38 バカップルってやってる方は楽しいけど、周囲はやるせないよね
お久しぶりです。
「いいかい、アンジェリカ。今度こそ、ヘンリーには近付いちゃだめだよ?」
「ジェシカもだよ?アンジェリカがヘンリーに近付いて行ったら、君だけでも逃げて、僕に知らせに来てね?」
その日の朝、2人を迎えに行った時にヘンリーの事を説明する事に決めたのだが、二手に別れて其々に説明するんじゃなくて、2人纏めて釘を刺しておく事にした。
俺達の子供に言い聞かせる様な説明に、そんな風に云い聞かされる事に心当たりのありすぎる2人は、バツの悪い顔をしていた。
「……解りましたわ。今度こそ、絶対にお約束致します」
「ルイス様……。その時は、直ぐに……あなたの腕に逃げ込みに行きます……」
………。
アンジェリカの返事は、叱られた子供みたいな顔をして、反省を述べてるって感じだけど……。
ジェシカ、なんか違くね?なんで、トロンとした貌でルイスを見てんの?
そっとルイスの顔を盗み見たら、こちらも蕩けそうな頬笑みでジェシカを見つめてた。
まさしく“2人の世界”ってやつ。
お前ら……。
くっ!バカップルめ!!
直ぐ側には、親友と実の妹がいるというのに!
きっと2人には、俺とアンジェリカは見えてないんだろうな……。
まぁ、今は2人にとって蜜月ってやつだろうし、しょうがないのかもしれないけど……。すぐ側から漂うピンクな空気が……、すっごい、居心地悪いんですけど……?
あぁっ!俺以外のリア充には、今直ぐ爆発して欲しい!!
俺がやっかみ全開な事を考えていると、ふと視線を感じた。
其方を見ると、アンジェリカが何かを期待する瞳で、俺をチラチラと見ている。
構ってあげますか?
→はい
いいえ
こんな選択肢の幻想が見えそうな様子のアンジェリカ。
こんな可愛いモンスター、即効で構い倒してあげますよ?
それにしても……。アンジェリカも、バカップルしたかったの?
そうか……。ならここは、婚約者としてしっかりと答えてあげなければ!
俺はそっとアンジェリカに近付き、手袋に包まれた手を取り、指を絡めるように手を繋いだ。所謂、恋人繋ぎってヤツだな。
そのまま指を動かして、手の甲を撫でる。
「こんな所じゃ何もできないから、これで許してくれる?」
唇が触れるほど耳の近くで小さく囁くと、真っ赤になったアンジェリカが嬉しそうに頷いてくれた。
「じゃあ、ソロソロ行こうか。」
俺はそのまま皆を促して、歩き始める。
本来のエスコートとは、大きくずれた俺の所作にルイスは「やれやれ」とでも言いたそうな顔をしているし、ジェシカは何だか羨ましそうに見てる。
そして、アンジェリカは……。
恥ずかしそうに真っ赤な顔をしてるんだが、その表情は“満足な猫”ってな感じで……。
お気に召したようで、何よりですよ、お嬢さん。
放課後は、いつものようにカフェテリアで待ち合わせ。
あ、因みに。クラスまで迎えに行かないのは、俺達と彼女達のどちらが早く講義が終わるか解らないからだ。俺達の方が遅ければ、彼女達は人気のなくなった講義室で待たなければいけなくなる。しかも、どれ位の時間を待つのかも解らない。それなら人の多い間に、人の多い場所へ移動する方が安全だ、と考えてそうしてるんだ。
実際、無茶な突撃さえしなければ安全な筈なんだけど……。そこは、ねぇ?
今日は、俺達よりも早くにカフェテリアに来ていた2人は、いつものテーブルで優雅にお茶を飲んでいた。
2人を見つけた俺とルイスは、笑顔で近付こうとしたんだが……。
「2人とも、久しぶりだな!」
一人の男が、彼女達に声を掛けながら近付くのに、気付いてしまった。……ロバートだ……。
あいつ、勇者すぎるだろ……。
あんな騒ぎを起こして謹慎までくらったっていうのに、その相手に何事も無かったように話しかけるとか、常識じゃ考えられん。
例えば、謝罪をしたかったんだとしても、もっと人目の無い所で声を掛けろよ!
声を掛けられたアンジェリカとジェシカも、ポカンとしてるじゃないか……。
やっぱり、ちょっとやそっと親に怒られた位(跡取りから外されたのが『ちょっと』なのかは謎だが……)では、あいつの常識のない厚かましさや空気の読めなさが改善される事はなかったか……。
「ジェシカ、あの時は済まなかったな。紳士として、許されない行動だった。アンジェリカも、すまなかったな。しかしアンジェリカは、もう少しお淑やかにならなければ、カイルに呆れられてしまうぞ?」
「ははははは」なんて笑いながら、ロバートは相変わらず空気を読めない事を言っている。
マジであいつ、最強だな。
バカは強い……。失う物が無いってか、何を失ってるのかも解って無いんだろうな。
この光景をルイスはどんな顔で見てるんだ?周囲の気温が、どんどん下がって来てるような気がするんだが……。
そっと隣を窺うと、真っ黒な笑顔が……。
魔 王 様 降 臨 !
ロバート、命が惜しければ直ぐに逃げるんだ!お前の将来は、すでに暗いものになってるというのに、このままじゃ貴族としてさえ存在していられなくなるぞ!!
「すみませんが、私に話しかけないで頂けますか?あなたに話しかけられると、私の醜聞になります。婚約者にも申し訳が立たなくて、とても迷惑ですわ!」
なにか良からぬ企みが頭の中を占めていそうなルイスの表情。思わず顔を引き攣らせてそれを見ていた俺の耳に、今まで聞いたことも無いような、ジェシカのきつい声が聞こえてきた。
その言葉を聞いたルイスも、驚いて黒笑顔が消えている。そして、徐々にその表情が蕩けていく。
「ジェシカ……」
ルイスは蕩けた微笑みを浮かべ、甘い声でジェシカの名前を呼んで三人の元へ近付いて行った。ジェシカの後ろに立ち、彼女の所有権を主張するかのように抱きしめて、頭のてっぺんに「ちゅっ」なんて音を立てて口づけている。
「遅くなって御免ね。今日は久しぶりに長い時間離れてたから、寂しくなってしまったよ……。君は、大丈夫だった?」
「ルイス様……。私も、寂しかったです。それに……とても逢いたかった、です……」
「ん。僕もだよ……」
背後から抱きしめてくるルイスに、甘える様に体重を掛け、直ぐ側にある腕に顔を擦り付けるジェシカ。
そんなジェシカを「可愛くて仕方ない」みたいな、ハチミツも真っ青な甘ったるい微笑みで見つめるルイス。
あー、君達?
ココって、部屋じゃないからね?皆、見てるんだからね!?
甘い2人の世界を作り始めた2人に、ロバートが呆けた顔をしてるんだが、それはどういう意味なんだ?
まさか、2人の婚約を知らなかったとか……。いや、さすがにそれはないよな?
俺が感じた事は、ロバートの反応を盗み見ていたルイスも感じたようで、僅かに目を細めている。
だが、ルイスのそんな反応はほんの一瞬で、直ぐにまた恋人を甘やかす表情に戻り、周囲に見せつける様にイチャイチャし始める。
「お前達……。ジェシカの新しい婚約者って、ルイスだった、のか?」
ロバートが、なんだか茫然としたような声で、問う。その声を聞いて、ルイスはさも今初めてロバートの存在に気付いたかの様に反応してみせ、黒い笑顔を向けた。
「やぁ、久しぶりだね。ロバート。……僕の婚約者に、何か用かな?例え用事があるんだとしても、彼女に声を掛けて欲しくないんだけど……?あんな形で破談した元婚約者にこんな所で声を掛けられて、おかしな噂が立ったらどうしてくれるんだい?」
恐ろしく綺麗な笑顔で、あからさまに「近付くな!!」と牽制する。さらに、「今後彼女に用がある時は、僕に声を掛けてくれるかな?」と、バカなロバートでも理解できるように釘を刺していた。
この様子だと多分、ホントにロバートはジェシカとルイスの婚約を知らなかったのだろう。それが、ただ伝え忘れていたのか、レッドフォード侯爵夫人の考えなのか(おそらく後者だろうが)は解らないが、ロバートがかなりショックを受けた事だけは理解できた。
「そ、そうか。……すまなかったな……」
さすがのロバートも、ルイスの毒には勝てなかったようで、シュンとして俺達に背中を向けたのだが……。
俺はその背中に、主人に叱られた大型犬の哀愁を見たような気がした。
ジェシカには、是非リベンジさせてあげたかったので……。




