15.遠足の時の子供って、目的地に到着するまでに体力を使い果たすのがデフォ
二台の馬車で王都を出発した俺たちは、大き目の宿場町をいくつか経由して進んでいく事になっている。
まず、王都を抜けて1時間程走った頃から、周囲が雪景色に変わって来た。
“薄っすらとした雪化粧”と言った風情の景色を窓から眺めて走るのは、日本にいた頃、スノボーをしに行った時に見た景色と重なって見える。なんだかノスタルジックな気分になるよな。
長閑な田園風景や山の様子が、余計にそう感じさせるんだろうね、多分。
皆も、一幅の絵画の様なその景色を窓から眺めて、感嘆の溜息を吐いていたんだけど……。
「わあっ! 凄い!! 雪だよ雪!」
まるで初めて雪を見た子供の様に、リリスがはしゃいでいる。
まぁ、日本で俺の住んでいた辺りも滅多に雪が降ったり積もったりしない所だったから、こんな風に雪が積もっている風景を見ると興奮してしまう気持ちはとても良く解る。
しかも、排気ガスで汚れた灰色の雪なんかじゃなく、真っ白なパウダースノーだ。はしゃぎたくもなるよな。
だがなリリス、ちょっと落ち着いて周囲を見てみようか?
皆引いてるぞ? 言葉遣いも皇女としてはアウトだし。
「お兄様、見てくださいませ! 雪が真っ白ですよ!! あれにシロップを直掛けして、食べたくなりませんか!?」
って、そんな余裕ないか。
うん、皆一度は夢見るよな。“積もった雪でかき氷”ってやつ。
その後も、リリスの興奮は止まるところを知らず、1人ではしゃいで1人で喋り続けた。
俺も最初に雪景色を見た時には、テンションがガンガン上がっていたんだが、リリスのはしゃぎっぷりを見ているうちに落ち着いてしまった。
自分より凄いのを見ると、冷静になるって言うのは真理なんだと思ったね。
俺たちは適当に相槌を打ちながら、温かい飲み物片手にのんびりと過ごしている。
ルイスとジェシカは、2人で仲良くココアを飲みながら窓の外を眺めていて、ロマンチックなムードに満たされた空気を周囲に放出しているというのに、俺ときたら……。
リリスに振り回されているおかげで、アンジェリカとの時間が取れない! アンジェリカは「仕方がありませんわ」なんて言って、リリスの大はしゃぎに一緒に付き合ってくれている。だけど、俺だってルイス達みたいに恋人と一緒にイチャイチャした時間が過ごしたかった!
王都を出発して2時間ほど走ったところにある街に立ち寄って、トイレ休憩がてらに軽く店をひやかして回ることになった。
日本にいた頃もそうだったけど、旅行の移動での最初の休憩ってなんだかんだとテンションが上がっちゃって、やたらと色々見たくなるんだよな。時期的にも建国祭の市が立っていて、色々な屋台が出ているから余計に楽しめるんだ。
街のメインストリートには、道の両脇にズラリと屋台が立ち並び、道は人であふれかえっている。
国を挙げての祭りだからなのか、どの街もこの時期は一年で一番活気があって楽しめるようになっている。気候的にはとても寒い時期だというのに、街中がお祭り気分で浮かれているので、寒々しい雰囲気など微塵も感じないのだ。
建国月の間は、市民も貴族も奉仕と博愛の精神を何よりも大切にするので、孤児院にいる子供たちなんかもドンドン町中に出てきて、屋台でいろいろ貰って食べていたりする。
孤児たちはこの時期に色々な人と繋がりを持ち、大人になってからの働き口を自分で見つけているのだ。
俺たちも各々屋台を見て回ることにして、集合時間だけを決めて自由行動をとることにした。
俺はもちろんアンジェリカと二人で回る。護衛にはダニエルとバスチャンの執事コンビと、騎士からはハワードとニコラスが付いてくることになった。
後は、ルイスとジェシカが組み、申し訳ないがクラックにはリリスのお守りをしてもらうことになった。
騎士は全部で5人しかいないので、ルイスたちのところには一人だけしか回せなかったが、安全面での心配は必要なさそうだ。
なにせ、この一人――アレク・J――がBSB内で……いや、騎士団内でも1、2を争う様な実力者らしいのだ。
……侮りがたし、BSB。
立ち並ぶ屋台には、本当に色々なものが売られていた。
市場のように野菜や魚、肉と言ったものから、ソーセージやチーズなんかの加工品などが売られており、規模の大きなマルシェというような装いだ。
かと思えば、何かの肉を使った串焼きの屋台や、この街名産らしい果物を並べている屋台。ホットワインなんかも売られている。
他にも、王都でもよく見かけるお菓子を売っている屋台や、名物料理を出しているところ、後は、アクセサリーや雑貨なんかの屋台もあった。
そんな屋台の数々を見て、皆もテンションが上がっているみたいで、楽しげに色々と買い込んでいた。
大体が、その場所の名物である食べ物とか、体を温めるための飲み物なんかだったんだけど、リリスだけは山程の食べ物と既に“お土産”まで購入していた……。
子供か? お前は……。
次の休憩は昼食も兼ねたものだったんだが……。
はしゃぎすぎたリリスは馬車の中で落ち着きなく過ごし、屋台で買い込んだ物を次々と食べていたものだから、お腹がいっぱいになって昼食が食べられなかくなった上に、乗り物酔いでグッタリしていた。
うん、自業自得だな。
「わたくしも、牡蠣の蒸し焼きや海鮮パエリアが食べたいですぅ!! でも、気持ち悪くて……ぅぇ…、何も口にできないぃぃぃっ!!」
立ち寄った宿場町の名物料理は、海に近い街なだけあって、流石と思えるような海鮮料理だったものだから、リリスの嘆きようはかなりのものだった。
リリスの言う通り、名称こそ違っていたが、出された料理はどう見ても牡蠣とパエリアだ。しかも、スゲー美味い。海が近いこともあって、新鮮な魚介を使っているからこそ、この美味さが出るんだろう。
「せめて、後で食べれる様にタッパーに詰めて持って行きたいですぅ!!」
「姫様が何をおっしゃっているのか、解りかねます」
「そんな!? 酷いですわ!」
リリスが半泣きで侍女に取り縋っているが、ピシャリと拒絶されていた。
……うん。
リリスは確実に日本人だな。しかも絶対に子供だと思う。
「せっかく美味しい魚介が食べられるチャンスだったのにぃ……。吐いても良いから食べたいよぅ」
エグエグと泣きながら、恨みがましい眼差しで俺たちを見ている。
……仕方がない。
帰りもこの街に寄って食事をとる事にしてやるから、マジ泣きはやめてくれ……。
その後、大体2時間おきくらいに休憩を入れた。車の運転でも、長距離を走る時には2時間おきの休憩が推奨されているから、敢えてそうしてみた。
リリスは出発時のテンションが嘘の様に、今は静かに仮眠を取っている。
リリスの世話は彼女の侍女がやってくれるから、やっと俺はアンジェリカと二人きりで過ごす時間を確保することができるようになった。
なのに……。
俺もアンジェリカもリリスの様子が気になって仕方がなく、結局彼女が眠ってしまうまで仮眠スペースで過ごす事になったのだ。
アンジェリカは弟妹がいない分、自分になついてくれたリリスが可愛く思えて仕方がないようで「大丈夫ですか? 何かさっぱりした飲み物でもお飲みになります?」なんて言って、甲斐甲斐しく世話してやっていた。
俺は、アンジェリカのこの様子を見て更に彼女に惚れ直してしまったね。
だって、今まで俺が日本で付き合ってきた女って、誰も彼も自分が一番じゃなくては気が済まない、独占欲の強いのばっかりだったんだ。
奴らは、俺が“彼女”より家族を優先する事がどうしても許せなかったらしくて、妹に難癖をつけたり嘘をついて俺を引き留めようとしたりと、うんざりする様な女ばかりだった。
俺だって、彼女の誕生日には当然彼女を優先するようにしていたし、家族との予定より彼女とのデートを優先したりと、それなりの譲歩をしていたというのに、どいつもこいつもそれだけでは不十分だってごねやがるんだよ!
それでいて、自分は友達との約束やサークルなんかを優先したりするんだぜ? 意味が分かんねぇよ!
その点アンジェリカってば、引くところは引いてくれるし、ヤキモチの焼き方もかわいいし、俺の好みドンピシャな仕草、対応をしてくるんだよな。
まさに、俺に対してだけのプログラミングでも施されているんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
アンジェリカのことを知れば知るほど、彼女は俺のために産まれてきたんじゃないかと思ってしまうんだよ。
アンジェリカってば、マジ魔性。
もう少しでキャンデロロ子爵領に到着します!




