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19.事故か事件か、それは今はどうでも良い事

クラックの容態は、命に別状が無かったのは幸いだったのだが、頭を強く打っていたせいなのか、まだ意識は戻っていない。発見と同時に子爵に報告し、館内に不審人物が居ないかを確認してもらい、女の子たちに異常がないかをBSBが確認してくれた。

勿論、アンジェリカたちは無事だった。昨夜の就寝が遅かった事もあってか、3人はまだ寝ていたらしい。


キャンデロロ子爵は、館内に変化が無いかを確認した後、領内の医師を素早く手配しようとしてくれたのだが、積雪が酷くて馬車も動かない様な状態なので、医師が館に到着するのは昼を過ぎるだろうと言われた。

まあ、取り敢えずの応急処置はダニエルとドガーが施してくれているし、自己回復の魔術もかけてもらっている。治癒促進の魔術具もベッドサイドに置いているから、これで「急に容態が悪くなって死んでしまった」という様な事態を避ける事は出来るはずだ。


クラックの連れて来た執事は、主人の指示で調べ物とウルハラの王子への贈り物を確認していたらしい。

昨夜、俺が5時ごろに入浴しに行くと言っていた事もあって、護衛の心配は要らないだろうと思っていたそうだ。実際、クラックにもそう言って諭され、1人で入浴に行く事を了承したのだとか。


「なんとしてでも、私が付いて行くべきでした……。しかし、主人(あるじ)さまの未来にこの様な事態は、全く見えていなかったのですよ」


意識のない主人を見つめる彼の目からは、悔しさが溢れている。

執事として矜持を持つ者は、自分が付いていながら主人を危険な目に合わせる事を、酷く屈辱に感じるらしいのだ。

誘拐未遂事件の時も、アンジェリカやジェシカの執事は、血が出る程に唇を噛み締めていたし、俺が暴行を受けた時は、ダニエルの笑顔が暫くの間とても恐ろしかった。


「この運命が見えなかったと言うことは、コレは“理”によって定められていたと言うことですよ。貴方にはどうする事もできないことですし、クラック様は生きているのですから、そんなに落ち込む必要はありませんよ」


ダニエルが、とても優しく慰めの言葉をかけている。


ダニエルってば、同僚にはそんな優しい言葉をかけてやるんだな! その優しさを、是非とも俺にも適用してほしいものだぜ!


そんな事を考えていたら、ダニエルが寒々しい笑顔で俺の事を見つめて来た。


こいつってば、また俺の思考を読んでるな!

やめろ! プライバシーの侵害で訴えてやるぞ!!



さて、クラックの怪我の事だけど……。

まだ原因はハッキリと断定していないのだが、恐らく何らかの理由で転んだクラックが床に頭を打ち付けたのだろう、という事だった。


ただ……。

クラックは、扉の方に足を向けるような格好で倒れていたのだ。然も、タオルは濡れていなかった。

つまり、一度浴室へと入った彼が、何らかの理由で脱衣所に戻ろうとしたという事だろう。クラックの身体はそんなに冷えては居なかったので、俺たちが脱衣所に到着する直前に倒れたのだろうという推測ができた。

館内には不審人物の影や不可思議な変化などは何もなかったと言うし、館周囲の雪は、玄関と使用人出入り口以外は踏み荒らされた様子もなかったそうだ。つまり、“外部の人間がクラックを害して逃げた”という可能性は薄いって事だ。

脱衣所には俺とルイス、クラックの3人分の服しかなかったし、浴場にはクラック以外に人は居なかった事もあって、彼の怪我は事故だという事で一応の結論が出た。

何だか釈然としないけれど、今はこの結論で落ち着かせるしかない。


以上の暫定的な話を朝食前にキャンデロロ子爵に説明し、医師を手配してくれた事に礼を述べておいた。

その時の彼の表情が少し気になったのだが、何処がどう気になるのかが自分でもうまく説明が出来ない。今はじっくりと考える時間もない事だし、一先ずは置いておく事にしよう。


朝食に行く前にクラックの様子を見に行くことにしたんだが、まだ彼が目覚める様子は無いらしい。一応この部屋にも朝食を届けてもらうように手配すると言う事を話していたら、大きな音を立てて扉が開いた。

開いた扉の外に立っていたのは……、リリスだった。

クラックの怪我を聞いたリリスは、半泣きでこの部屋に押しかけて来たのだ。


リリスはクラックの手を取って「ごめんなさい、わたくしがもっと気をつけていれば……」なんて呟いている。

その様子と、出発の時のリリスの“ゲームのシナリオ”って言葉から、この冬季休暇の旅行自体が、あの乙女ゲームのスピンオフ作品なんだろうと言う予測はできる。

ただ、どうやらリリスもゲームのストーリーを詳しくは知らないのでは無いかと思うので、今回も“知識チートでサクッと解決”というものは望めないようだ。


ホント、この中途半端な情報チラ見せって、滅茶苦茶イラつくんだけど!



リリスがクラックの看病をしたいと望んだので、リリスの分の朝食は此方に届けてもらえるように手配し、俺たち4人は食堂へ向かうことにした。

俺たちが食堂に入った時には、既に朝食を終えて立ち上がろうとしている一団がいた。

それがウルハラの王子達だったようで、キャンデロロ子爵が両者を引き合わせに来てくれた。

子爵のお陰で、俺は予定通りウルハラの第六王子と対面を果たすことが出来、俺たちが朝食を摂った後でティールームを借りて、改めて面談を行う事が決まった。


「初めてお目にかかります。私はウルハラの第六王子で、ライゼル・フォン・ルーストといいます」

「初めまして。私はフォックス皇国の第一皇子の、カイル・フォックス・ジャステーヌです」


俺たち2人は和かな笑顔で挨拶を交わし、この場では例の件についての話題は一切出さない。

社交辞令的な会話を交わしながら、相手を観察するんだが、この王子は思慮深いのか会話から情報を拾うのが中々大変だった。


何でも、第三側室の子供らしくて自国でもあまり地位は高くは無く、みそっかす扱いなんだとか。なので、今回大役を任されたことが、とても嬉しいのだと言っている。だが、果たしてこの言葉を額面どうりに受け取ってもいいのかどうか判断がつかない。確かに皇国に流れて来ている話でもそう聞いているが、この王子の受け答えを見ていると、かなり厳しく教育されているように感じるのだ。

ただ、彼に付いて来た側近も2人という少人数であった上に、護衛も1人しか連れていないということで、確かに王国からの扱いとしてはあまり良いものではなさそうだと言うことは感じ取れた。

ついて来ている2人の側近も、何だか眠そうな、やる気も無さそうな細身で長身の男と、神経質そうな痩せた男という、何だかなぁといった様子の2人なのが彼の境遇を物語っているような気がする。

しかもその内の1人は元ヘンリーの側近予定であったらしいのだ。なんでも、外交官としての経験を積んで、将来はヘンリーの補佐として活動する予定であったらしい。


おいおい……。

そんな奴をこの場に連れてくるとか、一体どうなってるんだよ?

確かウルハラは、ヘンリーの失脚に伴って正妃が社交界から身を引いた事が切っ掛けで、荒れているって話だったよな?

正妃と近しく付き合っていた貴族が、俺や皇国を逆恨みしているらしくて、何かするかもしれないからって理由で、ライゼルに付き添う側近も問題の無さそうな奴が選ばれた筈じゃなかったのかよ!?

なのに、どうして明らかに問題がありそうな“元ヘンリーの側近候補”なんかを連れて来たんだ??


こんな話を、こんな状況で笑顔で説明し始めるキャンデロロ子爵の意図することが何なのか、俺には全く理解できない。

「気をつけろ」って事なら、ウルハラのメンツがいない時に言うべきだし、唯の情報提供だとしてもこの場でするべき事じゃ無い。

“そんな奴連れて来やがって”とでも言うような嫌味なら、俺のいない時にやって欲しかったし、事前に情報を貰っておきたかった。


チラリとウルハラの3人を見遣れば、ライゼルは只々穏やかな微笑みを浮かべていて、全く内心を読み取ることが出来ない。

やる気の無さそうな細身で長身の男は、どうでも良さそうな顔をして欠伸を噛み殺している。

痩せた神経質そうな男だけは、何だか含みのある視線を俺に向けていた。


なんともわかりやすい反応だ。

この神経質そうな男が、元ヘンリーの側近候補なんだな、うん。


あまりにも解りやすい要注意のテンプレ的な人物像に、俺は呆れるよりもむしろ感心してしまったのだった。

明日は更に登場人物が増えます。

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