8.ネガキャンって、フイルムカメラに関係する用語かと思うよね
青少年のイタイ妄想・暴走を含んだ表現があります。
そういうものにイラっとする方は、避けてくださいww
魔術馬車で向かう事が決まれば、あとはルイス達に話して了解を得る番だ。
アンジェリカやジェシカを誘う前に、ルイスには色々と話しておかなければいけないので、早速呼び出してしまう事にする。こんな夕食も終わった時間に呼び出すのは申し訳ないけれど、俺達が今日話し合っておけば明日皆が見舞に来てくれた時には旅行の話で盛り上がる事ができる。
5日後には冬季休暇が始まる。
建国祭が始まるまでに王都に戻ってくることを考えれば、休暇の始まりと同時に旅に出る方が良いだろう。だって、その方が目一杯旅行を楽しめるだろう? 温泉にスノーレジャー、冬の醍醐味をこの世界でも楽しむ事ができるなんて、思っても見なかったんだ。
酷い目にあったばかりの俺には、休暇を楽しむ権利がある筈だ!
そして、休暇の始まりと共に出発しようと思えば、少しでも早く話を進めて用意に割ける時間を捻出した方が良いだろう。
そんな訳で、ルイスにはこんな時間であっても俺に付き合ってもらうのだ。
のんびりとルイスがやって来るのを待ちながら、ダニエルが入れてくれた緑茶を飲む。俺の気持ちはもう、一足先に旅行先へと飛んでしまっている。
「温泉の泉質は何系なんだろうか」とか、「まさか混浴なんて事はないよな? いや、でも、着衣入浴という事もあり得る話だし……」とか考え出したら、妄想が止まらなくなってきた。
だって、着衣入浴だぞ!?
着衣入浴って事は、まず混浴だろう。そして、湯浴み用のちょっと薄い服を着てお風呂に浸かるって事は、だ。つまり、服が肌に貼り付いて身体のラインが顕になるって事だ。
アンジェリカのそんな姿を見せられたら、俺は……!!
いや、待て。混浴って事は、その場には他の男がいる可能性もあるって事だよな。
飢えたハイエナ共にそんなあられもない姿のアンジェリカを見られてしまうのか!? そんな事、俺は絶対に許さない!
もし混浴だったとしても、皇族の力を使いまくって、無理やりにでも男女別にしてやる!!
自分の妄想に1人で腹を立てていれば、扉がノックされた。多分ルイスが来たのだろう。
俺は怒りが収まらないまま、入室の許可を出した。
「やあ、カイル。こんな時間に呼び出すなんて、一体何があったんだい?」
扉を開けて入って来たのはやっぱり、いつでも爽やかスマイルな俺の相棒だった。俺が自分の妄想に腹を立てている様を見ても、ルイスは特に気にする様子もなくいつもの笑顔を崩す事はない。彼にとって俺の機嫌などどうでもいい事なのか、それとも、俺の不機嫌さに思い当たる事でもあるのか。
前者なら泣く。後者なら、間違いなくルイスの勘違いだけど、そういう事にしておくのが無難だ。
そして彼は、何やら資料を片手に持って来ていた。そこから考えれば、ルイスなりに俺の不機嫌な理由に検討をつけているんだろうな。
そんなことより、どうやらルイスの方も、俺に話したい事がある様だ。
ここはルイスの話から聞いて見ましょうかね。
「俺の話の前に、ルイスの持っている資料についての話が聞きたいかな」
「ああ、これ? 実は今日の夕方くらいに、実家から送られて来たんだよ。……どうも王都の、それも下町の貧民が生活するあたりで配られているらしいよ?」
そう言って、ルイスは手に持っていた紙を俺に渡してくれた。
ってか、フォンティーヌ公爵ってば下町にまで情報網を持ってるんだ! すげぇな!!
やり手の宰相様は、国内の隅々にまで目配り気配りしてるって事か。逆に言えば、それくらいの事が出来ないようなら国皇の片腕なんて勤められないって事だよな。
そんな親父さんの教育を、跡取りとして生まれたときから受けて来たんだ。これは、ルイスの将来に期待大だな。
ルイスが右腕になってくれれば、俺の治世は安泰だ。ホント、持つべきものは優秀な側近だよ!
で、だ。
渡された紙の内容はと言うと。
一言で言えば「うわぁ……」って言うような物だった。所謂、ネガキャンってやつだ。
どうやら何者かがこの度の騒動を、ミシェルとエイプリルを悪者にした形で下町に広めようとしているらしい。
その紙によると、ミシェルは娼婦の様に次々と男をタラし込んで破滅に導き(悲しいかな、これは事実なんだよな)、エイプリルとジェシカは、そんな悪女に騙された婚約者を見捨てて新しい男に乗り換えた尻軽女(見るものが見ればそうなるのか?)、という事だった。
「この紙を配りながら「オーガスト伯爵家は自分達の保身に精一杯で建国祭の義務も果たさないつもりらしいし、ローン男爵も悪女の手管にやられて建国祭の精神を忘れている」って、訴えて回っていたらしいよ」
「あー……、そうなんだ……」
紙を配りながら、口上でも語りきかせているらしい。
ん? ジェシカの事も紙の上では弾劾しているのに、建国祭については口上に乗せていないんだ?
なんか、理由があるのかな??
それにしても。
……なんて言うか、うん。
まず、ローリング家やオーガスト家、ローン家を陥れようとするんだったら、ネガキャン自体は中々効果的だと思う。
時期的にも、ちょうど王都中が建国祭の話題で持ちきりな訳だし、特に下町の貧困な民は貴族がこの時期に振舞う酒や菓子をとても楽しみにしているから、それが無くなるなんて聞いたらガッカリする。
民からの信頼を落とすって事を考えれば、とても効果的だよな、うん。
但し、それは本当にその貴族が建国祭に参加しないなら、だ。
一応、この国の貴族の義務でもある“建国祭の振舞い”だぞ? これを実行しない貴族は、この国では“貴族”として認められない。なので、どれ程家計が苦しくても、振る舞う品の品質が他の貴族と比べて低かろうとも、必ずどの貴族も義務は果たすのが当たり前だ。
それに、オーガスト家はこの冬にエイプリルとロートン家のダグラスとの婚約が決まった事をお披露目するんだから、例年よりも振舞いの質を上げてくる事は確実だろう。ロートン家も、その為の援助は惜しまないだろうしな。
それにローン男爵も、娘のヤラカシを挽回する為にも、今年の建国祭は張り切ってくる筈だ。
このネガキャンの首謀者は、その辺りの事をどう考えてたんだろうか??
そして何より……
「なあルイス。下町のその辺りに住む民の識字率って、そんなに高かったっけ? あと、彼らは“貴族”という認識があっても、それが何家か迄の区別がつくのか?」
王都には平民も通う学校があるから、民全体で考えた場合の識字率はそれなりだと思う。
ただ、“貧民”と呼ばれる層が多く住まう下町だけを限定して見た場合、識字率はかなり低かった筈なんだよ。そんな場所で紙媒体を使ってネガキャンって……。
確かに、紙を配るだけじゃなくて口上茶番を演じていたみたいだから、識字率とか関係ないのかもしれないけど、でもなんか残念臭が漂うよな?
「うーん……そうなんだよね。両家を陥れてやろうっていうより、ただの嫌がらせに近いよね」
ルイスも俺と同じ事を考えたみたいで、眉を下げて不思議顔を見せている。ただその紙からは、ヒシヒシと女性3人に対しての悪意が溢れているってことだけは解る。
「何を狙っているのか解らないのって、なんか嫌だな。本当にただの嫌がらせならまだ良いけど、そこに何か企みがあった場合、気付いた時には手遅れだろうしな」
「うん。僕もそれが心配なんだ……。せっかくミシェルが学園を退学して、ヘンリーやヒューイ、ブラッドが学園から居なくなったおかげで平和になったって言うのに、また波風を立てられるとかたまったものじゃないよね?」
ルイスがニッコリ微笑って言う。だけどその笑顔、滅茶苦茶怖いからね!?
絶対に良からぬ事を考えているとしか思えないルイスは、ニコニコと「この件、僕の采配で片を付けても良いかな? 父にはもう了承を貰っていて、後はカイルに了承を貰うだけなんだ」と俺に許可を求めて来る。
言葉の上では許可を求めている癖に、その態度と迫力は「まさか断ったりしないよな、ああぁん!?」といった脅しが、多分に含まれていますよね!?
ルイスとのお話が終わらないorz
1話で終わる筈の話し合いなのに……。なんでだろ?