27.先行情報って、たいていがクソ情報
「で、例えば今の状況がリリスの言う通り決められたシナリオだったとして、この先、どう言う事件が起こる可能性があるんだい?」
しんみりしているリリスの様子には気付かないフリで話を進めてしまう。
妹となった少女の恋愛については、兄として大いに応援してやりたいとは思っているけど、穏やかに恋愛を楽しむ為にも憂は全て晴らしておかなければいかん。
だってさ、今回のシナリオでのバッドエンドが俺たちの全滅だって言うのなら、出来るだけ詳しい情報を集めておいてフラグを避けて通るようにしないとダメだろ? 死んでしまったら、恋愛なんてたのしめないんだからな。
「……え? ああ、シナリオですか……」
リリスは俺の空気を読まない発言にも特に動じる事もなくそう言って、何かを思い出すように視線を上に向けて少し考えたあと「確か……」と、シナリオについて自分が知っているだけの情報を教えてくれた。
その内容は、ゲーム会社公式の情報ページに公開されたものと、ゲーム雑誌が先行して提供していた情報を合わせたものという、クソの役にも立ちそうに無いものだったが、無いよりマシってものだろう。
まず、今回のゲームで必ず起こるイベントとして公開されているものは、3つあるらしい。
一つ目は、カイル皇子一行がキャンデロロ子爵領に到着した翌日に起こる、“温泉密室傷害事件”なんだそうだ。
現状で言う“クラックの怪我”がそれに当てはまるんだろう。
ただ、ゲームではこの被害者は“側腹部を刺されて転倒、頭部を打撲”という状態で発見され、意識不明の重体となるそうだ。しかも、ゲームの進み具合によっては、そのまま意識が戻らずに死亡することもあるらしい。
だけど、意識が戻った時には重要な証言をしてくれる証人になってくれるという事で、事件の解決に大いに役立つ存在にもなるんだと。
さらに、ゲーム上の設定ではこの事件の第一発見者は、早朝にお忍びで入浴にやって来たカイル皇子だけだったらしい。護衛を1人しか連れて来なかったので、その護衛は軽く脱衣所を見て誰もいない事を確認して、扉の前で人が来ないか見張りをしていたらしい。その時ダニエルがそばにいなかった事についての記述は何もなかったと言うから、もしかすると公開されていない部分で何か動いていたのかもしれない。
まずこの時点で、シナリオと現状が大きく乖離してきているよな。
確かに“傷害事件”は起こったが、クラックは刺されてなんかいない。事件の発見者も俺だけじゃなくて、ルイスや俺たちの執事、BSBの2人も一緒だった。
ゲームとは違ってダニエルやドガーのおかげで、クラックの怪我への治療は素早く行えたし、アレク・Jの見事な采配で現場確認とその後の対処も完璧だったと思う。
怪我への対処が早かったからなのか、クラックが“意識不明の重体”なんて事にもならず、その日のうちに目覚めたしね。
ただ、重要な証言とやらはしてくれそうに無いから、“事件の解決”には繋がらないだろうけど。
……いや、接触の仕方によって選択肢が増えるパターンって事もあり得るから、一概には言い切れないのか?
まあ、どちらにしても、現状がゲームシナリオから外れているってことだけは確かだって事だ。
二つ目にゲームの中で起こる事が確定しているミステリーは、“ファントム”の出現というものだそうだ。
なんでも、キャンデロロ子爵の館に誰の知り合いでも無い、いるはずのの無い人物が存在しているらしいって事が解るんだとか。この人物は“存在しない筈の幻覚のような人物”という事で、ゲームの中では“ファントム”と呼ばれているらしい。
そしてこの人物が『今回のシナリオに大きく関係している重要な存在になのでは無いか?』と、ネットやゲーム雑誌で騒がれていたんだとか……。
素直に考えれば、全ての事件の犯人はこのファントムって思うよな?ただ、見た目は子供な高校生探偵や、ジッちゃんになりかけ……名にかけて事件を解決する高校生探偵達のアニメからも解る通り、怪しい奴ほどシロって事があるから油断は出来ない。
そんな予想が、ネット民の間では巻き起こっていたらしいのだ。
うん、俺、この“ファントム”に滅茶苦茶心当たりがあるよ。
これって、絶対に“ドッペル君”のことだよな?
ってか、それ以外に何かあるのかって話だ。もし、ドッペル君以外にそんな人物がいるんだとしたら、もはやそれはミステリーじゃなくてサイコホラーになると思うんだよ、俺は。
そして案の定、発売前に流れている程度の情報では“ファントム”についての詳しい事は何も解らず……。
“メチャクチャ怪しい人物だけど、セオリー通りなら多分シロ”ってな、どうにも微妙な情報しか手に入れる事ができなかった。
そして三つ目、俺的には今回の情報の中で一番重要なものだった。
そのイベントとは、“アンジェリカの恋愛イベント”だって言うのだ!
シナリオの中盤で、カイル皇子との親密度によって色々なキャラとのイベントが起こるらしいのだが、唯一確定しているイベントというのが二つあるらしい。
一つは勿論カイル皇子がお相手のもの。
そしてもう一つが……。
なんと、ファントムとのものだって言うから驚きだろ?
……これってさ、ドッペル君が俺に成り替わる可能性があるって事じゃ無いかと思わねぇ?
例えば、だぞ?
アンジェリカが俺よりドッペル君を選んだとして、でも彼女と俺の婚約は“政略結婚”という側面もある訳だから、簡単に破棄する事は出来ない。
だとしたら、アンジェリカが見間違える程俺によく似たドッペル君を、“カイル皇子”としてしまえば何の問題もなくなる。そしてその為に必要な事が、“カイル皇子”をよく知る人物ーーつまり今回のカイル皇子御一行様だなーーの皆殺しに繋がっちゃうんじゃ無いかと思ったんだよな。
そして更に真実に気づく恐れがあるこの館にいる人物全ても、皆殺し、とか?
…………考えただけでも怖いよ。
俺のアンジェリカがそんなサイコな事をするはずが無いけど、可能性としてはあり得るだろう?
何てったって、ホモに俺を狙わせたり、人格異常者に監禁されそうになったりするシナリオを平然とゲームにしてしまう奴らだ。何をやらかすか解ったもんじゃない。
「カイル皇子ファンが集う掲示板で話題になっていたんですけど」
思わず自分を抱きしめるように両手を交差して二の腕を摩っていれば、リリスが「そう言えば……」と言って、ネットで話題になっていた憶測を教えてくれた。
「舞台になる国の名前の“フォックス皇国”って、カイル皇子の名前にも入ってますけど、私やアベル皇子の名前には入っていないんですよね。その事に、今後のシリーズに繋がる何か意味があるんじゃ無いかって憶測が出ていたんです。あと、名前繋がりでもう一つ……」
そこまで言って気まずげに言葉を切ったリリスが、俺を窺うように見つめてくる。
何かよっぽど言いにくい話みたいだが、そんな風に切られたら気になってしょうがないじゃ無いか。
「何か良く無い話なんだって事は解ったから、気にせずに言ってごらん?」
「……そうですね…。コレは私の元いた世界の宗教で伝わる話なのですが、私達フォックス皇国の皇族の名前は、この宗教の経典に出てくるものなんです」
「それは、この国の“建国神話”みたいなものかな?」
「ええ、そうです。その中で私の名前は神が創造した最初の女性として登場するんですが、同時期に作られた男を見限って悪魔になってしまうんです。見捨てられた男は、神にお願いして自分の一部からもう一度女を創って貰って、その人と結婚して2人の子供を作るんですが、その2人は兄がカイン、弟がアベルと言うんですよ」
リリスのこの話に、思わず戦慄してしまった。