4 喧嘩か?なら買うよ?
確か、新入生の今日の予定は、午前が諸々の説明で、午後からは親睦会を兼ねたお茶会だった筈だよな?
俺も午前中の説明の際に、挨拶に来るよう言われている。
本来なら、昨日の歓迎パーティーの際に行う筈だったものだ。
なら、アンジェリカを迎えに行って、そのまま一緒に会場に向かえばいいな。
そう思った俺は、女子寮に向かう為、一度自室へ帰ることにした。
気分は急ぎながらも、優雅に自室の前まで戻って来たら、俺の部屋の前にロバートが立っていた。そして、俺の姿を認めるなり此方に駆けて来る。
「やあ、カイル!」
「おはよう、ロバート……。何か俺に用かな?」
「いや、ほら、昨日のパーティーにお前来てなかっただろう?どうしたのかと思って、さ……」
そう言いながら、ロバートは落ち着きなくキョロキョロと目を泳がせている。
こんな所までやって来て、何の用だろうか? ……ってか、なんか挙動不審だな……。
これは……、もしかして……。
「その前の日に倒れたせいで、Drストップがかかってな。……それよりもお前、聞いたぞ?昨日のパーティーで騒ぎを起こしたらしいじゃないか?」
釜をかけてみる事にした。
多分その件で、何か俺に言いたい事があるんだろう。
「あ、あの騒ぎは、俺じゃなくてお前の婚約者がだな!」
ーーーロバートは、堰を切ったようにアンジェリカに言われた内容や、自分の正当性を必死に言い訳し始めた。
ああ、因みにこいつが俺に対してこんな偉そうな喋り方なのは、カイルが自分の友人達には『公私』の『私』の部分では友人として接する様に言っているからだ。
大人の目の届かない学園生活の間は特に。
しかし、いくら学園にいる間は多少の自由が許されているとは言え、最低限のルールぐらいは守ってもらわないとな。
昨日のロバートの振る舞いは、明らかに貴族の常識を逸脱した行為だった。その行為の所為で、こいつが恥を掻くのは自業自得だとしても、それ以上に婚約者を貶めるんだって事を理解させる必要がある。
昨日の被害者は、ロバートのせいで恥をかかされたジェシカであって、人前でアンジェリカに嫌味を食らったお前じゃ無い。
お前のは、自業自得なんだ。
それを理解させるため、俺はコイツでも理解できる様に言葉を選ぶ。
「だがな、ロバート。ここがいくら’’学園’’で、本当の社交界ではないと言っても、最低限としての貴族の振る舞い、ルールを守る必要はあるんじゃないか?」
「……それは、そう…、だが……」
「お前の行動は結局、婚約者を傷つけたうえに、周囲の嘲りを受ける様に誘導したんだぞ? アンジェリカに嫌味を言われ、プライドを傷つけられたとしても、それは自業自得じゃないか?」
突き放す様に、やや冷たく言ってやる。
これで理解してくれれば良いが……。
しかし、こいつは脳筋バカだから、変にアンジェリカに恨みを持ちそうだよな。
……なら、もう一押ししておくか。
「お前に嘲りの目が行く事で、婚約者がそれを回避出来るのであれば、その方が数倍良いだろう? それが紳士として、傷つけてしまった女性への責任の取り方じゃないか?」
少し声のトーンを優しくして、微笑って言ってやる。
「そ、そうだな!俺は、自分への醜聞で婚約者を守った紳士、だよな!!」
若干ロバートの顔がにやけている。こいつは紳士道、騎士道という言葉に弱い。騎士団長を務めるレッドフォード侯爵は、理解の悪いコイツにわかりやすい様、全てにおいて紳士道・騎士道を絡めて教育した様だった。
だからロバートには、紳士や騎士を絡めて説明してやる必要がある。っていうか、そうしないと理解が出来ない。
その代わり、この二つのキーワードを絡めるだけで、簡単に納得してくれるのだが……。
しかし……。やっぱり、こいつはバカだ。
きっと頭の中では「自分を犠牲にするオレ、カッコイイ。マジ紳士!」とでも思っているんだろう。
こういうバカを見ていると『イラッ』っとするが、アンジェリカの為だと思って我慢しよう。
そう考え、嫌味を我慢している俺に対して、あいつは爽やかに笑って、
「まあ、あんなキツイ婚約者がいるお前の方が、オレより色々大変だよな!」
なんて言って、俺の肩を軽くポンッと軽く叩くと、「お互い頑張ろうぜ、じゃあな!」なんて、言いたい事を言って走り去っていった。
………………ロバート、お前は俺に喧嘩を売っているのか?
あのバカのせいで、彼女に会う時間が無駄に減ってしまったじゃないか!!
俺は自室に戻るとすぐに、彼女の元へ先触を出す。そして、自室に生けられている花瓶よりピンクの薔薇を一本抜き出し、棘が付いていない事を確認するとそれを持って彼女の元へ向かった。
俺が女子寮に到着すると、すでに彼女は入り口で待ってくれていた。
支度をするのに時間が掛かるだろうし、それなりの時間を待たされると思っていた俺は、急いでしかし優雅に彼女の元へ歩み寄る。
「おはよう、アンジェリカ。ゴメンね? 急に来てしまって」
持っていた薔薇を手渡し、すまなそうに笑ってみせる。
「おはようございます、カイル様。私もお会いしたいと思っていましたので、謝らないで下さいませ……」
アンジェリカは嬉しそうに薔薇を受け取り、ふわりと笑った。たったそれだけで、キツく見られがちな彼女が、柔らかい雰囲気になるから不思議だ。
うん。今日も可愛いね!
心の中で、ビシッ!とサムズアップしておく。
午前の説明会までにはまだ時間があるので、俺たちは中庭に向かう事にした。
この学園には、テーマにそって幾つかの庭が作られている。イングリッシュガーデンや、芝生と木立をメインにした公園の様なもの、日本庭園と数種類の中庭がある。
今回は、公園様の庭に向かう事にした。そこが一番寮から近いのだ。
中庭に着くと、大き目の木の下に設置されているベンチへ、2人で並んで座った。
アンジェリカは、なんだか恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにはにかんで薔薇を見つめていた。
「昨日はゴメンね。一緒にいれなくて……」
「いいえ…、大丈夫でしたわ。お兄様も側に居て下さいましたし、あれぐらいの事は騒動とも呼べません」
騒ぎがあった時に、側にいれなかった事に対しての謝罪も暗に含ませて伝えると、その意図をちゃんと汲み取ってくれる。
勝気な笑みを浮かべて此方を見るその顔に、ムラムラっとした物が込み上げ………ゲフンゲフン。
本気で可愛すぎる。
……ちょっとぐらいなら、良いかな?
幸い、誰もいないようだし。
そっと肩に腕を回すと、慌てたように俺から視線を外して俯いてしまう。仕方が無いので、見える範囲ーーーーこめかみ、頬、耳元、髪に次々と軽いリップ音をたてて、軽く触れる様なキスを送った。
そんな軽いスキンシップに照れて、アンジェリカは真っ赤になって若干震えているのだが、その姿がまた、とても可愛い。
そんな事をしながら、俺は何か頭の片隅に引っかかる物を感じていた。重大な何かだと思うのだが、それが何かは思い出せない。
……まあ、アンジェリカと別れた後で考えれば良いか。
今はこの甘い空気を十分に堪能したいし……な。
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そんな事を考えていた俺の腕の中に、この甘い空気をぶち壊す何かが悲鳴と共に落ちてきた。