16.旅行で一番疲れるのは移動時間
リリスは、買い食いをしすぎたせいで昼食が食べられなかったことが、かなりショックだったのだろう。
休憩の時も、店をひやかすこともなく早々に馬車に引き上げていくようになった。その時の表情があまりにもションボリとしていて悲しそうなので、自然と皆も遠慮して屋台を見回る事を自粛する様になってしまった。
ホントに……。
うちの妹がスミマセンって感じだよ。
それでも、各地の名産を多量に購入したり軽食を買い込むことは欠かさないし、侍女や護衛たちが乗る馬車に差し入れたりすることは忘れていない。
買い込んだ名産品は、必要なら時を止めて保存できる魔術具にしまい込み、それ以外の物も、ゲームでいうところのアイテムボックスのような便利な魔術具の中にしまってある。
これらの物は、子爵領での俺たちの食料となったり、今回立ち寄る予定の街の教会に渡して貧民へ配ってもらうようにするのだ。
俺たち貴族は、こういう旅行に出た時なんかには、こうやって地方にお金を落としてくるってことも大切な義務なんだし、これぐらいの買い物や寄付は最低限の執務となる。
行きと帰りでは出来るだけ同じ街を利用しない様にして、その都度、街の活気や市民の生活の様子を視察しながら、街の店でお金を落とし、経済効果を上げる。
これも、今回の旅行に組み込まれた執務の一つってわけだ。
まったく……。
ホントにあの親父は、俺をどこまでこき使うつもりなんだろうね?
夕食は、昼食以降3回目の休憩で立ち寄った大き目の街で摂る事にした。
リリスも昼食以降は、馬車の仮眠スペースでゆっくりと休んでいたので、無事復活を果たすことが出来たようだ。
「もう、お腹がペコペコで動けませんわ。今ならテーブルでも食べられる様な気が致します」
乗り物酔いの影響で、買い食いしていたものは全てリバースし、昼食も食べていなかった彼女は心底腹が減っていたらしい。
お腹を押さえて、情けなく眉を下げてそういうリリスを見て、皆、苦笑するしかなかった。
ホント、リリスってばもしかしたら元は中学生位だったのかもしれないな。
だって、ミシェルよりも大分幼い気がするんだ。あの子は確か、高校生だったって言ってたから、それより幼いと考えれば中学生、下手をすれば小学生なんてことも……。
いや、さすがにそれはないか。
BSBを知っているということは、それなりの年代だという確率が高い気もするが、あの言動の幼さで俺より年上とかってことは絶対ありえないだろう?
もし、あれで20代後半とか言われたら、俺の中の日本人女性のイメージが崩壊する。
そんな風にリリスの転生前の年齢を考えているうちに、然程待たされることもなく、料理が提供された。
出て来た料理は、どう見ても猪鍋だ。
きっとこれも正確に言えば違う料理なのだろうが、日本人が見れば猪鍋以外の何物にも見えない。
そしてこの料理は、大鍋を皆で突くというものではなく、一人に一つずつ燃料付きで小さめの鍋が提供される。その中には、タップリの野菜と肉がグツグツと煮えていた。
蓋を開ければ、既に食べられるようにと美味しそうに煮えていて、いい匂いを周囲に撒き散らしている。
程よい味付けがついた鍋の出汁を掬った取り皿に煮えた具材を取りあげ、ハフハフと言いながら食べるのが最高に美味い。
この国では飲酒に関する年齢制限の法律も無いから、提供されたビールや日本酒の様な味のお酒も、年を気にすることなく、ドンドン飲めるっていうのも素晴らしい事だよな。
熱燗を飲みながら食べる鍋っていうのは、格別に美味い。そして、冷えたビール片手にアツアツの鍋を食べるというのも、また堪らない。
更には、お代わり用として、野菜と、どう見ても牡丹肉にしか見えない肉が皿に沢山盛られているので、お腹が一杯になるまでいくらでも食べられるようになっているんだ。
マジ、サイコー!
皆で酒を飲みながら鍋を食べるっていうのは、なんだか日本にいたころに経験した打ち上げや宴会を思い出して、凄く楽しい。
ただ一つ残念なのは、一つの鍋を皆で突く事が出来ないってことだろうか。まあそれは、毒の問題だったり身分的な問題だったりと色々とあるんだろうし、仕方ないことでもあるので諦めるしかないよな。
最後の締めの雑炊までシッカリ楽しんだ後、俺たちは再び、一路キャンデロロ子爵領へと向かって馬車を走らせた。
最後の休憩を取る頃には、辺りはとっくに日が暮れて真っ暗になっていたので、空いている店は酒場ぐらいしかなくなっていた。なので、どこによることも出来ず、今回の旅程で最短の休憩となったのだった。
リリスは、折角乗り物酔いから復活していろいろ買いこもうと思っていたというのに、どの屋台も閉まっていることに嘆いていたけれど、こればっかりは仕方がないことだ。
こうして、途中で4回のトイレ休憩と昼食休憩、夕食休憩を挟み、トータル14時間もかけてキャンデロロ子爵領に到着したのだった。
あまりにも長い旅程に、馬車でのんびりと過ごしていただけだというのに、疲れを感じてしまう。
日ごろそれなりに体を鍛えている俺でもそう感じるのだから、女の子たちはもっと疲れたことだろう。
「アンジェリカ、大丈夫? かなり疲れただろう?」
「大丈夫ですわ。最上級の馬車の旅でしたし、途中で仮眠もとらせていただきましたから……」
馬車から降りるアンジェリカに手を差し出しながら訪ねれば、嬉しそうにはにかんでそう答えてくれた。
直ぐそばでは、ルイスとジェシカが同じようなやり取りをしていて、既に周囲は夜の闇に包まれているというのに、馬車の周囲にだけキラキラとエフェクトがかかっているような気がする。
「お兄様、わたくしには手を貸してくださいませんの? わたくしだってとっても疲れているのに」
せっかくアンジェリカと良い雰囲気だったっていうのに、リリスが不貞腐れたように馬車から俺に向かって手を伸ばしている。
えー? アンジェリカのそばを離れて、リリスのエスコートをしに来いってことかよ。
俺が憮然としていると、気を使ったアンジェリカが「カイル様、リリス様もお疲れですので手伝って差し上げて下さい」と言って、手を放そうとする。
だが、それよりも早く動いた者がいた。
「私でよければ、エスコートさせてください。リリス姫」
そう言ったクラックが、甘い微笑みを浮かべてスマートにリリスの手を取り馬車から降ろしてくれた。
俺やルイスにはまだない大人の色気を感じさせるようなその微笑みに、リリスも頬を染めてされるがままになっている。
「道中では、かなりお辛そうにしていましたからね……。なんなら、お部屋まで抱えていきましょうか?」
そういうなり、“ふわっ”という擬音語が見えそうなほど軽くリリスを横抱きに抱え上げて「では、カイル様、行きましょうか」と、俺に声をかけてきた。
リリスは突然の“お姫様抱っこ”に声が出ない様子だ。
女の子なら一度は憧れるらしい“イケメンからのお姫様抱っこ”だからな。思考がショートしていてもおかしくない。
なので俺は、このチャンスを逃すことなく。
「そうだな。手早くキャンデロロ子爵に挨拶を済ませて、今日は早めに休むことにしようか」
と言って、アンジェリカの手を引いたまま出迎えに出てくれていた子爵の元へと、歩を進めたのだった。
もうこうなったら、ここにいる間はクラックがリリスの子守をしてくれればいいのに……。
なんてことを考えていたのは、俺だけの秘密である。
やっと、今回のメイン舞台に到着しました!
ここまでが長かったorz
でも、一話が短めだからそうでもないのかな、うん。
そういうことにしておこう!




