22 久しぶりの甘い時間
前回のお口直しに、チョッピリ糖分追加してます。
翌日、俺たちは奴らから隠れるようにして行動した。
敵前逃亡のようで良い気はしないが、背に腹は変えられない。
昨夜の話を聞いてしまったら、奴らの目に付くだけで危険だと判断するのも、当然だろう? ブラッドの処分については、父と学長へ報告し「出来るだけ早い対処を」と訴えておいた。
ヘンリーにしても、余りに行動が目に余る様になって来れば、留学中であろうと隣国に引き取って貰う事も検討している。
ただ、奴は例え“第5”といっても王子なので、証拠もなく留学を取り止めさせて強制送還する事は出来ない。余分な外交問題は、避けておきたいのだ。
そして今回決めた事は、非常に大切な事なので、アンジェリカには二人の時間を作って、しっかりと念押しをしに行った。
「いいかい、アンジェリカ。ブラッドにだけは、絶対に近づかないようにするんだよ?」
朝食後にアンジェリカの部屋を訪問した俺は、突然の訪問と忠告に驚きでキョトンとしている彼女の両手を握る。
握った手をそのまま胸のあたりまで持ち上げ、少し顔を近づけてジッと見つめ、彼女の返事を待った。俺の切羽詰まった様子にただならぬ物を感じたのか、アンジェリカは顔を真っ赤にして、落ち着きなく視線を彷徨わせたている。返事をする迄は離さないとばかりに手を握りしめていると、暫くして「はい、解りましたわ……」と、小さな声で了解してくれた。
その返答にホッとした俺は、目を閉じて彼女の額に自分の額をコツンとあてる。
アンジェリカが身を竦めるのが気配で解ったが、嫌がっている様子ではなさそうだ。きっと、顔の位置が近い状態で溜息をついたので、彼女に息が触れたのだろう。
気配まで可愛いとか……。ますます心配が募ってしまう。
そもそも俺は、アンジェリカが無事なら後は多少どうなっても良いとか思ってるんだ。そりゃぁ、ルイスやジェシカの安全も勿論考えてるよ?
でも、あいつが只の鬼畜眼鏡ではなく、災害レベルの鬼畜眼鏡だった事が解った今、1番に考えるのは彼女の安全だ。
ルイスも俺と同じ様に考えて、ジェシカの安全に全力を注ぐのだろうし、問題ない筈。
学園側にはブラッドの対処を願い出てはいるが、奴が毒牙にかけた生徒達もそれなりの身分を持っているものだから、問題を公にはできない。さらに、あの部屋に出入りした事のある全ての生徒が、そういう目で見られてしまう事も問題だ。
とてもデリケートな問題なだけに、学園側も対応に困難しているようで、素早い処分は期待できそうになかった。
父からも「早い対応は期待するな。時期皇帝として、処分が決まるまで何とか頑張れ」と言う、嫌な返答が返ってきていた。
何となく返事の内容は予想してたけどさ……。酷くね?
変質者のターゲットになってる息子に対する言葉じゃないよな!
あのダニエルさえも、父の返事に苦笑いだったんだぞ? まぁその後、「これは、殿下と私を試しているのでしょうか?」なんて言って、不気味に微笑んでたけどな!
きっと父は、後で酷い目にあう筈だ!
いや、あって貰う!!
そうなる様に呪ってやる!!!
ブラッドの処分の見通しが立たない今、あいつがどれだけ危険生物であるのかを、アンジェリカには充分に知っておいてもらう必要がある!
内容的に、女性にはとても聞かせられないものばかりなので、伝えるのはとても難しいだろうが、『近寄りたくない』とだけでも思って貰わなければ……。
そう考えて俺は、額は合わせたまま目を開き、至近距離から彼女の紫の瞳をジッと見つめた。
「絶対だよ? あいつは、色々な意味でとっても危険なんだ。何人もの生徒が、奴の毒牙にかかっているという報告もある。今、全力で奴の排除に向けて動いているけど……、素早い処分は期待できない」
唇が触れそうな近さで、現状を伝える。
「だから君は出来るだけ、あいつの視界にも入らないようにして、ね?」
さらに、少し甘えたように念を押すと、アンジェリカが固まってしまった。
その顔は、トマトの様に真っ赤になっていて、ハクハクと浅い呼吸を繰り返している。
照れてるんだろうか?
反応が可愛すぎるんですけど!?
しかしこれは……、聞いてない可能性もあるか? なら、更に念を押しておこう。
「約束だよ? ……もし、約束を破って君が危険な目に遭ったりしたら……」
ここで額を外し、彼女の耳元にそっと唇を寄せていき、
「俺が、お仕置きするからね?」
囁いて、ついでに「ちゅっ」と軽いリップ音も送っておく。
最後に、彼女の額にも軽く触れるだけのキスを送り、そっと手を離してから「約束だからね?」と、瞳を合わせて問いかけた。
アンジェリカは何も言わず、壊れた人形のように何度か頷いてくれたが、そのまま固まってしまった。
俺は、機能停止に陥った彼女を残し「じゃあ、後で執務室でね」と今日の集合場所を伝えてから、彼女の部屋を後にしたのだった。
アンジェリカの部屋を出てすぐに、彼女の反応を何度も反芻する。噛めば噛むほど味が出るってな具合で、ニヤニヤ笑いが止まらない。
何、あの反応?
可愛すぎるんですけど!?
最近、触れ合いが足りなかったから、マジ癒されるよ!
あ〜! やっぱ、1日1回は触りたいよな〜!!
10分で良いから、毎日二人きりの時間が欲しい!
アンジェリカの可愛さに悶えていたら、すぐ近くの部屋からルイスが出てきた。
ヤツもジェシカに忠告しに行っていた様だ。
そして、部屋から出てきたルイスの少しニヤけた笑みを見る限り、あちらもそれなりに甘い時間が過ごせたようだな。
俺はそっとルイスに向かって、サムズアップでサインを送る。勿論、ヤツからも同じサインが帰ってきたのは言うまでもないだろう。
今日はとても良い日だった。
アンジェリカからエネルギーの徴収も出来たし!(額から吸い取ってやった気分だ)
執務室に逃げたお陰で恐怖の大王と遭遇する事もなく、精神的ダメージも避ける事が出来た。
なんだか、頭も冴えている様な気がする。
まるで無敵スターを取った気分だ。今なら体当たりしただけで、ヘンリーも鬼畜眼鏡も瞬殺出来る気がする!!
……まあ、気がするだけだから、絶対にやらないけどね?
そんな、絶好調な状態で行ったミシェルとの第2回目の会合は、とてもスムーズに進んだ。
まず、ミシェルには昨日の話し合いの内容を伝えておいた。
ヘンリーを上手く利用しながらブラッドを避ける様にアドバイスし、さらに、他の転生者がいる可能性と、そいつらが敵か味方か判断がつかない事も説明する。
そんな状況なので、もし転生者っぽい人物を見つけても、今回俺たちにした様なストレートな接触はしないほうが良いという事も、伝えておく。
そして、1番大切な事だが……。
”やっちゃん”とやらが転生している可能性だ。もし彼女が転生しているなら、現状を知れば間違いなく、ミシェルの味方になってくれるはずだ。
なので彼女には、日に何度か空でも眺めながら「やっちゃん」とつぶやく様にいっておいた。
もしやっちゃんが転生していれば、その内気付いてくれる事もあるだろう。
そして冴えてる俺は、ブラッドへの素晴らしい牽制方法に思い至ったのだ!
ダニエルの姿に気付かせた状態で、ブラッドを見張ってもらうのだ。
ずっとでなくても、誰が見張っているのかを解りやすくする事で、ヤツの行動の抑制になると思うんだよ。
この世界の人間なら、全員が執事の能力を知っている。そんなチートな人物の眼の前で、自分が不利になるような動きをする事はまず無いだろう。
この計画には、ルイスの執事ドガーも協力してくれる事になった。
1人より、何人もに見張られてると思う方が、抑制効果高そうだしな!
ただ気になったのは、この提案を出した時のダニエルの表情が……。すげー怖かったって事だ。
獲物を見つけた猛獣みたいな瞳で、何処か遠くを見つめてた。
その瞳を俺に向けた時には、何時もの全てを面白がる物に戻っていたので、アレは俺に向けられた物ではない。
きっとダニエルには、何か未来が見えたんだろうな。
「承知致しました。全力で、対応致しましょう……」
そう言って笑った時のダニエルの表情は、何時もより艶やかでゾッとするほど綺麗な物だった。
誰かは知らんが、獲物認定されたヤツに「御愁傷様です」と伝えたい……。
ダニエルさんがアップを始めました。