30.あの名台詞を言わせて
“アンジェリカとラブラブする”という崇高なる使命を得た俺は、素早くその使命を実行するべく彼女の元へと向かう事にした。リリスとアレク・Jを引き連れて、いそいそと自室の扉を開く。
皆はまだクラックの部屋に居るはずなので、そちらへ向かう事にしたんだが……。
俺の部屋の前には、BSBのニコラスとケヴィンが立って居るんだが、クラックの部屋の前には誰もいない。
え? なんで??
特段何も無ければ、BSBは3人が護衛任務につき2人が休憩をとるというシフトになっている。カゲ君2人も、同じように1人ずつ交代で任務について居る状態だ。
今は、俺とリリスが皆と別行動を取っているということもあって、BSBは4人が活動中になっている筈。
この場合、クラックの部屋の中に1人、部屋の扉前に1人、そして俺の部屋の前に1人と、俺の部屋の中に1人という人員配置になっている筈だというのに……。
一体何があったんだ?
明らかにおかしな人員配置となっている事に疑問を感じて思わず首を傾げてしまったのだが、そんな俺の姿を見て、2人がとても驚いているのが解る。
「ニコラス、何故休憩中の筈のお前がここに居る? そして、何故2人でカイル様の部屋前に立っているんだ?」
「何故、カイル様がここにいるのですか?」
俺と同じ疑問を感じたアレク・Jがそう質問したのと、今は休憩中の筈らしいニコラスがそう尋ねたのは同時の事だった。
「カイル様はリリス様とお部屋に居ると申し送られなかったのか? それに、お前のその発言だとこの扉前に立って居るのは、おかしくないか?」
「私は、カイル様達が茶会室に移動する事になったからと言って、先程ケヴィンに呼び出されたばかりなのです。カイル様のお部屋には、まだリリス様がいらっしゃるのでこの場に1人待機するケヴィンに情報伝達をしておいて貰いたいと言われました」
「自分は皆が帰ってきたからと、扉前警護を交代した所でキャンデロロ子爵と娘のジュリアを伴ったカイル様がやって来られて、「今から、クラックを連れて事件の確認を行う」と言われましたので……」
何やら情報が混乱しているが、要するに俺(によく似た誰か)がキャンデロロ子爵とジュリアと共にやって来て、クラックを連れ出そうとしたらしい。でも、ルイスが一緒に行くと言い張ったので皆で付いて行くことになったのだとか。
まず、俺によく似た誰かは、「クラックを連れて来い」とだけ告げて先に浴場に向かって行ってしまったので、ケヴィンに諸々の事情を含む連絡を引き継ぎ途中だったブライアンが、慌てて俺らしき人物の後を追って行ったらしいのだ。その時に、詳しい事情はニコラスから聞くように言われたんだとか。
残されたケヴィンは、まずニコラスから事情を聞こうと思ったらしいのだが、その場に残っていたジュリアから「カイル皇子をお待たせするのは良くない」と言われたので、クラックに先に伝言を伝える事にしたようだ。ジュリアと共にクラックの部屋に入ったニコラスは、事件の事について聞きたい事があるので、俺が浴場で待っている、という事を伝えたのだとか。
そうしたら、クラックだけでなく室内にいる者達全員で移動する、と言い出したんだと。
慌ててケヴィンは、休憩に入ったばかりのニコラスを呼び出し、ハワードと3人で護衛形態をどうするか相談しようとしたらしいんだ。でも、ジュリアからリリスがまだ俺の部屋にいるらしいという事を聞いたので、2人がここに残ってハワードが皆について行く事になったのだとか。
で、一行が浴場に向かって出発したのを見送ってから、ニコラスから色々と報告や引き継ぎを受け始めた最中に俺が部屋から出て来たと。
うん、なんともややこしい。
色々とおかしな所も多いというのに、どうしてこんな事態になっているのかっていうのは、きっと“ゲーム補正”が上手く働いたんだろうとしか、言いようがない。そうとしか考えられないだろ?
俺の突発的な思い付きで、リリスから事情聴取を始めた事で司令塔のアレク・Jがクラックの側から離れたという状況にプラスして、BSBの交代&申し送りが重なるタイミングに事が起こるなんて、ゲーム補正以外に考えられないだろう? どうしてブライアンが俺に護衛が付いていないって事を不思議に思わなかったのかも解らんし、キャンデロロ子爵がクラックを呼び出そうとした理由も謎だ。
もしかすると、ブライアンは俺の偽物に気付いて敢えて後を追ったのかもしれないけど、何にせよタイミングが良すぎる。
リリスも俺の後ろで「これって、明らかにゲーム補正だよね……」と、呟いている。
でも、取り敢えず。
「アレク・J。詮索は後回しにして、今は急いで浴場に向かおう」
「かしこまりました。……ニコラスはここに残って、警備を続けてくれ。俺が戻るまで、誰もこの一角には立ち入らせるな。ケヴィンは俺たちと一緒について来るんだ!」
「「了解です!」」
アレク・Jが采配する様子を聞きながら、俺は走り出す。
俺の後に続くようにリリスも必死で走って付いて来ているので、全速力で走れないのが難点だが、これ以上護衛を分散させる訳にもいかないのだから此処は我慢だ。
それに、カゲ君もきっとあちらに向かってくれている筈だから、アンジェリカとジェシカの無事は確保されているだろう。そんな安心感があるから、俺の気持ち的にもまだ余裕があるしな。
走っているのか早歩きなのか微妙な速度で浴場へ向かう俺たち。どんな場所であっても、どんな状況であっても、皇族たる者は常に優雅な振る舞いに気を付けなければいけない。
そんな子供の頃の教えを思い出しながら、急いでいるのかどうなのか解らないスピードで浴場へと向かい進む。
なので、俺たちが浴場に到着した時には、既に皆は中に入ってしまっているようで扉の前には、ハワードが1人待機していた。
「え!? カイル様??」
「今ここに、俺が来なかった!?」
リリスの速度に合わせていたおかげで、俺は息を切らせる事もなく、俺の姿を見て混乱しているハワードにそう尋ねたんだが……。
尋ねた瞬間に気づいてしまった。
これは、あの名作映画の有名な名台詞の一つを口に出来るチャンスなのだと!
だが、あのセリフを口にすれば、完全にリリスに転生人ーーしかも日本産ーーだとバレてしまう! 何故俺は、護衛の分散なんかを気にしてリリスの速度に合わせて一緒に来てしまったんだ!!
全速力で此処に来ていたならば、リリスが到着するまでにあのセリフを口にする時間があっただろうに!
いや、そうしたら、ルイス達が浴場に到着する前に追いついていたかもしれない。やはりこのスピードだったからこそ生まれたチャンスなのだろう。
でも、こんな名言を言えるチャンスが転がってくる事など、恐らくもう二度とないだろう。
どうする!? 俺!
ここは身バレしてでもチャンスをものにするべきなのか!?
しかし、たかだかこんなネタの為に身バレするなんて、馬鹿の所業だろ?
「馬鹿野郎! そいつがルパンだ!!」
俺が口にするかどうか本気で悩んでいた言葉が、隣から聞こえて来た。
バッっとその声がした方に顔を向ければ、リリスが嬉しそうに「あの名台詞を自然な流れで言えるシチュエーションがあるなんて、異世界ってマジで万能」なんて呟いている。
クッ!
こんな所に伏兵が!!
リリスだって日本出身の“オタクJK”だったんだから、この名言を知っていて当然だし、知っていれば使いたくなるのは当たり前のことだという事を、すっかり失念していた。
これで俺は、多分この先一生巡って来ないだろうチャンスを失ったんだろう、多分、きっと、maybe
明日の更新は無理かもです。




