24.回避できるものなら回避したい
「……ダニエル」
「承知いたしました。……ただ、私にも今回の全容を視る事は叶いませんでしたので、発見できる可能性は低いかと思われます。それでも、宜しいですか?」
「ああ……。今は兎に角、どんな事でもいいから何か少しでも情報が欲しい」
雪が落ち着くまで暫くはこの地から身動きできないのだから、自衛の為にも出来るだけの手は打っておいた方がいいだろう。
そう思って、ダニエルに俺の“ドッペル君”を探してもらおうと思って声をかけたんだけど、どうやら難しいらしい。
それでも、何もしないよりはマシだと思うからドッペル君探しはして貰う。
「あと、アレク・J。済まないんだが、カゲ君達と協力してキャンデロロ子爵の動向を、気をつけて見張っておいてくれないか?」
「承知いたしました」
ドッペル君の正体も居るかいないかという事ーーアンジェリカが嘘をつく必要はないので、俺に似た背格好の誰かは居るのだろうーーは、全くわからない。だけど、もし、本当にこの館に俺に似た誰かがいるのだとすれば、その人物を匿っているのは、キャンデロロ家の人間でしかあり得ない。
個人の企みなのか、一家総出で何らかの計画に加担しているのかと言う判断は、まだまだ出来ない。だが、彼らがどんな言動を見せるのかという事を押さえておくことで、この先に起こるであろう出来事を解決する為の、重要なファクターになるんじゃ無いかと思うんだ。
例えば、今の現状が新たなゲームシナリオを基にした物語なのだとすれば、今朝のクラックの怪我も何かしらのつながりがあると言う事だろう。だからこそ、ゲーム内容についてなにかしらかの情報を握っているであろうリリスが、あんなに落ち込んでいたんじゃ無いかと推測できる。
つまり、今朝のあれが何らかの“イベント”だったのだと考えれば、既にメインシナリオは動き出していると言う事なのである。そして、その可能性に全く気付いていなかった俺は、悔しい事に既に後手に回ってしまっているということでもあるんだ。
そんなアレコレに20話以上も費やしてやっと気付いた今現在、俺に出来る今一番重要な事は、何が起きているのか、そして今後、何が起こる可能性があるのかという事を出来るだけ知っておくって事なんじゃ無いかと思う。
なので、今一番現状について何かしらの情報を持っていると思われるリリスには、例え拷問をしてでも持っている情報の全てを聞き出さなきゃいかんだろ。
……あ。
因みに、拷問って言っても性少年が考えるような「いやーん」で「らめーっ!」なやつじゃ無いからな?
俺にはそんな趣味は、全く、これっぽっちも無いんだ!
想像すらした事ないんだからな!!
ホントだぞ?
「アンジェリカ。今の話を聞いていて解ったと思うけど、どうやら俺に関する何やら良く無い計画が実行されているみたいなんだ。現状として何が起きるかわからないから、部屋に戻ろうか」
コートの内側に包み込んで抱きしめたままだった、可愛い彼女の額に口付けながらそう告げれば。
「それって、先程お約束した“二人きり”のデートも無くなってしまうという事でしょうか……?」
なんて、上目遣いのちょっとムクれ顔で聞いて来る。
その状態で「せっかく楽しみにしておりましたのに……」なんて甘えたように言われてしまうと、可愛すぎて「どうしてくれようか!?」なんて真剣に悩んでしまう。
こんな可愛い小悪魔なアンジェリカには、“ぎゅーっの刑”をお見舞いしてやろう。その上“デコチュー連打の刑”も追加してしまうぞ!
うん、これ決定。
刑を執行していたら、アンジェリカのご機嫌も回復して来たようで、何時もの彼女に戻って来た。
「ごめんね?」
「私こそ、わがままを言ってスミマセン……。ただ、せっかくカイル様と旅行に来れたというのに、また私達の仲を邪魔する何かが現れたのかと思ったら、わたくし……」
アンジェリカのアメジストの瞳を覗き込んで謝罪すれば、彼女は自分の我儘を恥じるようにそう言って、俺から視線を逸らしてしまう。
いつもいつも聞き分けよく俺の言葉を受け入れてくれるアンジェリカも好きだけど、こんな風に我儘を言われると、物凄く気を許して甘えてくれているのが伝わって来て、色々と滾る。
俺だって本音はずっと二人の世界に閉じこもっていたいって思ってるんだから、「また邪魔される!」って思っちゃうアンジェリカの気持ちは、すごくよく解るしね。
「それに、また変な事にカイル様が巻き込まれて、せっかく治って来た怪我が酷くなったりしたらって考えると……」
どうやらアンジェリカは、一緒に過ごせない事への怒りだけではなく、俺の安全に対する不安からも情緒不安定になっていたようだ。
確かに、最高級の治癒魔術や魔術具を使用した上で、一週間以上もベッド上安静を余儀なくされていた俺の姿に、不安を感じない筈は無いよな。
もし俺が逆の立場だったなら、頭がおかしくなるくらい心配したとおもうしね。
「必ずBSBと一緒に行動して、安全には目一杯配慮するから。もう絶対けがなんてしないように気をつける。約束だ」
そう言って俺は、無理やり彼女の小指に俺の小指を絡ませたのだった。
そのあとは、ルイスにも声をかけて部屋に戻る事にしたんだが、朝手配していた医師が到着したらしく、玄関ホールでキャンデロロ子爵が、サンダースおじさんの様な見た目の紳士を出迎えていた。
丁度俺たちも部屋に戻るところだったので、そのまま一緒にクラックの部屋に向かう事にする。
「……そうだ、キャンデロロ子爵。一つ確認したいのですが、宜しいですか?」
「ええ、構いませんよ。どうされたのですか? カイル皇子」
「アンジェリカが、先程クラックの部屋から中庭を見たときに、私と似た背格好の貴族を見かけたらしいのです。この領地には現在、ウルハラの3名と我々以外にもどなたか客人がいらっしゃるのですか?」
「…………客人など……だれも、いませんよ。雪を整える魔術具の、調子を確認しに出た従僕を見間違えたのではありませんかね?」
何気ない風を装った俺の質問に、子爵の視線が一瞬だけ泳いだ。
これは確実に、何かしら心当たりが有るのだろう。その上で誤魔化しているのだ。
騒いで問い詰めるのは簡単だが、今はまだ良い。こうやってチクチクと突きながら放流して様子を見ていれば、必ず何かしらの行動を起こす筈だ。俺たちはそれを見張って、情報を集めていけば良いんだ。
「そうなのですね。アンジェリカ、どうやら君の見間違いらしいよ」
「どうやらそのようですね。子爵、ウチの妹が早とちりをした様で申し訳ありません」
「申し訳ありませんでした」
この場は子爵の意見を肯定しておくという、俺の意図を正しく汲み取ってくれたルイスとアンジェリカが、優雅な微笑みを浮かべながら子爵に詫びる。
子爵もやや引きつってはいるものの穏やかな微笑みを浮かべて、「離れたところからでは見間違えを起こす事なんて多々有りますからな、気にしないでください」と、二人の謝罪を受け入れていた。
このやり取りが、今後にどう影響してくるのかは未知数だが、少なくとも、俺たちが何かに気付いているという牽制にはなった筈だ。これで計画そのものをポシャらせてくれれば良いんだけど、きっとそんな簡単な話では無いんだろうな。
俺は、思わず漏れそうなため息を押し殺して、クラックの部屋へと向かうのだった……。




