40 自分の愚かさに自覚の無いヤツには、何を言っても無駄!
ヒューイは、今回で退場です。
ダニエルがこんな風に、他の執事に厳しい発言をするとは思わなかった。しかも今回は、敢えて逆上させる様にこちらから仕掛けたのだし、ヘンリーの行動は思う壺じゃ無いか。
ドナドナされて行くヘンリーの背中を見ながら、俺は不思議に思ってダニエルを見上げる。
何故止めたんだ?
俺的には、多くの人がいる場所でヘンリーに危害を加えられるなら、その方が手っ取り早くて良かったんだが……。
人が多い場所=証人が多くなる、だから言い逃れもできないだろうと思っている。
俺の表情から、正確に意志を汲み取ったダニエルが、「やれやれ」とでも言いたそうに苦笑した。
「ここで、あのような騒ぎの起こし方をすれば、思わぬ被害が出てしまいますよ?」
「もう少し影響を考えましょうね」と、言われてしまった。勿論、俺にしか聞こえない様に。
そのダメな子を見る様な瞳と言い方に、俺は傷ついた!
慰謝料を請求するぞ!?弁護士を呼んでくれ!
だから止めて、そんな瞳で見ないで!
しかし、そう言われて、良く考えてみれば……。
確かに、あちこちに余計な影響が出そうだ。
計略に巻き込まれるのと、衝動的な暴力を受けるのでは、俺の周囲に対するその後の処分がまず違ってくる。
ヘンリーは、自国に連れ帰られるかもしれないが、王族からの追放まではないだろう。政治的な立場は弱くなり、色々と将来に影響は出るだろうが、それでも『王族』としての対応は受けられる。
まぁ、それでもこの国から出て行ってくれるなら、俺は構わないんだけどな。
そして、俺の直ぐ近くにいたのに『その程度の突発的な害意から守る事も出来なかった』と、ルイスやアンジェリカが責任を追及される恐れがある。俺の周囲に付くという事は、そういう事態からある程度俺を守れる様に教育されている、という事だ。
なのに、咄嗟に動けなかったというのであれば、それは『無能』という事になってしまうのだ。
2人がそんな風に判断されるなど、絶対に避けたい事態だ。
そして、護衛も兼ねた執事であるダニエルにも、影響が出るだろう。学園に執事を連れてくるのは、生活面の事も勿論だが、何よりも護衛としての役割があるからだ。
運命には逆らわない彼らだが、突発的な事故や暴力からは必ず守ってくれる。だからこそ、彼らが手を出さない時は“救えない”と、皆が認めるのだ。
と、ここまで考えれば確かに、殴られ損にしかなりそうにない……。
やっぱり俺ってば、詰めが甘い……。
でも、だからって、あんな瞳で俺を見てもいい理由にはならないんだからな、ダニエル!
次やったら、本気で慰謝料を請求するからな!?
俺は多感で傷つきやすい年頃なんだ!こういう事が切っ掛けで、非行に走る恐れだってあるんだぞ!?
傷ついたという事を目一杯視線でアピールしてみたが、ダニエルには軽く肩をすくめた程度でスルーされてしまった。
なんて執事だ!
ちょっと……、いや、かなり優秀だからって、調子に乗ってるんじゃないだろうな!?
そんな態度を取るなら、俺にも考えがあるんだぞ!偉い人に言いつけて、注意してもら……
「殿下……。焦って、現実逃避したくなるのも解りますが、そろそろ真面目に……」
俺の方が注意されてしまった……。
どうやら俺は、早く片を付けたくて、かなり焦ってるみたいだ。
でも、焦っているからこそ、もっと慎重になる必要がある。今日の挑発で、ヘンリーは近いうちに、必ず何か行動を起こしてくるだろう……。
その時を狙って、今度こそ決着を付ける。
ただ、一体何を仕掛けてくるつもりなのかが、問題だよな……。ブラッドの件があるから、向こうの国も下手にヘンリーに魔術具や、薬を用意する事も無いだろうとは思うが……。
可能性としては、否定できないんだよな……。
「カイル様、大丈夫ですか……?」
考え事をして、黙り込んでしまった俺を心配したアンジェリカが立ち上がり、両手で俺の頬を包んで聞いてくる。
俺を見つめるアメジストの瞳が、不安そうに揺れる様を見て、考え事は夕食後に回す事にした。アンジェリカにこんな表情をさせてまで、今直ぐに考えなければいけない事じゃ無いからな。
不安そうに俺を見つめるアンジェリカをこのまま抱きしめたいが、ここは人が多すぎるし、見せつけたい人物の一人である、ヘンリーは連れていかれてしまった。
ここは、場所を変えてイチャイチャするのが一番良いだろう。
では、場所を変える事を提案しようか。
「あんまり大丈夫じゃないから、今から執務室に移動して慰めてくれる?本当は俺の部屋に行きたいんだけど、今日の執務がまだ残ってるんだ……。ルイスも、手伝ってくれるか?」
「OK。じゃあ、移動しようか」
立ちあがって、アンジェリカの腰を抱いて促しながら、ルイスにも誘いをかける。ルイスもすぐに立ち上がり、ジェシカを促して歩き始めた。
俺達4人は仲良く移動を始めたんだが、入口の側には何故か、まだヒューイが此方を睨んで立っている。
ちょっとコイツ調子に乗りすぎじゃね?
いっぺん〆とくか?
どうせ今夜には、連れ帰られるから放っておいても良いが、少し立場を理解させておかなければ、何処に行っても同じ事をやらかしそうだ。
「ヒューイ、そろそろ俺とお前の関係と、立場を考えろよ?幾ら幼馴染でも、学園から卒業した後もそんな態度を取る様なら、許さないぞ?」
ヒューイの肩に肘を乗せ、耳元で低く凄む。今までヒューイにこういう態度を取った事が無いので、ヤツはかなり驚いたようだ。
っていうかさ、コイツの執事は何してるんだ?いまも姿がないし。苦言を呈する事とかないのか?コイツの家柄で、専属執事がいないなんてあり得ないだろうし、一体どうなってるんだ?
それに、家での教育もどうなってるんだよ……。確かに、ウッドロイド伯爵夫人は我が子に甘いが、ヒューイのこれは、そんな事じゃ済ませられないだろう?
もしかしてヒューイも、俺が次代の王になるって事が、本当の意味で理解できてない?
“自分の甘えを許してくれる、幼馴染のお兄ちゃん”位にしか認識出来てなさそうだよな、コイツ……。
「俺は、自分を害そうとするようなヤツを側に置く気は、全く無い。お前がそんな目を俺に向ける限り、この国で要職に付ける気も無い。その辺りの事を踏まえて、もう一度、自分の立場を良く考えろ。嫌なら、国を出る事を考えるんだな。」
「…………」
最後の情けで、何処がダメなのかを教えてやるが、ヒューイは悔しそうな表情で、唇を噛みしめて俺を睨んでいる。
やっぱ、ダメみたいだな……。
もう、ヒューイは見限る事にして、俺達はさっさと執務室に移動した。
執務を手早く片付けながら、どうやってアンジェリカとイチャイチャするか考える。
俺的にはお膝抱っこでアレコレしたいんだが、ルイスもいる所でそれは流石に……ねぇ?
二手に分かれるのは、現状として得策ではない。
大人しくお茶だけ楽しんで解散するか?
それは、嫌だ!
ついたてでも立てて、室内で別れるか……。
ルイスに目を向けると、むこうも俺を見ていた。
その表情から読み取れるのは、俺と同じ事。
「「ぷっ!!」」
2人で思わず、吹き出してしまった。
まったく……今の俺達の脳内は、ピンクすぎる。これだから思春期ってやつは!
お互い恋人にメロメロすぎて、この色々と制限された現状の中でどうやってデートを楽しむかに、思考の大半が支配されているんだよな。
ホント、早く問題片付けて、自由に思いっきりデートしたいよ。
俺が、この件を早く片付けたいと焦る理由の大半は、安全の為だ。でも、それ以外の理由の殆どは、「はやく存分にイチャ付きたい」って事なんだ。
その後は手早く執務を片付け、それなりにお互いデートを楽しめたので、まぁ満足はできた、かな?
次回は、ヘンリーが動き出す?




