2.だって男の子だもん
「学園を卒業するまでは、色々我慢が必要だね……? アンジェリカの為に、俺はあと3年、頑張るよ!」
「あと3年も……待つ、のですか? ……ジェシカとお兄様のように、2年後のカイル様の卒業に合わせて結婚をするのでも、私はかまいませんわ」
俺が血を吐く様な決意でそう言ったというのに、アンジェリカってばそんな事を言って、俺を誘惑してくる。
ちょっと拗ねたように唇を軽く尖らせ、上目づかいで俺を見る。これ、計算でやってたらちょっとアレだけど、アンジェリカの場合は100%天然だ。その証拠に「唇、とんがってるよ?」と言いながら、指でプルプルの唇を突いてあげたら真っ赤になって両手で自分の口を押え派手な音を立てて椅子から立ちあがった。
「お、お見苦しい所をお見せして……。し、失礼致しました!!」
「ん~? すっごく可愛かったから、何も失礼な事なんてないよ」
挙動不審になってしまったアンジェリカを落ち着かせる為、優しく微笑みかけて声を掛け、椅子に座る様に促せば、オロオロしながらも再び椅子に腰かけ恥ずかしそうに視線を自分の足元に落す。
アンジェリカってば、可愛すぎるだろ!?
俺は自分を押えるのが大変だよ!
抱きしめてベッドに引きずり込みたくなる衝動を何とか抑える為、アンジェリカにばれない程度に視線を逸らしてグッと拳を握る。
思考を桃色の世界から引き剥がし、その上で気を紛らわせる為に、この世界の貴族社会における学園の在り方について考えを巡らせた。
この国では、女性が結婚の為に学園を中退するのは良くあることだったりする。それは、婚約している子息の立場や状況で、結婚の時期を決める為だ。
この国で貴族は男性は18歳、女性は14歳から結婚できる。男女で婚姻可能な年齢に差があるのは、男性は必ず学園を卒業するようにと義務付けられているからだ。
女性の場合は“学園を卒業するのが望ましい”という、なんともふんわりとした定義なので、低階級の子沢山な貴族なんかだと女の子は学園に通わせないという家も多い。そして、男性の方が年齢が上の場合、学園を卒業すると同時に結婚を望む事が多いので、必然的に女性は学園を中退する事になってしまう訳だ。
ルイスとジェシカの場合もきっとそうなるだろうと、アンジェリカは思っているのだろう。ルイス本人からは、まだ何も報告されていないから実際がどうなのかは解らないけど、ヤツの気持ちとしては早く結婚して名実ともにジェシカを自分のモノにしたいだろうな、とは思う。
俺だって、早くアンジェリカと結婚して誰に咎められることもなく、あんなことやこんなことを心いくまで楽しみたいとか思うもん。
でも、アンジェリカは“俺の妻”になるという事という以上に“王妃”になるって事実の方が大きい。なので、出来れば学園はしっかりと卒業しておいて欲しいんだよな……。
どこの世界でも“うるさがた”の人間というのは、一定数存在する。
そういう奴らは“学園を中退した”という事を、汚点と見る可能性が高かったりする。貴族の当たり前の常識なんか無視して、「学園の教育について行けなかった事を隠す為に、結婚を理由にして中退するんじゃないか」とか「身持ちが悪くていつ身篭るか解らないから、慌てて結婚するんじゃないか」等という悪意ある噂話を巻き散らすのだ。
実際、根も葉もない嘘を社交界に流され、そのせいでお互いの家が険悪となり別れてしまう夫婦もいたりするから厄介なんだ。
この“学園を中退して結婚する”という事に於いて、基本的に女性の方が酷く中傷される為、社交界でダメージを受けるのは女性側だけ。例え別れる事になっても、男性側は特に問題もなくある程度の時期が経てば再婚するが、女性の方はその後の良縁はまず望めない。
なので最近は、学園を中退して結婚するように男性側が望む時は、それに付随する理由で離縁する際には男性側に多大なペナルティーが科せられる様、制約する事が多くなった。
その為、男性側も女性が卒業するまで待ったり、そもそも入学前から婚約しているのであれば、女性を学園に入学させずに自宅に家庭教師を読んで学園と同程度の学習をさせる様にするのが、最近の常識になってきている。
アンジェリカやジェシカの場合は、嫁ぐ相手が特殊だったので“学園で学んでいた”という事実があった方が将来の役に立つと考えて、自宅での教育ではなく学園へ入学したのだ。
ジェシカの場合はロバートと婚約破棄した事で、学園に入学した当初の理由が無くなった。
でも、アンジェリカは違う。
出来れば、学園はしっかり卒業しておいた方が良い。“学園”というもの自体が、この国の制度・政策の一環となっているのだから、正妃となるアンジェリカがそれに追随するのは当然のことであって、もし中退なんてすれば“うるさがた”のバカどもに何を言われるか……。
それに俺だって、可愛い可愛い俺の正妃をバカな奴らに軽んじられて中傷されるのなんて、絶対に許せない。そんな事なら後3年くらい、自分の中に眠る“思春期の欲望”など抑えてみせる。
そして、ルイスとジェシカだって、将来的に俺の“側近夫妻”になるのだから、ジェシカには学園を卒業して貰っている方が良い筈だ。
俺は、「早く結婚したい」と可愛く望むアンジェリカに納得して貰う為、そっと彼女の手をとり、視線を合わせた。
「ねぇ、アンジェリカ……。俺だって君が卒業するまでの一年ぐらいはちゃんと待っていられるよ? それに将来の事を考えても、学園は卒業しておいた方が良いと思う。それはジェシカも同じだ。ルイスにもそう言っておくから。だから、ジェシカが途中で退学する事はないと思う」
「カイル様は、一年も私と自由に会えなくても平気なのですか?」
俺の言葉に、アンジェリカは少し不服そうだ。
去年だって俺は学園に居て、アンジェリカはまだ入学していなかったのだから自由に会えたりなんかしなかった。でも、去年とは俺達の関係が変わってしまっている。
仲の良い恋人になった上、今は毎日会って甘い時間を過ごしているせいで、物理的な距離が出来る事が不安なのだろう。
そしてそれは、アンジェリカがそれほど俺の事を好きでいてくれている、という事でもある訳だ。
どこまで可愛いんだろうね、俺の天使ちゃんは!
「俺だって早く君と結婚したいし、毎日会えなくなるのはとても辛いよ? でも、それが君の為になるんだと思えば、いくらでも我慢できる。たとえ毎日会えなくてもアンジェリカが不安になったりしないように、ドンドン気持ちを言葉にして伝えるようにするから……、ね? あとはキスとハグで、俺と一緒にあと3年我慢してくれる?」
「…………(コクリ)」
アンジェリカ専用の甘い頬笑みで、優しく言い聞かせるようにそう伝えると、彼女は嬉しそうな、恥ずかしそうな表情で小さく頷いた。
なんとか納得して貰ったので、ドヤ顔でダニエルを一瞥してから、アンジェリカの手を引きベッドの上に引きあげて抱きしめてしまう。
有言実行とばかりにアンジェリカの頭から顔中の至る所に口付け、トロトロに蕩けている彼女の表情を心いくまで堪能した。
こうやって彼女と過ごす時間って、ホントに宝物だよな!
こんな穏やかな時間を、このままずっと彼女ともども大事にしたいと、俺は心から思ったのだった……。




