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7.温泉いいトコ一度はおいで

冬の旅行と言えば、スキ―と温泉だと相場は決まっている。

俺はウキウキと、隣国から王都へ向かう街道沿いにある温泉リゾート地を、次々ピックアップしていた。


その中からいくつか候補を絞った所、現在隣国との外交を主に担当しているキャンデロロ子爵の領地が、最有力候補地となった。

子爵は、自領をリゾート地として発展させていくつもりらしく、以前から俺の所に何度も視察依頼が来ていたりする。

どうやら領地を“皇族御静養の地”として売り込みたいようで、俺以外の兄弟や他の皇族の所――勿論、両親の元へも――へ何度も視察依頼が出されているので、いい加減一度は訪れておかなければいけない場所の1つなのだ。

外交の中心人物が治めている領地だなんて、隣国ウルハラとの秘密の面談にこれほど向いている領地もない。だから今回の会場は、視察も兼ねてキャンデロロ子爵領で良いんじゃないかと思うんだよな。


「なあダニエル。色々と都合も良いし、面談の場所はキャンデロロ子爵領にしないか?」

「キャンデロロ子爵ですか……。まあ、一番無難な選択ではありますね」


俺の提案に、ダニエルはどこか遠くに視線をやり暫く何か思案していたが、フッと1つ息をついて了承してくれた。

その遠くを見る視線は、懸案事項に思考を飛ばしている為なのか、それとも何か未来が見えるのか……。


もし、ダニエルの視線が思考を飛ばしているものだとするのなら、その懸念は俺にもなんとなく解る。


キャンデロロ子爵って、こう…………、良く言えば“向上心とやる気に満ちた人”なんだよ、うん。

つまり、ぶっちゃけて言ってしまえば“野心家でのし上がるのには手段を選ばないタイプの人”ってことね。


そんな人の所に、表向きは“療養”として。だけど実際は、隣国からの“謝罪を受ける場所”として出向いたりなんかしたら、どんな風にその事を利用されるのかって不安は確かにある。

それでも、キャンデロロ子爵は元々が隣国との外交担当者なんだから、今回のヘンリーの失態や彼の執事が起こした俺への暴行事件を、いつまでも隠しておくわけにはいかないだろ? 隣国との外交において、これ程有効なカードはないんだから。

それならいっそのこと、子爵も騒動の一端に巻きこんじゃえば良いと思ったんだよ。向こうが俺たちを利用する以上に、こっちも子爵のことを利用してやれば良いと。


ダニエルも俺がそういう考えの元で子爵領を選んだことを理解しているからこそ、俺の意見に納得してくれたんだろう。


「……ただ、カイル様。キャンデロロ子爵領は、隣国ウルハラとの境界にある領地ですので、移動に少々時間が掛りすぎるのではないですか?」


既にウルハラの王宮を出発して、境界でうちの国からの連絡を待っている状態らしい第六王子は良いとして、俺達がキャンデロロ子爵領に向かうには、通常、馬車で一週間はかかる。

建国祭までには王都に戻っておかなければいけない事を考えれば、遠すぎる距離である事は確かだ。


でもね? ここは魔術具なんて便利なものが当たり前にある世界だぞ?

なので勿論、移動の為に便利な魔術具というものは、ちゃんとあるのだ。


「療養中の息子をこき使った代償として、父上には“魔術馬車”を出して貰おうと思う」


拒否はさせない!

俺はそれだけの働きをしている筈だからな!


「なる程、魔術馬車ですか……。確かにあれを使えば、旅程は1日程で済みますからね。馬車の御者も、私とドガーがいれば事足りますし。……後は、魔石をどれくらい出してくれるか、でしょうか?」


ダニエルは納得の表情で俺の提案を聞き、動力源でもある魔石を出来るだけ多く引き出させる様にと、俺に言葉なく要求してきた。


勿論、魔石をどれだけ用意できるかって事は旅の快適さに関わることなんだから、精一杯交渉させて頂きますよ?


俺やルイスだけなら魔術馬車の乗り心地が多少悪くても良いと思うけど、アンジェリカやジェシカも連れて行くんだから、出来るだけ旅の快適さは上げておきたい。

乗り物酔いでグッタリしている女の子なんて、可哀想すぎて見ていられないからな。


こんな事をいっても、ピンとこないだろう? なのでまず、“魔術馬車”というものの説明をしておこう。


普段俺たちが王都などで良く利用しているのは、馬が箱を引く普通の馬車だ。馬に直接乗って移動する事もあるけれど、馬に乗るには乗馬服を着なければならないし、匂いもつくので基本的には馬車を利用する。

遠出をする時にも、移動手段は基本的にこの二つだ。

ただ、馬車を使うにしても馬に直接乗るにしても生き物が関係しているだけに、色々と融通が利かないところがある。

馬の休憩や食事の時間を取らなければならないし、無理をさせない為にスピードも制限される。無理をさせれば、簡単に潰れてしまうので一日中走らせることもできない。なので、1日で移動できるのは精々数時間程度だ。


これでは遠くの地へ視察に行くのも大変だし、緊急の時には迅速さが大切なので馬車は使えないし、馬なら途中で何度も乗り換えなければならない。

そこで作り出されたのが、魔石を動力源にして魔族である執事が御者を務める魔術具だったのだ。


この魔術具は、地球で言うところの車みたいなものだな。ガソリンの代わりに、魔石を原動力としてその魔力で走るんだ。魔術具自体は疲れることを知らないので、一日中だって走らせることができる。

ただ、スピードや乗り心地なんかは御者の能力に大きく左右されるところがあるので、快適とは限らないのが難点なのだ。それに、魔石からの魔力をこの魔術具に移して扱えるのは魔族だけなので、魔族の執事を置いていない貴族には扱うことができない魔術具でもある。

そしてこの馬車は、魔石を多く使えば使うほど、快適性能がどんどんあがるようになっている。魔術具が吸収できるギリギリ限界の量の魔石を使えば、室内でゆっくり寛ぐ位の快適さで旅ができるのだ。

逆に言えば、使う魔石の量をケチれば揺れもひどくスピードもさして早くはないという、乗り心地最悪な物になってしまうのが難点だろうか。


そして残念なことに、魔石をいくつも同時に扱うことが出来る執事というのは中々いない。なので、魔術馬車というのは、とても便利ではあるけれどあまり使いたくない移動手段第一位に輝いているのだ。


まぁ、うちの場合はダニエルが御者を勤めてくれるんだから、乗り心地もスピードもハイクラスである事は間違いないんだけどね。


そして、御者以外でもう一つ問題なのが魔石。

魔石って、結構高価なんだよ。


その辺に転がっているような物なら良かったんだけど、現状魔石を手に入れる手段は、魔族の国から購入してくるか、ある一定の地域に生息すると言われる魔獣を倒して手に入れるかどちらかの方法しかない。

魔術馬車自体はそれ程高価なものではないけど、使い捨てとなる魔石が高価なせいで貴族連中も中々魔術馬車を使う事は無いというのが現状なのだ。


皇族が所有する魔術馬車は、それ自体も特注品なので普通で考えてもかなりの魔石が必要だ。それをハイクラスな快適さで使用しようと思えば、かなりの量の魔石が必要になるって事で、出来るだけ沢山の魔石を使えるよう交渉をしろって要求されているわけだよ、俺は。

勿論、ふんだくれるだけ踏んだくってやるつもりだけど、こんな時のために運用してある個人資産も、湯水のように投入する予定だ。


アンジェリカとの“思い出に残る、初めての婚前旅行”の為なら、俺は何でもするつもりだ!

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