ヘンリーの処罰
ジャッキーの父親視点です
ウルハラに厄介者の王子が帰ってきたーーー
このニュースは、何故留学先からこんな時期に戻ってきたのかという理由と共に、恐ろしいほどの速度で広まった。
その理由ーー隣国フォックス皇国の皇子を執事と共謀して害したーーを聞いた者たちは、私を含め「これがキッカケで隣国と戦争になるのでは?」と、戦慄した。
王子が返されるほんの1週間ほど前に、私の息子が1人の少女と共に「スパイ容疑」で隣国に捕らえられ、同じグループに所属していたという隣国の伯爵家次男が、厄介払いをされるかの様にこの国の学校に留学させられてきたばかりだ。
そんな時期に、第5とは言えウルハラの王子が、皇国の皇子に直接手を下して害するなど、両国の緊張が一気に高まってしまうのではないか。
そんな風に、この国の民は皆考えたのだ。
だが、隣国はこの事件をあまり大袈裟に取り扱うつもりは無いらしく、我が国に求めてきたのは『ヘンリーの王族追放と、今後の彼の管理を偏執的な趣味を持つヘンリーに執着していそうな人物に預ける事』という、ものだった。
勿論、こんな事件を起こしたのだから、王族からの追放は当然だ。
普通ならその後は、隣国への“国として戦争をする意思はありません”と示すために処刑するか、生涯を通して離宮に幽閉するかが、選べる方法としては最適だろう。
だが、隣国が望んだのはヘンリー王子がカイル皇子に行うつもりだった“行為”そのもの。
私はジャッキーの未来予知でヘンリーの趣味を知っていたので、隣国からの要求には素直に納得できたが、王と王太子以外の王族ーーとりわけヘンリー王子の母である正妃様は、隣国の要求に過剰な反応を見せた。
「なぜ、フォックス皇国はその様な酷い仕打ちをヘンリーに望むのですか!? 離宮への幽閉で十分ではありませんか!!」
「ヘンリーがカイル皇子にしようとした事を考えれば、隣国としては当然の要求だろう? 戦争を回避出来るだけありがたいと思うんだ!」
「母上……。貴方は知らないのでしょうが、この国にもヘンリーの犠牲になった女性が既に何名もいるのですよ? 何度注意しても態度を改めず、国内での問題を収束させるために留学させれば、留学先でも問題を起こす……。もう、誰にも奴をかばう事など出来ないのです……」
「私の息子は、王子の監視を任されていましたが、その王子の企みの影響で、現在、隣国に囚われているのです。誰も、王子を止める事が出来ない状況で、王子の行動を正さず尻拭いしかしない執事が協力したのですから、皇国の望む処罰を与えるのは当然のことでしょう……」
王妃の喚き声での不満に、王、王太子、私が冷静に意見する。
現在、この会議室の中では、私たち以外にも国の重臣が数名集っているのだが、誰も彼もハラハラした表情で私達を見ているだけで、意見を出してくる事も無い。
誰もが、隣国との戦争を避けるためなら、「自業自得の王子など見捨ててしまえば良い」と思っているのだ。
王子を「可哀想」などと思っているのは、実の母である王妃様だけ。
実の父親も実の兄も、国の将来を考えて末端の王族を切り捨てる気満々なのである。
本来ならば、不安の芽を潰すためにも処刑してしまいたいところだが、隣国が『死ぬより辛い目に遭わせて欲しい』と望むのであれば、それに従うのが筋だ。
誰もが納得している処分だというのに、王妃の“我が子への情”という理由だけで隣国との関係を悪化させる事など出来ない。
「もし、其方が王妃である立場よりも“ヘンリーの母”としての立場を選ぶというのであれば、其方にも離宮へ引きこもってもらう」
「!!!」
王の最後通牒とでもいう様な言葉に、王妃様は形の良い綺麗な瞳を見開き、絶句してしまった……。
どれだけ、子煩悩と言っても一国の王妃。
その立場をわきまえろと言われれば、どんな辛い選択であっても受け入れるしか無い。
「ヘンリーがこんな問題を起こすまで、奴を放置していた我々にも責任はあるのですよ……」
「…………」
何度も、ヘンリーの矯正教育を行おうとしていた王太子が、その度に息子を甘やかして教育を妨害し、最終的には有能な執事に尻拭いをさせる事で、表面上を取り繕う事を選択した王妃を遠回しに責める。
その言葉の真意は「甘やかしたお前の自業自得だ」という事なのだろう……。
同じ王妃から産まれてきたというのに、どうしてこの兄弟はこんなにも違うのか……。
ヘンリー王子に、王太子の半分でも真面な思考が備わっていれば、こんな結末を迎える事など無かった筈なのに……。
自分にソックリな見た目のヘンリーを、王妃様が無駄に溺愛したせいで、今回の事件は起こり、この結末を迎えたのだから、彼女には自業自得と思って諦めてもらうしか無い。
会議でヘンリー王子の今後の処遇が決まれば、後の対応はとても早く進んだ。
昔から王妃様に惚れている、かなり偏執的な趣向を持つ貴族がいるのだが……。
ヘンリー王子は、その人物に預けられる事となった。
その人物の元で、残りの生涯を幽閉されて過ごすのだ。この先の王子ーーもう王族では無くなったのでヘンリーと呼ぼうーーがどのような一生を送るのか、時々隣国へも報告しなければならない……。
その役目は、我がファイン公爵家が請け負う事になった。
私の息子ーージャッキーは、このまま皇国でカイル皇子の側近となるつもりでいるらしい。
こちらとしても、皇国に太いパイプ役ができる事は願っても無い事だ。立場的にも、そう国に帰ってくる事は出来なくなるであろうが、そんな事が問題にならない程の利益がある。
ジャッキーには、既に向こうで婚約者が出来たらしく、その女性と仲睦まじく過ごしているという。
来年、ジャッキーが学園を卒業するのを待って、結婚する予定だそうだ。
女性の方は学園を中退する形になってしまうが、女性の場合、そんなのはよくある事だ。
もし、来年までに子が出来るようであるなら、結婚の時期を早めるとも聞いている。
……。
貴族としては外聞の悪い事であるが、王族では無いので、どちらの国でも婚前交渉にも結婚前の妊娠にも、あまりうるさく言うものは居ない。
ジャッキーの婚約者だという女性が、ヘンリーや、この国に追い払われてきたヒューイという伯爵家次男達の“共通の想い人”である事だけが、唯一の気がかりなのだが……。
この国の全寮制の学校に潜り込ませている諜報部からの報告では、ヒューイという若者は、甘やかされて育ったダメ貴族の見本のような人物らしい。
自国では通じる自分の権威が、この国では一切通用しない事に相当焦れているそうだ。
このままでは、いつ問題を起こしてもおかしくない様であるが、今回の事件の事もあり、そう簡単に皇国に返却する事も出来ない。
その代わり、『何か問題を起こせば、遠慮なく罰してくれてかまわない』と言われているので、何か問題を起こすようであれば、容赦なく処罰を与えてしまおう。
それが、私にできるジャッキーと未来の娘の為に出来る精一杯の事だと思うから……。
結構エグイ処罰ですね……。




