44 こんな時は、身体鍛えててホントに良かったと思う
暴力表現があります。
苦手な方は、避けて下さい。
俺の部屋に押し入って来たヘンリーは、ニヤニヤ笑いながら何種類もの魔術具を、次々に発動させ始めた。
ヤツの執事は吹き飛ばした扉を元に戻し、その後、何故か身動きが出来なくなっているドガーの所へ向かい、魔術具で拘束した。
っていうか、俺以外は皆、身動きが出来ないみたいだ。
これ、俺は動けるって事を知られて良いのか?
解らないから、取り敢えずは“動けない振り”をしておく。
椅子に座ったまま、ヘンリーの行動を注視する。するとヤツは、俺が動けなくて怯えているとでも思った様で、ニヤニヤとゲスい笑顔を浮かべて近寄って来た。
その姿の小物臭さと言ったらまぁ……。
「やあ、カイル、おはよう。動けなくて、脅えてるのかい?」
ヘンリーの勝ち誇ったドヤ顔が、スゲーウザい。魔術具を見せつけながら、「これは、ウチの執事が開発した物で、範囲や人物を指定して行動を制限できるんだよ。」なんて、今発動させている魔術具のウンチクを、滔々と語り始めた。
……執事が作った魔術具?
それを主に使わせて、こんな犯罪の手助けをしてるのか?
え?それって、もしかしなくても……。
確かめる様にドガーに視線をやると、軽く瞬きをして肯定される。
だよな。やっぱり「執事の領分」に反してるよな…。
そらぁ、ダニエルがあれだけ怒る訳だ。ダニエルは執事の仕事に、誇りを持っている。
執事の行動の根源は、『領分』で決められている。執事達はそれぞれ、才能や魔力の差で認められる『領分』が変わって来る。
自分の行動に多くの選択肢を求めたいならば、『領分』を広げる為に努力しなければならない。
そしてダニエルは、自分の『領分』を広げる為に、子供のころから色々な努力をして来たそうだ。そのおかげで、歴代最優秀の成績と魔力で、最高ランクの執事になれたらしい。
転生した後、あまりにも万能な“執事”という存在が気になって、執事について聞いた時に、色々教えて貰ったんだが、その時のダニエルを見て、「本当にこの仕事が好きなんだな」と思った。
そんなダニエルは、勿論「領分」をとても大事にしている。だから、今回のこいつ等の行動は、彼の逆鱗に触れた筈だ。
まずこの執事は、地獄を見るだろう。
ヘンリーも、今回は自分で行動してしまっているし、王族からの除籍は逃れられない筈。
だとしたら、ダニエルが戻って来るまでの時間を、どうやって繋ぐか……。
ドガーみたいに、悔しそうな演技をするのは、トラウマ発生イベントが起こりそうなのでパス。
自尊心を擽って、今回の計画についてもっと語らせるのも良いかもしれないが、すっげーウザい事になりそうだから、嫌。
ムシすると、さらにウザくなりそうだし……。
どうしようかなぁ……。
「恐怖を感じてるのかい?麗しい顔が引き攣ってる……。でも、“本当の恐怖”は今から始まるんだ。」
色々考えていたら、何か勘違いしてるヘンリーが拘束用の魔術具を片手に、俺の方に手を伸ばしてきた。
その様が気持ち悪過ぎて、思わずヤツの手首を掴んで、小手返しの要領で投げ飛ばしてしまった。
立ちあがってきたらめんどくさいから、倒れているヘンリーの腹にさらに一撃入れておく。「ぐぶぅっ!!」なんて呻き声をあげているヘンリーから、魔術具を取り上げて、停止させようとしたんだが、どうやって使ったら良いのか解らない。
もたもたと魔術具をいじってたら、ヘンリーの執事と目が合った。
「っ!?何故、あなたは動けるんですか!?」
動けなくなっているドガーに、更に何か魔術具を使おうとしていた執事が、驚きすぎて若干裏返った声を出す。思わずといった様子で、ドガーを突き飛ばし、手にしていた魔術具の発動を止めた。
しかし直ぐに冷静さが戻ったようで、俺のすぐ側に音もなく移動してくる。
俺も多少は、前世での武道の心得もあるし、カイルとして剣術や護身術も身に着けてはいるが、執事ってやつは、存在自体がイカサマだから敵う訳が無い。
「やはり、あなたはこの世界のバグの様ですね……。バグごときが、私の計画の邪魔をなさるのでしたら、やはりそれなりの対応をしなければいけませんね……」
なんて呟いて、ドガーに使おうとしていた魔術具を使い、椅子に座った状態で俺を拘束した。
身動きできなくなってしまった俺だが、ヘンリーはしばらく動けないだろうし、BLイベントが発生する事もあるまい。
だから、ダニエルが戻って来るまでは、これで良しとしようか。
「この状況で……なんで、そんなに余裕なんでしょうね?……本当に、腹立たしい主従ですよ!!」
俺が満足して笑っていると、何故か逆上されてしまった。
その直後、頬に衝撃。どうやら殴られたらしい。それもパーじゃなく、グーでだ。俺は男の子だから、前世(?)でも、殴り合いの喧嘩の一回や二回は、経験した事がある。でも、その時は自由に動く事ができたから、殴られる衝撃を上手く逃す事も出来た。
今回もそんな風に、ダメージを最小限に抑えたいのだが、上手くいかない。
かなり力任せに殴られた感じなのだが、椅子が床に接着されているかのようで、倒れる事もないのだ。つまり、衝撃を逃がす事ができない。
殴られた力が、全てダメージに還元されてしまうのだ。これは、かなり痛い。
更にもう一撃いれられた。
伝説のあのセリフ、「二度もぶったね!」を言うチャンスだが、今は空気を読んで止めておこう……。
ココでは誰にも突っ込んで貰えないだろうし……、さらに逆上されそうだ……。
それに、俺はロバートと違って、ちゃんと空気は読めるから、TPOに合わせた発言が出来るからな。ただ、心の中で考える事は止められないんだから、そこは見逃して欲しい。
それにしても、……いてぇ。
俺ってば、顔だけが取り柄なんだからさ。顔への攻撃はやめて欲しいよな。どうせならボディにしてくれよな。
「本当に不遜な男ですね。」
俺の思考を読み取ったのか、苛立たしげにそう吐き捨てて、次は腹に蹴りをいれられた。
「やめろ!エリウス!!そいつに手を出すんじゃない!!!」
「やめろ!!他国の皇子に手をあげるなんて、執事として許される行動じゃ無い筈だ!!」
俺が派手に殴られ始めると、ヘンリーとルイスが大声をあげて、執事の行動を止めようとし始めた。
もちろん、そんな言葉で俺への暴力が止まる事は無い訳だが。
「バグは、消滅させておく必要があるんですよ」
なんて言いながら、俺への暴力を続行する執事。
一発、二発と腹に蹴りをくらい、三発目の蹴りが繰り出された所で、ヤツの動きがピタリと止まった。
一時停止のボタンを押したように、とても不安定な体勢で固まっている。
……やっと戻って来たよ……。
「遅いぞ、ダニエル。」
身動きする事無く声を出した。
音もなく俺の真横に現れたダニエルは、無表情に指を一つ鳴らし、
「遅くなりました。本当に、申し訳ありません……」
感情を押えこんだ声で俺に告げた。
ダニエルの指パッチンで、俺達の拘束は全て外れる。
ホントに遅いよ、ダニエル!俺のイケメン顔が、台無しになったじゃないか!!
そんな事を考えていたら、ダニエルの無表情が少し緩んだ。
余裕が少し戻ったみたいだな……。
俺が、こんな風に暴力を受けるのは、きっとダニエルの予想の範囲外だったんだろう……。
まあ俺的には、BLイベントが巻き起こるより全然マシだから、この位の暴力で済んで良かったと思っている訳だが。
そして俺の事よりも、もっと気になる事が……。
「ダニエル……」
「アンジェリカ様は、勿論ご無事です。異空間に部屋ごと閉じ込められておりましたが、すでに元に戻してあります」
どうやらアンジェリカも、無事だったみたいだ。
なんか変な現象が起こってたみたいだが、後でゆっくり聞こう……。
ホッと、した……ら、痛み…が……。
俺はそのまま意識を手放したーーー
ホモセクハラは回避できましたが、その代わりに暴力を振るわれてしまいました




