6.そしてエンドレス
で、だ。
どうやらこのお騒がせな逆恨み夫人は、俺達を貶める為の計画を色々と練って下さっているらしい。
ウッドロイド伯爵も、お家断絶を賭けてまで婦人の言いなる様な事はまず無いと思う。でも、伯爵の夫人への愛がどういうものなのかによっては、話は変わってくる。
執着を伴う様な愛の前では、人は簡単に瓦解して平気で破滅へと向かってしまうものだ。この国の歴史を振り返ってみても、思い当たる事件がいくつもあるのだから、笑い話にもならない。
なので、油断は禁物だ。
伯爵ってば、貴族社会においても結構やり手だったりするもんだから、社交界での影響力はそれなりに大きいし、政治的な発言力もそれなりに持ってたりする。敵に回すと、色々と面倒な人なんだよ。
そんな人物が敵にまわって何かを仕掛けてくる可能性があるというのならなら、確かにアンジェリカ達を王都に残していくのは不安だ。でもそれなら、ダグラス達やミシェル達だって危険じゃねえか?
「危険があるのは理解したし、アンジェリカ達も一緒に連れて行った方が良いっていうダニエルの考えも理解した。でもそれなら、ダグラス達やミシェル達も連れて行った方が良いんじゃないのか?」
俺がそんなに恨まれているって言うのなら、ヒューイを誑かしてこの国から遠ざける切欠を作った癖に、あっさりと他の男を選んで学園から姿を消したミシェルなんて、当然、夫人の復讐リストの筆頭に載っているに違いないだろ?
夫人の恨み的には、俺に対するものよりも大きいかもしれない。
「勿論危険でしょうが、ミシェル様とジャッキー様は冬季休暇中は王家の監視下に於いて、あの場所で監禁生活となる事が決まっていらっしゃいますので。その決定を覆してまで、お二人を連れ出すだけの大義名分が用意できますか? そして、ダグラス様とエイプリル様ですが、お二人は将来の為にも、この冬の社交界には出ておく必要があるでしょう。今のうちに悪い噂を払拭しておかなくては、色々と挽回できませんからね」
俺の意見は、ダニエルの正論に打ち砕かれた。
ダニエルの言っている事は、確かにその通りなんだ。俺だって、それは理解できる。でも、理解できる事とそれを納得することは別なんだよな。
だって、危険があるって解っているというのにそのまま何もしないなんて、本当にそれで良いのか?
勿論俺だって、全てを抱え込める訳じゃない事は承知しているし、今後の事を考えても、彼らにはある程度自力で身を守れる様になって貰う必要がある事も解ってる。それでも、心配になってしまうのはどうしようも無いだろ?
俺が気持ちの折り合いを上手く付けられない事を察したのか、ダニエルが「やれやれ」とでも言いたげにひょいっと眉を上げた。
「其々で安全な拠点を確保できるというのに、何もわざわざ敵に狙われやすい様に一ヵ所に固まる必要なんて、無いと思いませんか?」
告げられたダニエルの言葉に、俺はガツンッと頭を殴られた様な衝撃を受けた。
確かにそうだよな! 鬼ごっこでも、固まって鬼から逃げる様な事はしない。出来るだけターゲットを絞りにくくする為に、分散して逃げるのが定石だ。
休み時間の女子でもあるまいし、何処に行くのも何をするのも「仲良しグループで一緒にやろうね!」なんて、敵からすれば一網打尽を狙う格好のターゲットだよな。単独行動は論外だとしても、少人数の複数グループで別行動をとるってだけで、敵の目を分散して脅威を減らせる良い作戦だ。勿論、安全対策は十分に施しておく必要はあるが。
それに……。
多分この3組みに分かれたとすれば、政治的にも厳重な管理の下にいて手を出すのが面倒なミシェルとジャッキー、手を下しやすい地位と距離に居るけれど、その分いつでも手を下せそうな上、一応意趣返しは済ませてあるダグラスとエイプリルに向けられる危険はかなり低くなるんじゃねぇか? この3組の中でなら、夫人の目が一番俺に向かいやすいだろう事は確実だ。
なぜなら、今回の経緯が経緯なだけに、俺の行動は“ただの湯治”として、しかも極秘扱いとなる。
となると、護衛や警備の人数も必要最低限にしなければならず、一見すればとても無防備な状態となる筈だ。
本当は、俺専属の影部隊から精鋭が付いてくる筈だし、表向いての護衛にも騎士団から実力者が付けられる筈なので、ダニエルまで控えている俺は結構無敵だったりする訳だけど。
そんな事は、夫人は元より伯爵だって知らない筈だしね。
だとすれば、一見危機管理がチョロそうに見える俺が、一番のターゲットになるんじゃないかと思うんだ。
「そうだよな! 夫人の目を俺に向けさせれば……って、それって、アンジェリカ達を一番危険な場所に連れて行くって事だよな!?」
思わず叫んじまったよ!
せっかく良い結論に辿り着けたと思ったのに!
なんか、スゴロクのゴール直前に設置された『振り出しに戻る』ってマスを思い出してしまった。今までの苦労が水の泡って気分が半端ない。
俺の所が一番危険になるなら、アンジェリカやジェシカを連れて行くのはやっぱり納得できん。
俺が危険にさらされるのはしょうがない。それは、俺が生まれながらにして定められた役割なんだから、甘んじて受け止めるし、覚悟もしている。この先国を支えて行こうと思えば、この程度の危険はつきものなんだしな。
ルイスだって、将来俺の右腕になるつもりなら付きまとう危険も承知の上だろう。あいつに限って、覚悟が出来ていないとは思えない。
でも、アンジェリカやジェシカという自分よりも大切な宝物には、例え彼女たちにそれなりの覚悟があったとしても、安全な場所で大事に守っておきたいと思ってしまうのは、男なら当たり前のことだろう?
そんな風に、俺がまた希望と現実のギャップという迷宮に嵌っているというのに、ダニエルはそんな俺を楽しそうに見てやがる。
なんて悪趣味なやつだ。俺の悩む姿がそんなに面白いのかねぇ?
前から思ってたんだけどさ。ダニエルってば、ちょっと思春期の青少年を舐めてるよな?
俺だって、日本で育った『キレやすい最近の若者』の一員なんだぞ? ナイフの様に尖って、触るもの皆傷つける事だってあるんだからな!?
思い切り不貞腐れた態度で睨んでやったら「申し訳ありません」と、やっぱり楽しそうに笑いながら謝られた。
そんな心が全く籠っていない謝罪など、受け付けてやらん!
「そんなことより、カイル様。もう少し考えてみてください」
ダニエルってば、ムッとしたままの俺をサラリと受け流しやがった。「そんなこと」って何だ!? 俺の不機嫌さって「そんなこと」程度のものなのか!?
え? 俺ってば、確かダニエルの主だったよな?
まぁ確かに主の威厳とか、全く感じさせられていないけどな!
悔しい事にどう頑張っても、ダニエルにとっての俺は“出来の悪い弟”位の存在でしかないだろう。俺自身もその立ち位置を居心地良く感じているし、それでもかまわないんだが。だけどそう思ってはいても、腹がたつのはしょうがない。
ただ、どれだけ腹がたっても悔しくても、ダニエルへの信頼が変わるわけでも無ければ、俺が彼に色々と勝てる様になるわけでもないので諦めるしかない。
ホントに悔しい限りだが、ここは機嫌を直して会話を続けるしかないだろう。元々が俺の問題なんだし、な。
「ふぅっ」と大きく息をついて、先を促す様にダニエルに視線をやれば『よくできました』とでも言う様な笑みを向けられた。
ホント、ダニエルには勝てません。
「手の届かない所で危険にさらされる事を考えれば、直ぐ側で守る方が精神的にも良いのではないですか?」
「確かにそれはそうだな。どっちにしても危険が伴うっていうのなら、俺が側で守れるほうがストレスが少なくて済むもんな」
ジェシカの事はルイスに任せておけば問題ないだろうし、仲の良いメンバーで旅行気分が味わえるっていうのは堪らなく魅力的だ。
そうと決まれば、早急に行き先を決めて色々手配をしないとな!
中々お話が動き出さなくて申し訳ないです。




