも変なので、あたしはジェドとの会話を続ける事にした。「ジェドはこういう集まりにはよく来るの?」と聞けば彼は首を横に振るだけだったが、思い直したのか口を開く。

「バスケ仲間にたまに誘われるけど、まともに来るのは初めてだ」

 表情はまたいつもの硬いものに戻ってしまったけど、彼が人と会話をするのに声が必要だと思いだしてくれたのはよい兆候だ。もしかしたら、このパーティの雰囲気が彼の口を少し軽くしているのかもしれない。あたしもそうだ。

 きっと、ジェドもあたしと同じでちょっと人見知りをしてしまうだけなのだと思う。話しているうちに、ちょっとずつ打ち解けていけるけど、いきりなりそれが出来ないだけ。そう思うと、ジェドを身近に感じる。

 視界にサンドラの姿が見えて、ジェドと共に近寄ろうとしたところ――

「コニー?」

 危険な気配のする声が聞こえた。何故か苛立ちをこらえているような表情の、ヘイリー・ニューマンがあたしの前に立ちふさがった。ここ最近で見た中で一番の不機嫌さを灰色の瞳が訴えている。そんなものを見せられてはあたしの機嫌も悪くなる。ヘイリーはジェドをちらっと見た後、あたしに視線を戻した。

「来てたのか」

 あたしに居てほしくなかったような口調だったので、あたしは視線をそらす。最後にまともに話をした時はしおらしい態度だったくせに、今では王のように傲慢な眼差しをしている。

「あたしだって、あんたが来てるなんて知ってたら来なかった」

 別に絶対に会いたくなかったワケじゃないけど、そうやって不満顔をされるくらいだったら会いたくなかった。

「別に来てるのが悪いとかそういうわけじゃ……」

 ヘイリーはつまらなそうに言った。

 気づくとジェドはもうサンドラの元にたどり着いていた。幼なじみから受け取ったジュースを片手に、サンドラはあたしと目が合うと手を振るだけだった。あたしを助けてくれる気はないらしい。まったく、優しい親友だこと。

「……だったら、何なの?」

 あたしがちょっと低い声で問うと、ヘイリーは虚を突かれたような顔をする。何も考えていなかったのだろうか。あたしを見つけると脊髄反射で不満の声を上げるべきだとでも思っているのか。

「こういう場所は、お前には似合わないと思って……酒とか出てくるし。人は酔っ払うとろくなことにならない」

 自分が場違いだっていうのは、分かっていた。でも、リンジーは意外にも攻撃的じゃなかったし、ジェドとも長く会話が出来た。こういう場だからこその経験かもしれないと、パーティに来た事をそんなに悪くないと思いはじめていたのに。

 なんで、ヘイリーはいつもあたしの気分を台無しにするんだろう。

 どうせ地味でやぼったいあたしは賑やかなパーティには向いてない。酔って他人に醜態をさらすかもしれない。ヘイリーはそうなる前に帰った方がいいと思ってる。みっともないって、思ってるんだ。

 時々、ヘイリーをほんのちょっとだけ見なおした事もあったのに、それはひどい間違いだった。苛立ちが、炎のようにあたしの体を支配する。

「お酒なんて、飲んでない。ほっといて、どこかへ消えて!」

 持っていたコップをヘイリーの腹に押し付けて、あたしは彼を通り過ぎた。ジュースがコップのふちを飛び越えたのが見えたが、ヘイリーはコップを取り落とす事がなかったようだ。何かの割れる音は聞こえなかった。今のじゃちょっとジュースのシミが服に出来るだけだったろう。いっそ、コップの中身を彼の頭に引っかけてやればよかった。

 イライラしながら親友の姿を探したのに、場所を移動したのかサンドラたちは見つからなかった。どこからか大音量で鳴る音楽が、また違う曲に入れ替わっていて、銀のラメでも振りかけたみたいな青と濃い紺色の音を響かせる。

「コニー!」

 またヘイリーの声がして、あたしは悲鳴に近い呼吸音を上げた。

 変にけなしてきたくせにまた追いかけてくる。ヘイリーが何をしたいのか、ちっとも分からない。彼は一体なにがしたいの?

 あたしはうごめく人の波をかき分けて、階段をのぼった。上の階も何人ものティーンエイジャーたちでいっぱいだったけど、階下よりはマシだった。でもその分誰かに見つかりやすくなる。あたしはとっさにどこかの部屋の中に飛び込もうと、した。

 ドアノブに手をかけた瞬間、くすくす小さく笑う声が聞こえた。人がいるんだと思ったあとに聞こえてきた声で、そのドアの前に立った事を全力で後悔した。

 急いでまわれ右をして、あの部屋からの距離をとるべく逃げ出した。

 絶対に顔が真っ赤になっている自信がある。この場所には来るべきではなかった。誰のものだか知らないが、とっても、色っぽい声が聞こえたのだ。密室にアルコールの入った男女を放りこめば、何が起こるかぐらいあたしにだって分かる。

 もう、帰ろう。やっぱりこのパーティには来るべきじゃなかった。最初から顔を出してすぐに帰るつもりだったのに、長居しすぎてしまった。余計なヘイリーには見つかるし、余計なものは聞くし。

 どこをどうやって歩いたのか覚えていないが、見覚えのある玄関のドアが遠目に見えた時にはほっと安心した。

「コーニー。いったいどこにいたの? 探したのよお?」

 がっちりと腕を掴まれ、わざとらしい猫なで声を聞かされるまで、あたしはリンジーの存在を忘れていた。リンジーの、きれいなネイルで飾られた指に掴まれると、付け爪の先があたしの腕に食い込んできた。この冒険を終える前に、余計な女王に捕まってしまったってワケ。もしかすると、悪役のボスかもしれない。

「あ、あたしそろそろ帰ろうかと……」

「何言ってるのよ、夜はまだこれからじゃない。こっちに来て。トッドのうちのプールってけっこうスゴいんだから」

 スーパーモデルのような抜群の笑顔。ただその裏には何がひそんでいるか分からない。どうやらリンジーはお怒りのようで、あたしは逃げられそうになかった。

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