3 ロバート、お前というやつは
学園へ到着すると、正門の前で馬車を降り、入学式の会場までの並木道をゆっくりとエスコートして歩く。
今の季節だと、緑の盛りも終わり、徐々に木々が色づき始めた状態だ。そんなロマンを感じる並木道を、アンジェリカと一緒に歩けるなんてしあわせだ。
そんな中で言いたくはなかったのだが、共に歩く道すがら、この後の歓迎パーティーに俺は出席できない事・後のエスコートは俺と同学年で彼女の1つ歳上の兄、ルイスに託してある事を伝えた。
「解りましたわ。……昨日、倒れたとお聞きしています……。そのような体調でここまでエスコートして頂いて……、有難うございます」
彼女も昨日俺が倒れたことは知っていたらしく、笑って了承してくれた。
彼女の瞳に有るのは、俺への心配と感謝。しかし、少しの寂しさも含んでる様に感じてしまう。
ちょっとションボリして、うつむいている様に見えるのは、俺の妄想が見せる幻覚じゃないよな?
幻覚じゃないなら、彼女を慰めるのは俺の役目だよ、な?
「ごめんね、アンジェリカ。本当は今日1日君のエスコートをしたかったんだが、医者と執事の許可が降りなくて、ね……」
そう言いながら、少しづつ彼女の頭に顔を近づけていく。
スッと周りを確認すると、上手い具合に周囲には誰もいない。
「……この埋め合わせは必ずするから、期待してて?」
頭頂部に唇を落とし、続いてビックリして立ち止まった彼女の耳元に唇を付け、そっと囁いて伝えた。最後のオマケで頬にも軽く口付ける。
決まった。トリプルコンボ!
だが、これは初心者の練習様の技だ。俺の口説きはもっと凄いぞ?
だが……。どうやらアンジェリカには刺激が強すぎた様で、彼女は動かなくなってしまった。
言葉も出ない様だ。
初っ端から、やりすぎた。
そう思った俺は、処理能力の落ちたパソコンみたいになってしまった彼女の背中に手を添え、そっとエスコートを再開した。
その後は、誓って、エスコート以外はしていない!
しかし結局、会場に到着するまで彼女の’’エラーコード’’が解除されることはなかった……。
ウブすぎるアンジェリカが、まじ可愛すぎる件……。
医師との約束通り、入学式が終わってルイスに彼女を預けると、俺は音もなく現れたダニエルに捕獲され、自室へ連れ帰られた。
自室に着くなり、すぐさま着替えさせられ、ベッドへ追いやられてしまう。
天蓋を見つめながら考えるのは、勿論アンジェリカの事だ。
見た目も反応もモロ好みで、スゲー可愛かった。
一つ一つの動作が、俺の好みのどストライクなんだよ。勿論、見た目も!
紺碧って具合の長い、毛先が巻かれた髪も、意思の強い宝石の様な紫の瞳も、細っそりとした指も、細くて、しかし必要な肉はしっかり付いている体も。
ホントに全てが好みだった。
そして、気の強そうな美人が俺の挙動に翻弄される姿は、正にギャップ萌えだ。
性格もゲームの通りなら好ましいはず。コレばかりは見極めるには時間が掛かるだろうが、まぁ、まず外さないだろう。
て、いうか。一目惚れしちまったよ。いや、マジで可愛すぎるから。
絶対に俺の物にする! まあ、既に俺の婚約者なんだけどね?
もっともっと、俺にメロメロに惚れて貰うって意味でさ。
確実に好かれているとは思うが、安心は出来ない。
ありがたい事に、カイルの見た目は最高級だ!’’The王子様’’ってな感じの金髪にグリーンの瞳。そのルックスから出る甘い笑顔は、ゲーム攻略中の妹も悶えるほどだった。
この容姿をフルに使おう!
こんなルックス、こういう時に使わなきゃ、勿体無いからな。宝の持ち腐れにするつもりは無いのだ。
俺の持てる全てを投入して、気合を入れて口説き落とす。
今日の感触では、彼女は口説かれる事に耐性がないみたいだった。なら、最初は言葉と少しのスキンシップから始めないとな。
少しずつ耐性を上げていって、一月位でハグとキスができる様になれば良いかな……。
焦らず、少しずつ彼女を俺のものにする!
俺は今日の彼女の反応を思い出しながら、そう誓ったのだった。
翌朝、食堂で朝飯を食ってると、思わぬ噂話を聞いてしまった。
どうやら、ロバートが婚約者のエスコートをそっちのけで他の女に構っていたらしい。
その女っていうのは、まあビッチなわけだ。
しかし、男子寮でこれだけ噂されるって事は、女子寮ではキット、もっと凄いんだろうな……。
ジェシカ……、泣いてなければ良いが。
そういえば、ゲームでのあいつらの出会いイベントって、確か入学式だったんだよな。確か、会場の外で迷ってたビッチをロバートが助けてやるってシナリオだった筈。
しかし、その後の歓迎パーティーでは何も起こらなかった様な…… 。
って待てよ? コレって、隠しキャラ攻略ルートに入ってんじゃねえ? もしかしたら、逆ハーレムルートかも?
て事は、アンジェリカ……。2人に対して強烈な嫌味ぶちかましてる筈だな。
ルイスがそばに居たんだから、多少はフォローしているとは思いたいが…… 。ジェシカが関わることだし、ルイスのフォローは当てにできない、か……。
後で、詳しい情報聞いておかないとな。
朝食の後、ルイスの部屋を訪ねて、昨日はどうだったかそれとなく尋ねてみた。
案の定、アンジェリカは、強烈な嫌味をお見舞いした様だ。それを、「うちの妹はやっぱり最高だよね」なんて黒い笑顔で讃えている、シスコンなルイス。
いや、アンジェリカが最高なのは、俺だって認めますよ?
「だって、あれ位言われて当然でしょ? ジェシカ、泣いちゃってたんだよ。周りのバカな女達には聞こえよがしに嘲笑されてたしさ」
ブルーの瞳を眇めて、首を傾げる。その時にサラリと頬にかかる薄茶の髪も、コイツのお綺麗な顔を引き立たせていた。
やばい、ルイスが本気でキレている。程度的には、激おこくらいか?
アンジェリカが嫌味を炸裂してくれたおかげで、その程度で収まっているのだろう。
こいつはいつも、とても静かに黒ーくキレる。(カイルの 記憶)
ジェシカってのは侯爵家令嬢で、ルイスとアンジェリカの幼馴染だ。
カイルも彼女の事は子供の頃から知っているが、記憶では従順な「癒し系」ってな感じの可愛らしい容姿をした少女だった。
ルイスにとっては、もう一人の妹みたいなものだ。
……まあ多分、それだけじゃないんだろうけど、な。
腹黒シスコンキャラのルイス(カイルの記憶)がゲームで殆ど出てこなかったのは、ジェシカの心のケアを優先していたんじゃないかと、俺は思っている。どのルートでも、ジェシカとロバートの婚約破棄イベントは起こるようになっていた。その後のジェシカの事は、ゲーム内で語られる事は無かったが、多分ルイスに癒されていたんじゃないかと思うんだ。
だから、攻略対象になっていないのが不思議なほどのルックスとキャラなのに、ルイスは攻略対象の中に入っていないのだろう。きっと設定を作り込んでたら、ビッチの付け入る隙がなくなったんだろうな。
ゲームの中でのルイスへの扱いは、製作者の愛が見えてたもんな……
妹の事は、カイルを信用して任せていたんだろう。
まあ、カイル攻略ルートでその期待は裏切られてしまう訳だが。
だが、俺はあんなビッチには絶対に靡かないがな。
どうやら、パーティー会場でアンジェリカがやらかした場面を見ていた周囲の反応は、概ね彼女に好意的だった様だ。それなら、周囲の評価や噂への心配は要らないかな?
まあ、様子を見ながらフォローしていくとしよう。
俺はそんな風に思いながら、授業前にアンジェリカに会いに行く事を決めた。