14.リリスのネタ提供力が凄まじい件
やっと旅行に出発します
「お兄様とわたくしの分で、合わせて5名の騎士を選んできましたのよ? 名前は右からニコラス、ブライアン、ハワード、アレク・J、ケヴィンですわ。わたくしは5人纏めてBSBって呼んでいますの」
護衛の紹介を求めた俺に、リリスが胸を張ってそう告げてきた。
紹介された騎士たちは、身体つきこそいかにもな“騎士”って感じだが、そこそこな年代のオッサンばかりで、若い騎士は1人もいない……。
いきなりぶっ込んできやがったな、おい。
いや、俺も好きだよ? バックス。
でも絶対に、ワザワザ俺にこのネタ振りをするためだけに、名前と……見た目もか? で護衛を選んだんだろ?
そんなネタ振りのためだけに、護衛を選ぶんじゃないよ! ちゃんと、護衛としての力量とか背後関係を考えてだな……。
ってまあ、誰を選んでもそう大した違いは無いか、うん。
多分、親父が厳選した騎士達のリストでも渡されて「この中から選べ」とでも言われたんだろう。
で、その中でネタを作ろうと奮闘した結果が“バックス”だった、と。まぁ、そんなところだろうな。
その証拠が、若いのが1人もいないこのメンバーだろう。
親父と宰相が昔から知っていて、信頼がおけると判断できるメンバーを選んだらこの年齢になってしまうんだろうね。
うん。
だがなリリス。
俺は、その程度のネタで突っ込んだりなんかしない。
俺のスルースキルを舐めるなよ? “スルースキル検定”なんてものがあれば、間違いなく名人の称号を貰えるくらい、上級のスキル保持者なんだからな!
リリスは俺が転生者だって確信を持ちたくてこんなイタズラを仕掛けてみたんだろうけど、そんな策略に乗せられたりなんか、俺は絶対にしないからな!
…………ん?
もしかして俺、今盛大なフラグを立てちまったんじゃね?
……いやいや、そんな筈無いよな。うん、ないない。
互いの紹介や挨拶を終わらせた俺たちは、早速馬車に乗り込むことにした。
勿論、俺の隣にはアンジェリカが、ルイスの隣にはジェシカが座っている。
御者席にはダニエルと、アンジェリカの執事のバスチャンが着いた。馬車内の雑事はクラックが連れて来た執事が賄ってくれる予定だ。
ルイスの執事であるドガーと、ジェシカの執事ロンは、護衛の乗り込んでいる馬車の御者席に着いている。
この馬車はかなり大きな作りで内装も豪華仕様となっているので、土足厳禁で中に乗り込み、床に敷かれたふかふかの絨毯に直接座る様になっている。勿論、馬車内にはベンチ状の椅子も用意されているのだが、長時間姿勢良く座っているのはどうしても疲れてしまう。なので、最初から楽な体勢で過ごせる様、今回は直座りを提案したんだ。
床の上には円を描くような感じで座ることにしたから、リリスは本人の希望通りジェシカとアンジェリカに挟まれる形で座ることができている。
俺はどうやら、元々の魂の在り方として“妹には逆らえない”という性質を持っているみたいで、カイルに転生しても妹を可愛がってやりたくなるのは、変わらなかったみたいだ。
中身は本当のリリスじゃなくて俺と同じ地球人だって事は解ってるけど、それでも理屈抜きに“妹”という存在は守ってやりたくなるものなんだよ。それに、本物とか偽物なんて言い出したら、俺だって偽物な訳だしな。
だから、リリスに多少甘くなってしまうのも仕方がない事なんだ、うん。
話を戻して。
この馬車の中には、仮眠用のスペースもちゃんと用意されている。キャンデロロ伯爵の領地までは、魔術馬車を使って休みなしで走らせても優に10時間以上はかかってしまう。途中で何度か休憩を入れたり食事をとったりと言うことを考えれば、実質1日がかりの移動になると思っておいていい。
その為に、魔術馬車にはちゃんと仮眠スペースを用意させておいたのだ。当然、ふわふわの布団を用意することも忘れてはいない!
勿論、目隠しだってちゃんとよういされているから、他の男に寝姿や寝顔を見られる心配も皆無だ。
なので、眠くなればそこで寝転がって過ごすことができる。寝ながら移動するのなら、馬車で過ごす時間の負担がかなり減るだろ?
俺たち男はまだしも、女の子達は服の下にコルセットなんかもつけているんだろうし、多少は寛げるようにしておかないと身体がもたないからな。
あとは、馬車の中には簡易の冷蔵庫的な魔術具や、保温の魔術具なんかも乗っているので、温・冷どちらの飲み物も完備されているし、軽食の準備もバッチリだ!
何ともセレブな乗り物だよ、ホントに。
地球だと、こんな乗り物を所有出来るのは、アラブの王様か戦闘機の様な攻撃的ナイスバディーをウリにしている姉妹くらいなんじゃねえかな。
まあ、こんなに快適な旅程を組むことが出来たのも、親父が多量の魔石を提供してくれたおかげだ。
その事にも、しっかり感謝しなくちゃいけないよな、うん。
馬車の中で旅程の確認をしている時、そんな感じの事を俺が皆に言った所、とんでもない事実が判明した。
それは…………。
「あら、お兄様? 今回の魔石提供は、宰相様が1/4、ウッドロイド伯爵家から2/4、残りの1/4をわたくしとお父様が出したのですよ? なので一番感謝しなければならない相手は、ウッドロイド伯爵家ですわ」
リリスから教えて貰った事実は、驚きの内容だった。
あのクソ親父め!
魔石提供について、散々俺に恩を着せておいて其の実半分も出していなかった、だと?
いや、下手をすれば今回の魔石提供者の中で、一番少ないかもしれない。
あの親父のことだ。多分、ウッドロイド伯爵に「お前の所の息子の所為で、皇国にも息子にも多大な迷惑がかかってるんだけど、どう償うつもり?」ってな感じの、脅迫まがいな事を言って魔石を巻き上げたに違いない。
その一方で、魔石の提供を餌として俺の目の前にチラつかせて、書類関係の執務を多分殆ど俺に丸投げしてきたのだ。
魔石を提供してもらうためだと思って、今日までの数日間、俺がどれだけの書類を捌いたと思っているんだ!!
あの親父には、一度痛い目を見せてやらねばいけないようだな……。
王都に戻ってきた時には、覚えてやがれ!
「いえ……、感謝だなどと、そのような事は必要ありません。ヒューイが皇族であるカイル様にかけた迷惑の数々や、今回同行させて頂く事を考えれば、その程度の魔石ではお詫びにもなりませんから」
俺が親父に不穏な決意を誓っていれば、その気配を察したのか、クラックがとりなすようにそう言ってくれる。穏やかな表情の中には、先程の謝罪の時に見られたのと同じ覚悟が浮かんでいるのが解った。
なんともこの男は人間が出来ている。ヒューイと血の繋がった人物とは、とても思えないよ、うん。
それとも、子供の頃から家族にどうしようもない程の苦労させられると、こんな風に出来た人間に育つのだろうか?
謎だ。
ただ、全てを額面通りに受け取るような油断は出来ないという事も、理解している。
このクラックは、この若さ(確か20歳だったと思う)で宰相補佐の1人として城に出仕しているんだ。しかも、かなり優秀で筆頭補佐になるのも時間の問題なんじゃないかと言われている程のキレ者でもある。この人当たりの良い顔の下には、狡猾でキレ者な貴族の顔が隠れていると思っておいた方が良いだろう。
「ウッドロイド伯爵家には、父上がかなりの無理を突きつけたようだな……。でも、そのおかげでこうして快適な旅程が送れるようになったのだから、父上に代わり私から感謝をさせて貰うよ。……ありがとう、クラック」
こんな時には、自分のビジュアルを最大限活用するべきだ。
俺は必殺の“キラキラ皇子様スマイル”を惜しげもなく晒して、感謝の言葉を述べた。
これで、俺の印象もとても良いものとして記憶に残る筈だ!
敵か味方かはまだまだ判らないけれど、印象だけは良くしておこう。