4.色々言いたいことはあるけれど……
「そう言えばダニエル。今日持って来て貰った書類に、ウルハラの第6王子が学園に留学してくる予定というのがあったんだけど……」
「左様でございます。元第5王子に代り、将来的には外交の中心となられるようで、その根回しとして我が国との関係を正常な状態に戻したい様です。それに隣国からも、殿下に対して手紙や大使の謝罪だけでなく、王族が直々に使者となって詫びたいと仰っていらっしゃるようです。なので、冬の休暇中の間に一度、面談の席を設ける必要がありますね」
ヘンリーの暴挙に対して、隣国からは王直直筆の謝罪の手紙と駐留大使からの謝罪はうけている。だが、ヤツが問題を起こした相手はこの国の皇子(しかも皇太子)なのだから、いくら公にしていないとは言っても、正式な使者を立てて詫びを入れる必要があるというのは理解できる。
その使者として立つのが、ヘンリーに変わって将来外交を担当する予定の第六王子というのも、政策上妥当な判断だろう。
今は俺が療養中という事もあって、隣国も急いで使者を向かわせるという事はしていないが、気持ちとしては早く正式な謝罪を済ませて両国の関係を修復したいと考えているのだと思う。
俺的にはそんな事は心底どうでも良いんだけど、国としての立場ってのも解るから、出来るだけ早く憂いを取り除いてあげたいとは思うんだよな。
「うーん……、どうせ建国祭には招待しているんだろ? なら、その時に謝罪を受けるって言うのじゃダメなのか?」
この国にも、クリスマスの様なものは存在している。
地球ではキリストの生誕祭という位置づけのクリスマスだが、この国では神が建国し、国として宣言した日を記念日として、皆で祈りと感謝を捧げる行事として、存在している。記念日のある月は“建国月”と呼ばれ、この月は国を挙げて祝いが行われるのだ。
記念日に合わせて早くから建国市というものが街中にひらかれ、建国月に入ればこの国はお祭り騒ぎの日々となる。王都を含め各領地の貴族たちも、記念日には行事の一環として、子供には菓子を大人には酒を振る舞う。その為、記念日の貴族屋敷前には、日本の出店の様なものがズラリと並び中々壮観な眺めとなるのだ。
普段は宗教色など然程感じられないこの国も、建国月だけは特別で、街の至る所に神の依り代と言われる狐の姿を模した置物や飾りが見かけられるようになる。さらに、普段は教会から殆ど出る事のない司祭達が、街の中でも貧しい民の多い地域へと出向き、建国の祝いとして国庫から放出された食料を配給して回るようになる。
配給される食料は保存の効くものが中心となる為、この建国祭の時と、神がこの国に降り立ったとされる初夏の降臨際の時に配られる食料のおかげで、飢え死にする国民がでることもない。
民達にとっても、毎年楽しみにしている月なのである。
それ以外にもこの国独自の変わった風習や法律は沢山あるんだけど、それは今は関係ないし、また機会があれば説明する事にしよっか。
と、まあこのように国を挙げての祭りなので、毎年、外交の一環として付き合いのある国へは招待状を送る事になっている。
他国にこの国の建国を感謝して祈って貰うつもりなんて全く無いから、招待するのは、建国月の半ばから記念日まで、だいたい一週間程ぶっ続けで行われる城の晩餐会やパーティーの方に、だ。
当然、隣国へも招待状は送ってある筈なので、その時に時間を作れば良いんじゃないかと思う訳だ。俺だって冬の休暇は城に戻る予定なんだし、到着の挨拶の時ついでに時間を作れば良いだけで、わざわざ面談の席を設ける必要もないだろ?
そう思って、ダニエルに意見してみたんだが、なにやら意味深な笑みを浮かべていらっしゃるダニエルさん。
うん、コワイぞ?
その微笑みの意味するところは、席を別に設ける必要性があるってことですね?
でもそれなら、その理由を先にちゃんと説明しろよな!
ちょっとムッとしながら半眼で視線を向ければ、ダニエルに楽しそうに微笑まれてしまった。
くそっ! あの顔は、ぜってぇ子供扱いしてるよな!?
ちょっと自分が何でも知っていると思って! これだから有能な執事は!!
「…………」
「そんな顔をなさらなくても、きちんと説明は致しますよ」
「………………」
ダニエルは俺の無言の抗議などサラリと受け流して、わざわざ謝罪の席を設ける必要性について説明をしてくれた。
その説明によると。
今回の事件の影響は、隣国でも中々大きなものであったらしく、正妃であるヘンリーの母親が息子への処遇にショックを受けて社交界から姿を消してしまったのだそうだ。そのせいで彼女と懇意にしていた貴族達が、どうやら水面下で反発を起こしているらしい。
表だって正妃との繋がりが解らない貴族も多くいる為、今回の我が国への招待には第六王子とその側近のみが出向いてくる予定となっているそうだ。
しかしダニエルの見立てでは、その側近にも怪しい人物がいるかもしれないので、注意が必要なんだとか。
そんなのが混じったまま建国際に来るなよって思うけど、まあ外交的にはしかたないよな。王族からの直接の謝罪は絶対に必要な事だし、第六王子を側近もなしに他国に送りだす訳にもいかない。
隣国だって人選には最新の注意を払っているはずだけど、完全に大丈夫だなんて誰にも言えないもんな。
まあ、そんな訳で第六王子には城に直接来て貰うのではなく、先に違う場所で“謝罪の場”としてセッティングして落ち合い、危険分子の見極めをしておきたいそうなのだ。
ダニエルが……。
そう、この予測と計画は、ダニエル独自の情報網と観察からのものであって、ウチと隣国の上層部は一切ノータッチなわけだ。俺の了解を取った後、オヤジに予測と計画の報告するつもりらしい。
我が国におけるダニエルへの信頼度はとても高いので、彼からの提案であればオヤジも二つ返事で了承する事だろう。
それにしても、どうしてスーパー執事のダニエルが城での面談を避けたいのかという事だが。
なんでもダニエルは、俺が直接関わる未来が全く見えないらしく(それが面白いから俺専属になったらしい)“領分”以外に於いても、事前の危機回避が結構困難なんだとか。
自分の側に俺が居れば、守る事は容易いみたいだけど、エリウスみたいに予想外の人物が予想外の事をやらかしてくる事もあるし、俺を護る為に邪魔な人間の多い城で対峙する事は避けたい様なんだ。
理由を説明されれば、俺も納得するしかない事だった。
まあ、俺だって城の人間を無駄な危険にさらす気はサラサラない訳だし、隣国から王都までの間にある、どこか適当な場所に出向いて面会する位、大した手間でも無い。
こうなれば、遠出するついでにちょっとした旅行気分を味わって、ストレスの発散でもしようじゃないか。
隣国ウルハラへと伸びる街道沿いには、ウィンタースポーツが盛んな場所や、湯治で有名な温泉どころが多数点在しているのだ。
温泉地へ行くのなら、病気療養としての名目が使えるので、わざわざ謝罪の場を設けたと他の貴族連中に知られることもないだろう。
「その場所へは、ルイス様・アンジェリカ様・ジェシカ様にも一緒に行って頂きますよう、お声かけをしてくださいませ。本当はダグラス様とエイプリル様にも同行して頂きたいのですが、お二人は婚約に関する諸々でお忙しいでしょうから、仕方ありませんね」
「旅行気分を味わうなら、どのあたりが良いかな」なんてウキウキしながら候補地を絞っていたら、とんでもない爆弾が投下された。




