閑話;チョロインと呼ぶなら呼ぶがいい!《リリス》
クリスマス休暇ーーあ、この世界で言えば建国記念休暇かなーーに、カイル皇子がキャンデロロ子爵領に旅行に行くと聞いて、私はピンときた。
あ、これってばスピンオフ作品として発表されてた、来月発売のミステリーゲームじゃん。
って。
カイル皇子を主人公に、キャンデロロ子爵領で起こるミステリー事件を解決するって内容のこのゲームは、アンジェリカ救済シナリオとして彼女のファンに注目されていたんだよね。
このゲームではカイル皇子が主役なんだけど、ゲームの進め方によってはアンジェリカが他の男の手を取る事もあり得る、皇子には厳しい内容になるって噂だった。しかも、このゲームのクリアーデータを、来春発売予定になっている『君の為に全てを賭けて2』にデータ移行する事で、隠しレア攻略キャラを出現させる事ができるって話だったから、ファンの間では発売前から物凄い話題になってたんだよ。
選択肢が不味ければ殺人事件が起きたり、『そして誰もいなくなった』みたいなバッドエンドを迎える事もあるらしくて、中々攻略が難しいゲームになる予定だったらしい。
上手くストーリーを進められれば誰も死んだりする事なく、ミステリー要素の解決とアンジェリカとカイル皇子(もしくは他のお相手)の恋愛模様を楽しむゲームになるんだって。
私の推しキャラは、当然カイル皇子だったから、隠しキャラの情報がなくてもこのゲームは当然購入予定で既に予約もしていたし、前情報は漁り尽くしてた。
だから“キャンデロロ子爵領”って単語で直ぐにピンと来て、あのゲームで出演決定していたキャラに自分の名前があった事に狂喜乱舞したんだよね。
だから、絶対に自分も一緒についていけると思って、根回しを頑張ってみた。確かゲームでは、キャンデロロ子爵領までの移動手段に“魔術馬車”を使う事になっていて、その為に必要な魔石をリリスが多量に都合した事で、同行が許可されたって設定だった筈。
だから私は、必死で魔石を掻き集めてお父様に交渉したんだよ。
お父様と宰相は何だか企んでいるみたいで、私が旅行についていきたいって言ったら二つ返事でOKしてくれた。その時に、ウッドロイド伯爵(あのヒューイの所だよ)の所の嫡男も一緒に同行予定になっていて、更には必要な魔石の半分をウッドロイド家が用意してくれるって、聞かされた。
この時に私は「あれ?」って思ったんだよ。
だって、公式発表されているゲーム出演キャラの中に、ウッドロイド伯爵の名前もその嫡男のクラックの名前も、全くなかったんだもん。
隠しキャラの存在はあるみたいだけど、ウッドロイド家の人物が隠しキャラなんてありえないでしょ? だって、彼が隠しキャラだったとしても、何にも美味しく無いじゃん。
これって、『君の為に全てを賭けて』のシナリオと違う進行が行われたせいでの、修正がかかっているって事なのかな? あのゲームのシナリオには、“ヒューイの留学”も“ヘンリーの失脚と幽閉”も“執事の暴走”もそれ以外でも、攻略対象の処遇は描かれていなかった。
ミシェルに選ばれるかどうかで未来が分かれるだけで、選ばれなければ変わりなく今までの生活を続けて行く筈だったんだよ。なのに、攻略対象だった人たちの人生はその殆どが大きく変わってしまっているから、その後のスピンオフや第2弾で、色々と問題が出てきちゃうんだろうね。
私はそんな事を考えて、このイレギュラーな存在であるクラックという人物の事を片付けてしまった。
だから、ウッドロイド伯爵家の事も何も調べておかなかったし、旅行について行く事に必死になっていて、ちのっちに会いに行く事もなかった。
ちのっちは今、相思相愛の相手と同棲生活を満喫しているんだから、非リア充の私が行っても空しくなっちゃうって言うのも、足が遠のいていた原因なんだけどね。
それに私は、とっても重要な事に頭を悩ませていたんだよ。
それは、どうやってカイル皇子と親密な関係になるかって事。
ちのっちの話を聞く限りでは、カイル皇子は絶対に転生者だと思ったから、仲良くなって“妹”って立場を思いっきり利用してカイル皇子に構ってもらおうって算段だったんだよ。
なんでカイル皇子がちのっちに自分も“転生者”だって事を黙っていたのかは解らないけど、普通に考えたら日本の事を知ってる人とは色々とお話ししたくなるじゃ無い? だからきっと、私が“貴方が転生者だって気付いていますよ”って態度を見せれば、あっちも直ぐにカミングアウトしてくれると思ってたんだよね。
なのに、旅行出発当日。
カイル皇子ってば私が転生者だって匂わせてみても、何も反応してくれないし、旅行について行くのも嫌がってた。
その上、ゲームの設定上では、幼馴染で“政略結婚”の相手でしかなかった筈のアンジェリカと、ラブラブな空気全開でイチャついてるしさ。
私は実の妹だから、カイル皇子攻略ルートなんて発生する筈が無いことは解ってたよ? それでも女の子なら誰だって、推しメンとの濃密な時間ってヤツには憧れるでしょ?
“妹”なんて絶好のポジション、上手く使わない手はないじゃ無い。だから、空気を読まずに我侭を言って甘えてみた。カイル皇子は、どうも“妹”っていう存在に弱いらしくて、私の我侭を面倒くさそうにしながらも大抵は叶えてくれた。
嬉しすぎてハシャギ過ぎたせいで、道中の馬車ではずっとグロッキー状態になってしまったのは、私も失敗だったと思う。カイル皇子も引いてたしね。
でも、カイル皇子がアンジェリカと一緒に私の心配をして、世話を焼いてくれたのは正直、凄くラッキーな出来事だったと思うんだ。その時、アンジェリカが本当に良い子なんだって事にも気付いたし、一緒にいるとお姉ちゃんといるみたいで安心できるって事にも気付いちゃった。
こんな風に思っちゃったら、もう、彼女とカイル皇子の仲を認めるしか無いよね。
それに……。
この旅行の道中で、私は新たな萌に出会ってしまったんだよ。
その相手は、眼中にもなかったウッドロイド家の嫡男、クラック。この人も、あのヒューイの兄なだけあって、見た目はイケメンなんだよね。それに、年齢もあってなのか凄く落ち着いてるし、場の空気を読んで行動するのが上手い。
2組のカップルと一緒に行動するんだから、必然的に私の相手をしてくれるのはクラックって流れになるんだけど、一緒にいて嫌な気分が全くしなかった。寧ろ、物知りで優しいクラックのエスコートで街を見たり馬車の中で過ごすのは、とても楽しいって感じたんだ。
トドメは、キャンデロロ子爵の館に到着した時だったよ。
私は長距離の移動と体調不良で、密かに限界を迎えていた。歩くのもおぼつかない様な状態を何とか隠して、カイル皇子に馬車から降りるエスコートをオネダリしてみたんだけど……。
婚約者のエスコートを他の男に任せる事なんてもちろん出来ない彼は、戸惑った表情を見せていたんだよ。そこに、クラックが微笑んで私のエスコートに名乗り出てくれて、私が立っているのも辛い状態だって気付いたのか、お姫様抱っこをしてくれたんだよ!?
私ってば、転生して本物のお姫様なったっていうのに、お姫様抱っこ初体験だったんだよ!
これはもう、惚れるでしょ?
寧ろこんな優しく扱われて惚れない、乙女ゲーム好きな女子高生なんていないと思う!!
私だってチョロ過ぎるとは思うし、クラックがどんな人物かわからない事を鑑みても、余り祝福されないんじゃ無いかとは思うよ?
それでも。
もし彼が出世の為に私に近付いたんだとしても、「それでも良いかなぁ」なんて思っちゃったんだから、しょうがないでしょ?
だから、私の事をチョロインって呼びたいなら、お好きな様に呼んでもらったら良いと思う!




