楽しい監禁生活
ジャッキー視点で、監禁生活についてです。
城に『監禁』という名目で連れてこられてから、もう3日になる。
この3日間、形ばかりの事情聴取をされる以外、豪華な部屋でのんびりと過ごしているのだが、ミシェルには一度も会っていない。
おれにあてがわれれている部屋は、各国の要人を迎えるための貴賓室。
食事も、『流石は王族!』とでもいう様な豪華なものが提供されているし、自分の境遇に対する不満は一切無い。
カイル殿下の計らいだから、ミシェルだけが酷い目にあっているという事はまず無いだろう。その辺りの心配はしていないのだが……。
3日も彼女の顔を見ていないと、どうしても心配にはなってしまう。
「あの……、ミシェルはどんな様子でしょうか?」
ミシェルに逢いたくて、どうしているのか気になってしかたなくなった俺は、部屋に食事を運んできてくれた従僕に、丁寧に尋ねてみる事にした。
「ミシェル様の事は、全て皇女のリリス様が手配されています。お二人はとても気があう様で、仲良くされていますよ」
「そうですか……。安心しました」
柔らかな笑顔を浮かべてそう教えてくれた従僕に、おれも笑顔で答える。
皇女直々にミシェルの世話をしてくれているのなら、無下に扱われている事など、まず無いだろう。
しかも、仲良く過ごしている様だし……。
おれ以外の人物と仲良くしているという部分には、かなりの嫉妬を感じるけれど、ミシェルが問題なく過ごせている様子なのに対しては、かなりホッとした。
ブラッドによる監禁事件の後。ミシェルの媚薬の効果が消れるまで、おれの部屋で過ごしたあの時、おれの中での彼女へ対する想いが、ある一線を超えたのを感じた。
『愛しい』『守ってあげたい』『幸せにしたい』そんな想いを超えて、おれの全てをかけてミシェルと人生を共にしようと、強迫観念にも似た想いが産まれたんだ。
その為なら、国を捨てることも、親兄弟を陥れることも、何だって出来ると思った。
薬の効果に引き摺られて、おれを求めて啜り泣くミシェルを、ただ抱きしめて、慰める様なキスを与え続けた。おれの腕の中で、小さく体を震わす彼女が愛しすぎて、頭がおかしくなりそうだった。
『この子を守る為には、この先おれはどうすれば良いんだろう』と、そんな事ばかりが頭の中を占めていく。
きっとあの時は、『監禁』なんてされたことで気持ちが高ぶって、思考回路がおかしくなってしまっていたんじゃ無いかと思う。
今は、気持ちが落ち着いたのか、そこまでの高ぶりを感じないけど、次にミシェルにあった時、おれはどんな感情を彼女に対して持つのだろうか……。
ミシェルに対する不安と心配。
そんな気持ちを抱えたまま、更に、3日の時が過ぎた。
今日は朝から、荷物の整理などする事が多くて忙しい。……そう、おれとミシェルの隠れ家が用意できたらしく、今日からそちらに移動することになったんだ。
“隠れ家”では、おれとミシェルは一緒に暮らせるそうだから、顔が見れないーー会えない不安は、無くなる。ただ、ミシェルと再会したおれが、どんな感情を彼女に感じるのか、今はそれが一番不安で気になる事なんだ。
城から“隠れ家”迄は、別々に移動させられた。
当初は、侍女が数人と執事が城から派遣される予定だったけど、こちらに回せる執事はいなかった様で、おれの執事がこの家を取り仕切ることになったらしい。
彼ーーロイドは、ファイン公爵家の執事だが、おれの専属になる事が決まった時に、『有事の際は、ジャッキー様の執事として、公爵家から出る事もあります』と宣言していた。
今思えば、ロイドにはこうなる運命が見えていたのかもしれないと思ったりもする。
「ジャッキー! 逢いたかった!!」
この1週間、逢いたくて……顔を見たくて堪らなかった愛しい少女が、喜びの言葉と共におれの胸に飛び込んで来た。
頬をバラ色に染め、潤んだ眼差しでおれを見つめてくるその様子は、おれの知っている彼女そのままで……。ひどい扱いをされていた様子など、微塵も感じなかった。
そして、学園にいる時は、どこか不安定に揺れていた彼女の気配が、ピンっと一本芯が通ったかのように、揺るぎないものへと変わっていたのだ。
おれが心配していた、『彼女に会えば、おれの何かが変わってしまうんじゃないか』という不安も、肩透かしに終わった。
そう、おれの心には何も変化が無かったのだ。
ミシェルのことを愛しい、守ってやりたいとは思うが、暗示にでも掛けられたような『全てをかけて』というものでは無い。もっと熱い、けれども穏やかな想いなんだ。
「ミシェル……、おれも逢いたかったよ。寂しく無かった?」
「ジャッキーに会えないのは寂しかったけど……。あのね……、実はお城で『やっちゃん』に会えたの!」
ふんわりとした笑顔でミシェルが告げてくる。
『やっちゃん』って、あの、いつも空を見上げながら呼んでいた友達か!?
ミシェルは、前世でその友人と一緒にいるところを『とらっく』という物に襲われて死んでしまい、この世界に『転生』して来たと言っていた。
なら、その『やっちゃん』とやらも、ミシェルと同じ時に命を落として、この世界に『転生』していたのだろう。そんな人物が、この国の皇族に近しいところにいたなんて……。
「あのね、リリスっていうこの国の皇女様が、私のお世話を色々手配してくれてたんだけど、そのリリスが『やっちゃん』だったの! 私、ビックリしちゃったよ!!」
ミシェルの話に、おれの方が驚いた。
皇族に近しい人物だろうとは思っていたけど、まさか、皇族そのものだったとは……。
でも、これでミシェルの将来の安全は、かなりの割合で保障されると思う。
おれの肩の荷も、すこし軽くなったように感じる。
ミシェルの精神が落ち着いたように感じたのも、きっと、同郷の親友が見つかったからなのだと思った。
「そうか……、よかったな。 ……じゃあ、もう、おれなんて必要ない?」
「……!!」
あまりにも嬉しそうにミシェルが笑っているから、ついついやきもちを焼いて心にもない言葉を言ってしまう。
すると、ミシェルはみるみるうちに瞳を涙で溢れさせ、眼差しを不安定に揺らがせ始めた。
おれは、ミシェルのその様子を見て、本能的な危機を感じ、慌てて彼女を強く抱きしめる。
「うそだよっ! ちょっと『やっちゃん』に嫉妬しただけだ。もしミシェルが『もう要らない』なんて言ったら、ヘンリーじゃなくておれが監禁してやるからな!?」
「言わないよぉ! ジャッキーが要らないって思うまで、ずっと側に居たい。……好きなの。ジャッキーの事が、す……っ!」
最後まで言わせずに唇を塞いだ。
なんて可愛い事を言うんだろう!
このまま、寝室に連れ込んでしまいたい!!
「そんな事、絶対に言わないから。……だから、死ぬまでおれの側にいるんだぞ?」
キスの合間に0距離で囁けば、真っ赤な顔で小さく頷いてくれた。
調子に乗ったおれは、「寝室に行って、一緒に寝ようか?」とお誘いをかけてみたのだが、その答えは「ばか……」という小さな声と、胸に抱きついてくる仕草。
それを都合よく受け取って、速攻で抱き上げて寝室へ運び、その後は夜までずっと甘い時間を過ごしたのだった……。
まぁ、何にせよ。
おれとミシェルは、ヘンリーの影響下から抜け出し、二人の未来に向けて進み始めた。
この先には、まだまだ困難な事が多くあるだろう。
ミシェルは、おれの彼女への気持ちに不安を感じると、おかしな能力を発動するようになったみたいだし……。
でも、おれが揺るぎない愛情で彼女を包んでいれば、問題は何もない筈なのだ。
今回、愛情を示す方法も増えた事だし、今後は、彼女を不安にさせる暇もない程愛を囁いてあげよう。
おれは今、そんな事を思いながら『隠れ家』での軟禁生活を楽しんでいる……。
ミシェルの力は、精神的に不安定になると暴走します。