4
「あんたが、コニー?」
たとえそれが社会に出た時に役に立たないものでも、学園内での地位というものは強い力を持つ。権力者を前にしてなんの力も持たない下層の民は、ごくりと唾をのむしかない。女王の催しを見物しようと立ち止まった人々に囲まれて、あたしはそんな事を思った。
ヘイリーにピアノ演奏を見られた翌日、校門前でリンジー・ファーガソンに捕まった時にはサンドラに「ほらね!」と勝ち誇った顔をしてやりたくなった。けれどそこにはサンドラはおらず、あたしはたった一人で学園の人気者とその取り巻きに立ち向かわねばならなかった。
リンジーはヘイリーに気がある。昨日、授業が終わった学校でヘイリー・ニューマンと追いかけっこをしているところを見られてしまったあとでは、彼女があたしに目をつけるのは当然の帰結。
まるで初めてあたしを見るみたいに――実際そうなんだろうけど――じろじろとあたしの全身を眺めまわすクイーン。あたしのどこにヘイリーの興味をひくところがあるのか、疑わしく思っている表情を隠しもしない。
心の中ではどう思おうと、親しいサンドラには何を言えても、実際にリンジーに文句を言うなんて事、あたしには到底出来ない。あっちは四人もいるし、あたしは一人。くわえてあたしは意気地なしだ。
「ヘイリーの友達だったなんて知らなかったわあ」
彼の事ならなんでも知ってるのに、とリンジーは言った。リンジーは支配者の笑みを浮かべたまま腕を組んでいる。
「昔は近所に住んでたから友達だったんだって」
取り巻きの一人が、あたしを見ながらリンジーに言った。今もヘイリーとあたしの家は近所のままだ。いちいち訂正する気はなかった。彼女たちはあたしとヘイリーのつながりが過去のものだと公言したいだけなのだから。そして、あたし自身にもそれを壊すなと言いたいのだろう。昔友達だったからって大きな顔をしないでよね、とかなんとか。
「ヘイリーの友達なら、あたしの友達よね」
急にリンジーが思わぬ事を言い出したので、あたしは緊張した顔を崩してしまった。
「へっ?」
リンジーのまとう空気が少しやわらいだような気がした。理解ある貴婦人のように振る舞ってみせる。
「今度のパーティ、あなたも来てよね、コニー。トッドの家だから」
指名したかのようにあたしを指さすと、リンジーはくるりと向きを変えた。取り巻きたちは意味深な目であたしを見つめたあと、長い髪を払って女王に続いた。
「……はい?」
見世物が終わったとばかりに、見物客たちは立ち去って行った。けれどあたしは身動きが出来なかった。てっきり、リンジーに文句のひとつやふたつ言われ、最悪「ヘイリーに手を出したら殺すわよ」と脅されるかと思ったのに。
だからといってこれでリンジーが実は優しい女の子だったのね、なんて事にはならない。たぶん、ヘイリーと親しげだけど目下敵にはならなそうな相手をしばらく見張る事にしたのだろう。なにしろ今までリンジーの中であたしは学校に登校してきてさえいなかったのだから。相手を知る必要がある、そう思って友達発言をしたのかもしれない。
どうしたものかと、あたしは周囲に親友の姿がないかと探した。しかし見つかったのは諸悪の根源、ヘイリー・ニューマンだった。げえっと思ってあたしは校舎内に逃げ込んだ。彼に話しかけられたらまた話がややこしくなる。
今日はさっさと授業を受けてさっさと帰った方が身のためだ。
これまで気にしてこなかったが、意外にもリンジーと同じ授業をとっている事にその一日で気づかされた。そして授業のふとした瞬間に、リンジーがあたしを見ているのが分かった。目が合えばにこっと微笑まれる――それは一見邪気のなさそうな笑みだった――が、あたしはもう二度と彼女を振りかえらない事に決めた。あれは、母親やベビーシッターが子供が悪さをしないか見張っている目だ。微笑みながらも“分かってるわね、ちゃんと見ているからいい子にするのよ”という威圧感を放っている。
その代わりに、ヘイリーの方は大人しくしている。あたしがリンジーの視線から逃げるようにして授業のたびにトイレに駆け込んだり急いで移動したりしてるせいか、ヘイリーの姿を見ずに休み時間が終わる事も多かった。
まったく、あたしの日常はどうなっちゃったんだろう。少し前までは学園のキングに睨まれて、今度はクイーンに目をつけられてる。皮肉な意味で言うけど、こんなにモテても少しも嬉しくない。
ランチタイムになってやっと詳しい話をサンドラにした時、ちょっとだけ肩の荷をおろせた気がした。人気の多いカフェテリアでなんてリンジーの話は出来ない。あたしたちはほとんど人の通らないグラウンドまでやってきて、その端っこに腰かけてランチを食べた。
「やっぱり行動に出たでしょ、リンジーは! このままだとどうなるか……」
「そうねー、恋のライバルにお友達になろうって言う事は、正々堂々勝負しましょって事かしら?」
ほわほわした事を言うサンドラに、あたしはがっくりうなだれた。そんな訳がないでしょうに。
「単にあたしを見張ってるのよ、あたしがヘイリーにちょっとでも近づいたらいつでもビンタを繰り出せるようにね」
「そうかなあ。あ、さっき言ってたパーティ、わたしも出てみたいな」
いくらあたしが身の危険を主張しても親友はまともに受け止めてくれない。あまつさえ話は別のものへと変わっていった。サンドラには今朝あった事をすべて話している。リンジーが、トッドのパーティであたしの監査をする日の事も話してある。
リンジーのようなタイプの人間が開くパーティに、あたしたち二人は参加した事がない。子供がやるような女の子同士のお泊まり会や、ずっと幼ない頃母親同行のお誕生日会に参加したぐらいが、パーティらしいパーティの記憶だ。ティーンエイジャーの想定するいわゆる“パーティ”とは別物にしか参加した事がない。
サンドラはぼんやりしてるようで未知のものに対する好奇心や興味が強い。機会があれば見知らぬものに接してみたいと思っているのだ。
「あそう。じゃあ一人で行ってらっしゃい」
「ジェドもバスケの仲間に誘われたんだって。だからジェドと、あんたとわたしで行く」
そういえばトッドもバスケ部だった。そしてジェドも。たぶんジェドは性格からしてパーティにはあまり行かないだろう。けれど大事な幼なじみが行くとなれば付き添うに違いない。
「だから、あたしは行かないってば」
「でもリンジー女王サマ直々のお誘いだよ? 行かなかったら怒っちゃうんじゃないかな?」
サンドラのもっともらしい発言に、あたしは二の句が告げられない。
たぶんだけど、リンジーはあたしがどんな人間かをはっきり見極めたいのだ。学校にいるだけでは分からないようなところを、トッドのパーティで暴こうというつもりだろう。もしそうであれば、今回断りを入れてもまた別の機会を用意されるだけかもしれない。
「わたしも行くんだから、いいじゃない」
友達なんだから付き合って、とばかりにサンドラが追いうちをかける。そう言われると、誰もそばにいないのよりはマシだと思えてくる。あたしは、投げやりな気分になりながらも決意した。
「顔だけ出して……すぐ帰ろう……」
ランチを先に済ませておいてよかった。もしこれから食べるのだったら、今後が不安で喉を通らなかっただろうから。