2 令嬢、マジで可愛すぎるんですけど…
明日は、入学式とか言ってたな。
食堂で外人が話していた事を思い出す。
そういや、あいつって……
攻略対象の1人、侯爵家のロバートじゃね? ビッチに入れあげて、公衆の面前で婚約破棄とかやらかそうとして悪役令嬢ーーーアンジェリカに扇で張り倒されてたDQN。
それから、アンジェリカを目の敵にし始めて、事あるごとにアンジェリカに食ってかかる様になる。アンジェリカ自身は相手にしていないが、しつこく食ってかかられるので、ヒロインや他の攻略対象に嫌味や苦言を言う機会が減らされるんだよな。
そのおかげで、ビッチが他の攻略対象に接近しやすくなり、落としやすくなるんだったよな。
うん、素晴らしい咬ませ犬だよ、ロバートくん。
「ぷっ!……っクククク!」
ロバートの設定を思い出し、思わず吹き出してしまった。
その声で、俺が目覚めた事に気づいたらしい執事が、天蓋のカーテンを開けて心配げな表情で俺に話しかけてきた。
「殿下、御目覚めになられたようですね。お加減は如何ですか?」
’’セバスチャン’’てな感じのいかにもな執事が、心配そうに様子を伺ってくる。
見た目的には30代前半て感じだが……、年齢不詳だな。絶対に見た目通りじゃない筈だ。
ブルーグレーの瞳も、銀色がかったダークブルーの髪色も、ピシッと着こなされた執事服にとてもマッチしている。貫禄さえ感じてしまうのだ。
「ああ。心配をかけたな、ダニエル。特に問題ない」
「左様でございますか。しかし、念のために医師に診て頂こうと思います……。今から、よろしいでしょうか?」
「何も問題はないと思うが……。まあ、入って貰ってくれ」
大袈裟だとは思うが、自分とダニエルの立場を考えれば、この流れは当然の事だよな。
俺はゆっくりとベッドから半身を起こし、医師の診察を受ける。まあ、勿論なんの異常もないわけだが。
診察の結果、多分疲労が原因では無いかと言われ、明日は1日休むように指示されててしまったのだが……、それはマズイ。
明日は入学式だ。そう、アンジェリカが入学してくるのだ!
俺には婚約者として、彼女をエスコートする義務と権利がある!
どんな女性なのか、カイルの記憶からではなく、’’俺’’の目で見て判断せねば。
こいつってば、アンジェリカには割り切った感情しか持ってないから、流れ込んできた記憶からじゃ’’貴族としての評価’’しか解んねーんだよ。
……。いや、正直に言おう! 好みの女性に早く会いたい!!
実際に会ってもヤッパリ好みだったら、速攻で口説く! 俺の、ラブラブで充実した学園生活の為に!!
俺は必死に医者とダニエルに交渉して、入学式だけは出席を認めてもらい、その後の歓迎パーティーは欠席すると言う事で、なんとか許可を貰った。
翌朝、俺はウキウキと学園寮から彼女の屋敷まで、馬車で迎えに行った。
あ、この学園なんだが。
15歳〜18歳までの貴族の子息・子女が社交を学び、新たな人脈を築き、自分たちで独立した自治を行う様にと、全寮制になっている。寮は女子と男子で棟が分けられており、寮の部屋はそれぞれ個室が与えらる。部屋の中は身分に関係なく同じ作りになっていて、主寝室と、接客にも使えるリビング、使用人の部屋が3部屋と、中々充実した造りになっている。
連れてきて良い従者は、執事が1人、従僕・侍女がそれぞれ2人まで。これは、どんな身分でも例外はない。
執事が護衛を兼務するので、護衛を別につける事も禁止されている。従者を増やす事で、不審者が紛れ込み易くなるのを防ぐ為というのが、一番の理由らしい。
家庭の事情で専属執事を連れていない学生もいるが、そう言う生徒の執事業務は従僕が代行したり、学園に所属する執事たちが手助けしたりしているのだ。
専属執事がいないという事は、護衛がいないという事であるが、学園のセキュリティーはそれなりに高いので、外部からの侵入はまずありえない。そして、専属すら持てない貴族に、政治的なトラブルが起こるはずもない。
もし立場を弁えずに問題を起こした場合は、自業自得と見なされるのだ。
食事は、それぞれの寮にある食堂を利用する事になっているが、別に部屋で食事を摂ることも許可されている。その為、執事に割り当てられる部屋には、簡易のキッチンが常設されているようだ。
紺色と白を基調としたブレザー風の制服があり、学園内では寮内以外ではこの服装で過ごす事となっている。
男子はネクタイ、女子はリボンタイの色で学年がわかる様に、1年は赤、2年は青、3年は緑と色分けされている。
色々突っ込みどころはあるが、元々がゲームの世界なんだし、まあこんなもんなんだろうな。
そしてここでは、他国からの留学も受け入れており、国際交流と政治的な繋がりもしっかり作れる環境になっている。
また、婚約者の決まっていない子女達は、ここで相手を探すのが一般的と言われていて、ある種「集団見合い会場」としての役割まで担っていた。
“全寮制”という環境が、ある程度の開放感と緊張感、そして責任感を上手く刺激して、将来社交の場や公務に携わる時の、基礎を作ってくれる。
親元を離れ、『治外法権』の場所で、人間関係を磨く事は、必ず将来の糧となるだろう。
学園も、それを目標に講義を組んでいる様だしな。
何て設定を思い出しているうちに、彼女の屋敷に到着だ。
先触は出しておいたので、家の者がしっかり出迎えてくれていて、その先頭に公爵夫妻と本日の主役であるアンジェリカが笑顔で待っていた。
馬車を降り、笑顔でお互いに挨拶を済ませると、俺は取って置きの笑顔を彼女に向けた。
真新しい制服姿も初々しく、キツく見られがちの彼女をあどけなく見せている様な気がする。
ヤッパリ好みだ。正に、どストライク!
なので、早速口説きにかかることにした。都合の良い事に、彼女は俺の婚約者なんだし、口説き放題だ。
「学園までエスコートさせていただけますか? 私の姫?」
わざとらしく、胸に手を当て礼をした後、白い手袋に包まれた細い指先に口付ける。
そのまま、上目遣いでアンジェリカの様子を伺うと、彼女は眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。
今の挨拶、外しちまったか?
なんて思いながら、彼女をもう一度よく観察すると、何だかプルプルしてる。そして、髪に隠れてよく見えないが、耳は真っ赤になっている様だ。
「え、ええ。よろしくお願い致しますわ、カイル様」
答える声も、震えてる?
これって、もしかして……
確信を持つためもう一押ししてみる事にしよう。
優雅に彼女の手を引きエスコートして馬車の中へ招き入れ、隣に座らせるとすぐに、馬車は出発した。
「今日もとても綺麗だね。アンジェリカ」
早速俺は、彼女の瞳を見つめながら、再び手袋に包まれた手の甲を唇に引き寄せ、甘く笑ってみせた。
ボンっ!! なんて音が聞こえそうな位、キツめな美人顏が真っ赤に染まる。
意思の強そうな、つり目気味のアメジストの様な瞳も若干潤んでる気がする。しかし、表情はやっぱり不機嫌そう。
……やっぱり、照れてたんだな。
どうやら彼女は照れると不機嫌な表情になるらしい。
すげーパニックを起こしているらしく、「え、あ…、あ…」なんて小さく呟きながら、目が泳いでいる。
すっげー挙動不審。
「ぷっ!」
その姿が何とも可愛らしくて、思わず吹き出してしまった。
「っ! おからかいにならないで下さいませ!!」
真っ赤な顔のまま、アンジェリカが怒ったように俺に抗議する。
「からかってなんかいないよ。君が余りにも可愛らしいから……」
「……っ!!」
『すげー可愛い』って感情そのままに笑顔で告げると、『え?まだ赤くなれるの?』てな具合にさらに真っ赤になり、そのまま黙ってしまった。
口元に寄せていた手を繋いだまま二人の間におろし、時折擽るように撫でながら刺激をおくる。
その度に恥ずかしそうにチラチラと俺を見て来る訳だが、嫌がる素振りは一切なし。
「ん?どうかした?」なんてわざとらしく笑顔を向けても、「あ……、いえ、なにも。」と俯いてしまう。
これって、確実に俺の事好きでしょ?
カイルの記憶のどこを探しても、こんな状態の彼女は見当たらない。
今までにも社交辞令の挨拶や、手袋越しのキスなんて何回もしているみたいだけど、こんな表情を見せた事はなかったようだ。
どうやら、俺の笑顔にはかなりの破壊力が有ったらしい。
ええ、セクハラです。