30 「お仕置き」って言葉、なんかエロいよね
ラブラブしてるだけです。
「……お、お仕置き…ですか………?」
屈んで耳元に囁いたとたん、派手な音を立てて椅子から立ち上がったアンジェリカは、俺が囁いた方の耳に隠すように手を当て、うろたえた震え声を出す。
ジリジリと俺から距離をとるように後ずさっているが、その表情には恐怖などはなくい。俺の突然の行動と言葉に、可愛らしく恥じらっているだけだ。
きっと今の彼女の頭の中には「お・し・お・き」なんて言葉がグルグル回っており、先程までの地獄の事は抜け落ちている事だろう。
そのまま忘れてしまえば良いのに……。
あんな出来事は忘れて、俺との時間にだけ意識が向けばいい。俺のことしか考えられないぐらい、馬鹿になってしまえ。
そんな事を考えながら、さらに追い討ちをかける様に言葉をかける。
「そう、お仕置きだよ。……約束を破った悪い子には、必要だよね? どんなお仕置きがいいと思う?」
「彼女を追い詰める」という言葉遊びを、鬼畜な俺が楽しんでいた。もう一方では、「つらい事は、全て忘れてしまうほど甘やかしたい」ラブモードな俺が、今の状況をコントロールしようとしている。
相反する様で、相性は最高によさそうな2人の俺に振り回されながら、平常運転な俺は現状をこの上なく楽しんでいた。
少しずつ後ろに下っていくアンジェリカを、彼女が先程まで座っていた椅子の背もたれに軽く凭れ、ニヤケそうな口元を片手で覆って隠しながら眺める。
まじ、可愛い。もう、どうしてくれようか!
「お、おし……お、き……?……どんな …って……」
ウロウロと瞳を彷徨わせながら、ドンドン後ろに下っていくアンジェリカ。とうとう壁にぶつかってしまい、そのまま後ろ手に壁に縋りついてしまった。
俺は、ゆっくりアンジェリカの元へ向かい、彼女の顔の真横の壁に右手をつく。そのまま距離を詰めるように肘までを壁につけ、左手で彼女の深い紺碧の髪をゆっくり撫でる。
俺が作った囲いから逃げることも出来なくなったアンジェリカは、視線だけでも何とか逃げ出そうとするかのように、足元を見つめている。
「そう、お仕置き……。だって……前に約束したよね? 約束を破ったらお仕置きするって。定番のお仕置きだと、膝の上に抱えて『おしりペンペン』とかなんだけど……。今回は特別に、どんなお仕置きが良いのか、君に選ばせてあげる。」
エロい声にならないように気を付けながら、紳士な声を意識して作る。
しかし、俺の頭の中はピンクなアレで一杯だ。だって、「お仕置き」ってエロすぎねぇ!?
思春期真っ盛りな俺には、魅惑の言葉だぞ!?
自分が言い出したことでここまで興奮するとか、俺ってどんな変態なんだよ?
だがしかし! これは約束なのだ!!
正義は我にあり!!
お仕置きの定番と言えば、やっぱり『お尻ペンペン』だよなぁ……。いや、それとも……。
これ、なんてご褒美ですか!?
俺の頭の中では、涙目のアンジェリカがゴニョゴニョゴニョ。
気を抜くと、エロ親父のような顔になりそうだ。いや、既に変態の様な顔をしているかもしれない!
なので、できるだけ下心を表面に出さないため、俺の顔には黒い笑顔が張り付けられている。
アンジェリカは、真っ赤な顔で恥ずかしそうにそっと俺の顔を見たんだが……。その途端はっとしたように、悲しそうに表情を歪めてしまった。
どうしたんだろう?
先ほどまでの、花が飛び交っていたピンクの空気が、一気に張り詰めたものに変わる。髪を撫でていた手を止め、そっと頬に当てて少し上を向かせる。そのまま問いかけるように見つめると、アンジェリカは悲しそうに瞳に涙を溜め始めてしまった。
ウルウルと涙をいっぱいに溜めた瞳で俺を見つめ、何かを決意した様に言葉を発する。
「うんと……酷く、して下さい……」
掠れた声で、お仕置きの希望を述べてきた……。
…………死ぬかと思った!
一瞬意識が無くなったよ!?
……鼻血でそう……。
予想していなかった角度からの鋭いパンチに、ダウン寸前な俺。しかし、アンジェリカのラッシュは止まらなかった。
「私のせいで、ジェシカは今とても辛い目に合ってるんですよね……? カイル様が相手なら、私は何をされても辛い事なんてないから……。………その分、うんと酷い事をして下さい……!」
ギュッと胸元に縋りついてきてのこのセリフ……。
ゲグフゥッ!!
幻の吐血が見える……。もう、勘弁して下さい!
俺になら何されても辛くないとか、破壊力でか過ぎだから!!
でも、彼女が本気で言ってるのは解るから。自分の行動を後悔して、本気で償いたいと思ってる。
自分だけが、ブラッドに捕まった後何の被害も受けなかったことにも、罪悪感を感じているのだろう。
可哀そうで可愛いアンジェリカ……。君は何も負担に思う必要はないんだよ?
俺が全部良いようにしてあげるから。ジェシカだって、直ぐに今の状況を幸せだと感じる様になる筈だ。彼女についてるのは君の兄だよ?
俺の自慢の親友が、こんな状況で外す訳がないんだから……。
俺の胸に抱きついてきて、声を殺して泣き始めたアンジェリカ。
俺はそんな彼女をそっと抱きあげ、ソファーに運ぶ。そのまま膝に横抱きの状態で座り、彼女の涙が止まるまで緩く抱きしめて可愛い頭にキスを落とし続けた。
しばらくそうやって甘くあやしていると、涙の止まったアンジェリカが顔をあげ、ボーっと俺を見つめてきた。可愛すぎる彼女の鼻の頭に口付け、次に唇で、涙の跡を辿っていく。両方の瞼に口付けする頃には、彼女の表情はいい具合に蕩けていた。
額を合わせて微笑んで見せると、彼女も恥ずかしそうに笑ってくれる。そのまま空気に背中を押される様に、唇を合わせようとした……。
そのタイミングで、ソファーの前にあるローテーブルにコトリと音を立てて、紅茶が用意された。その隣には、お茶請けのクッキーも用意されている……。
いつもなら、物音ひとつたてないダニエルが、俺を諌める様にたてた音。そして、紅茶の横には、意味ありげに用意されたクッキー。
危なかった……。
あのままキスでもしていたら、色々止められなくなるところだった。
流石ダニエルだ! ナイスタイミング&ナイスアシストだぜ!!
「じゃあアンジェリカ、お仕置きとして君には、俺にご奉仕してもらおうかな?」
「ご、奉仕……?」
俺がにっこりと笑顔を向け伝えると、不思議そうに首をかしげるアンジェリカ。
そんな仕草までが可愛いとか、この子は俺をどうする気なんだ!?
悶えそうになるのをなんとか堪え、俺は手を伸ばして、クッキーの盛られた皿を持ち上げる。
「そう、ご奉仕。まずは、クッキーを食べさせてくれる?」
軽く目を伏せて、口を開いて待つ。
アンジェリカは少し戸惑っていたが、直ぐにおずおずとクッキーを一つ摘み、俺の口の中に入れてくれた。
普通に食べるより断然うまい! クッキーごと、あの可愛い指も食べたかった!!
サクサクのクッキーを食べながら、笑み崩れてしまう俺。そんな俺にアンジェリカは不思議そうな、納得がいかないような表情をした。
「こんなの、ちっとも酷くないでわないですか!」
ムッと唇を少し尖らせて、甘ったれた拗ねた様な声で苦情を言う。そんな様子も可愛くて、その唇を思わず摘まんでしまった。
「俺が君にそんな“酷い事”が出来るとか、本気で思ってるの?」
ん? と瞳を覗き込んで、問いかける。
出来ると思われてるとしたら、とっても心外だ!
いつでもこんなに溺愛・べた甘に接しているというのに!!
「それは………。思ってません、けど……。」
「なら、しっかり奉仕してくれなくちゃいけないよね? ……次は紅茶が飲みたいな。口移しでも、良いよ?」
しゅんっとしてしまったアンジェリカに、二ヤリと冗談交じりにおねだりをしてみる。
途端に「ボンッ」と音が聞こえるかのように、真っ赤になってしまうアンジェリカ。可愛すぎる……。
その後、結構な時間を彼女と「ご奉仕ごっこ」で楽しんだ。
とても幸せだったとだけ、言っておこう。
からの、壁ドンでした。
前回から、上手く「落として上げる」が出来ていれば良いのですが…