10.始めて彼女を旅行に誘う時の男って、だいたいこんな感じ
ちょっと下品です
翌日の放課後は、予定通り、学園には居ないジャッキー達や見舞に来てくれた皆に現状の危険性を話す事にした。
ジャッキーとミシェルには、昨夜のうちに既に手紙を書いておいた。
今朝早くに届けさせたその手紙に対して、早速返ってきた返事には「どうせ冬の間はこの館から出ることはできないのだし、何も問題はありませんよ」というような事が書かれていた。
その返答の内容にリア充の気配をプンプンと感じ取ってしまい、俺としては腹立たしい限りだ。
“冬の間は2人で館にお籠り”って、なんだそのエロいシチュエーションは!
ホントにけしからん!!
マジでリア充は滅びないものだろうか!?
1人でプリプリと怒っていたら、あっという間に講義の終了時間になっていた。
まずは、講義が早く終わる3年生のダグラスとエイプリルだ。いつも通り顔を覗きにきてくれた2人に、今日はベッドサイドに用意した椅子を勧める。
この2人は大抵、俺の顔だけ見てお茶を飲むこともなく帰ってしまうんだ。どうやら自分たちが長時間居座ることで、俺に負担を掛けないようにと配慮してくれているらしい。
そんな事、全く気にする必要なんて無いのにな。だが今日は、話しておくことがあるのだし2人を立たせたままでは都合が悪い。遠慮する2人に「話しておくことがあるんだ」と言えば、やっと椅子に座ってくれる。ホント、気遣い屋なのも良し悪しだよな。
「実は……。どうやらウッドロイド伯爵夫人が、俺たちを逆恨みしているようなんだ」
お茶は断られてしまったので、前置きなく本題に入ってしまう事にする。
俺は、昨日ダニエルから教えて貰った内容を、2人に詳しく伝えた。
するとダグラスとエイプリルは、既にある程度俺の話しを事前に予想していたらしく、お互いの家も交えて色々と対策を話し合っていたらしい。
話を聞けば、どうやら、婚約破棄を正式に取り決めた場で夫人と色々あったらしい。
エイプリルが言うには
「ウッドロイド夫人って、嫡男のクラック様よりもヒューイの方を可愛がっていたみたいで、婚約していた時から私の事を目の敵にしていた所があったのですよね……。それに、婚約破棄の了承は事前に貰っていた筈なのに、いざ話し合いの時には夫人はその事を全く何も知らされていなかったらしくて。散々詰られてしまったのですよ」
ということらしく、その時の伯爵夫人の言動から「もしかしたら何かされるかもしれない」と思って、警戒していたそうだ。
2人で過ごしている時にエイプリルからその話を聞いたダグラスは、『彼女の安全を自分が守ってあげたい』と思った事もあって、こんなに早く婚約を決めたんだそうだ。
急な2人の婚約の裏側にそんな事情があったとは、ね。
夫人ってば、ある意味では2人のキューピッドになっちゃったんだな。こんなキッカケでもなければ、この2人がこんなに早く婚約することなんてなかっただろうし。
……夫人、良い仕事してますね!
伝える事を伝えてしまった後、俺たち4人が建国記念までの冬季休暇は王都に居ないという事も言っておく。何処にいつから出かけるのかという情報は、流さないでおく事にした。
下手に情報を持っているっていうのも危険だしね。
そうして、危険が予測出来ているのに、冬季休暇中は何の手助けも出来ない事を詫びれば、2人から「自分たちの事は自分たちで何とかするから、全て抱え込まなくて良い」と、軽く説教されてしまった。
その時のダグラスの表情が、昔のキレのあるものだったから「ああ、こいつは本当に立ち直ったんだな」と、改めて実感する事が出来た。
2人が退室して行った後、暫くしてルイスが。その後間を開けずにアンジェリカとジェシカが訪室してきた。
三人には、俺の寝室の中ベッドサイドに用意してもらっておいたテーブルセットに座って貰い、ダニエル特製のお茶(今日は俺の身体に気を使ったのか自家製ハーブティーだ)を振る舞う。俺はまだまだ安静解除のお許しが出ないので、1人だけベッドの上だ。
暫くは今日あった出来事や、講義の内容なんかについて話しながらティータイムを楽しんで、頃合いを見計らって旅行の件を話題に出した。
ルイスとは昨夜、既に色々な事を十分検討し話し合っている。なので、アンジェリカとジェシカに向けては、昨日打ち合わせした通りの事を説明し、旅行に誘ってみることにした。
ここで大事なのは『下心なんて微塵もないよ? でも、付き合ってるんだし、少しくらいハメを外す機会があっても良いんじゃないかな?』という事を、さり気なく匂わせる事だ。
「……という訳なんだよ、アンジェリカ。だからさ、冬季休暇は“俺の療養”に婚約者として付き合ってくれないかな? 勿論結婚前なんだから“2人で旅行”なんて訳にいかないけどね。だから、俺の将来の側近として、君の兄であるルイスとその婚約者で君の親友でもあるジェシカにも付き合って貰いたいんだ。ヤッパリ、初めての温泉はアンジェリカと行きたいと思ったんだよね」
爽やかで穏やかに見えるよう、柔らかく微笑って見せる。
決してこの時にギラギラした表情を見せてはいけない。あくまでも紳士的に、草食動物になった気分でいなければならないのだ。
ガッついて必死に誘ったりすれば「何かされるんじゃないの?」などという不安を相手に抱かせてしまい、相手に警戒心を抱かせてしまう。「断られても仕方ないよね」位の少し引いた態度でいる方が、相手は安心するのだ。
こういう時は「先っぽだけだから。最後まではしないから、大丈夫」みたいな、嘘丸出しの言葉を使うのではなく、態度とか雰囲気のみで相手を安心させ、言葉では何も約束しないのが正解なんだ、覚えておいたほうがいいぞ?
「どうかな、アンジェリカ?」
「ジェシカも……、僕と一緒の旅行はまだ抵抗がある?」
俺とルイスの、秘技“キラキラ王子様スマイル”でのお誘いを受けて、彼女たちは耳まで赤くなった上に腰砕けている。もし椅子に座っていなければ、確実に床の上に座り込んでいた事だろう。
こんな時は、顔面偏差値が高いのってありがたいって思うよな。
「返事は? アンジェリカ」
「ジェシカも……」
駄目押しのような俺たちの微笑みに、2人は「「はい……。ご一緒させて下さいませ」」と、消え入りそうな小さな声で返事を返してくれた。
この瞬間、俺の勝利は確定したわけだよ。
まだまだ清い関係の婚約者を“初めての旅行に誘う”なんて、日本だったらアレだよ? アレ!
新しいパンツを買いに行かなきゃならないような案件だ。
ただ悲しいかなここは日本では無いので、新しいパンツを買ったとしても彼女にお披露目する機会は訪れないんだけどね。
ホント、そこだけが残念でならない。
あ、そうだ。
旅行の準備をする上での注意点を説明しておかないとな。
「じゃあ、冬季休暇の始まりに合わせて出発する事になっているから、それまでに必要な物の準備は済ませておくんだよ。あと、今回は魔術馬車を使うつもりでいるから、護衛は執事だけ、侍女は1人までという事にしてあるから、そこも考えて準備をしておいて欲しい」
立場的に、俺の護衛を近衛と忍部隊から何人か連れて行かなければならないので、彼女達の護衛や侍女を連れて行くスペース的な余裕が無いんだよね。
借りる予定の魔術馬車は俺たちが乗るぶんと、従者達を乗せるぶんの二台の予定だからしょうがない。
子爵領に到着すれば彼方の館に使える者がいるんだし、不自由する事はまず無いだろうと思うから、そこは理解してもらいたい。
俺の説明に、2人は「当然」といったように微笑み「解りました」と頷いてくれた
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