1 一番嫌な世界に転生してしまった
結局、夏休み中妹のゲームに付き合わされてしまった。
まあ、今は彼女もいないしバイトもしてない(在宅ワークってやつはしてるが)から、ゲームに付き合うのは構わないんだけど、あの主人公を見るのはとんでもない苦行だった。
妹は俺より一月も早く夏休みが明けたので、一日中苦行に付き合わされることは無くなった。だが、それでも夕食後から寝るまでゲームに付き合わされるのは、かなりツライものがある。
それでもアイツの、「おにいチャーン、お願い☆」に逆らう事が出来ない、シスコンな俺。妹が子供の頃からずっと、あいつのおねだりに逆らえた事が無いんだよ。
両親が仕事で留守がちなせいで、俺がメインで妹の面倒を見てたせいだな、きっと。そのせいで、彼女と別れた事も一度や二度じゃないし。
まぁ、「私と妹、どっちを選ぶのよ!?」とか言われても、ね……? 対して好きでもない彼女より、妹を選ぶでしょう?
例えそれが原因で振られると解っていても。
それでも。まぁともかく、だ。
俺は10月になって大学が始まるのを、今か今かと待ちわびていた。
大学が始まってしまえば、帰宅時間も遅くなるし、延々とゲームに付き合わされる事も無くなる筈だ!
そして待ちに待っていた10月。俺は、大学が始まったことでやっとあの苦行から解放されるのだと、浮かれた気分で駅まで徒歩5分の道を歩いていた。
今日は、一限目の講義が入っている日だ。それに間に合う様に家を出ると、中高生達と登校時間が被る。
なので、駅までの道には、結構な数の学生達の姿が見られていた。
「あのゲーム何処まで進んだ? カイル様の攻略って出来た?」
「まだ〜。アンジェリカのやつがウザくてさ。お前にカイル様は勿体無いって〜の!」
駅まであと少しという所の信号に捕まり、同じく信号待ちをしていた女子高生達の話をなんとなく聞いていた。
どうやら彼女達もあのゲームをやっているらしい。
隠しキャラの名前が出てるって事は、かなり進んでるみたいだな。
しかし…
公爵令嬢ってば、安定の嫌われっぷりだな。
俺は彼女達の会話を聞きながら、思わず苦笑してしまった。
俺は彼女、かなり可愛いと思うんだけどねぇ。JKにはあの可愛さを理解するのは、ちょっと難しいか?
なんて考えながらボーッとしていると、周囲から凄い悲鳴と衝撃音が聞こえてきた。
「きゃーっ!」
「マジかよっ!?」
キキキーーーーーッ!!!
ドーーーーーンッ!!!!!
えっ? なんて思った時には、俺が立っていた場所には、大型トラックが突っ込んできていた。勿論俺がトラックになど勝てるわけなく、簡単に弾き飛ばされてしまった。
あ、これは確実に死んだな。
そう思ったのが、最後の記憶……。
気がつくと、俺は見知らぬ場所で座っていた。どう見てもここは病院ではないし、死後の世界って雰囲気でもない。
なんだかやけに豪華な建物だと感じる。調度去年、フランス旅行に行った時、観光名所になってる城で見た内装に似てる気がするのだ。
そして俺の目の前には、何故か外人が座っていた。
俺も椅子に座っていて、目の前のテーブルには、豪華な食事が並んでいる。
どうやら俺は、コイツと食事を摂っている最中みたいに思えるけど……。
俺、確か、トラックに轢かれたよな?
何で病院じゃなくて、見知らぬ場所で飯を食ってるんだ??
それに……。目の前の外人なんだが、勿論俺にこんな知り合いはいない。
刈り上げた赤茶の髪に、茶色の瞳。でも……、なんかこいつ、見た事ある様な気がするんだよな……。
「カイル、明日は入学式だな。オレもお前も、婚約者に見張られた学園生活が始まっちまうんだぜ? 本当に今日は’’最後の晩餐’’だよな」
目の前の外人が、気障ったらしくウインクしながら俺に話しかけてきた。
なんかコイツ、うぜぇ。
しかし……。こいつ、外人の割に日本語上手いよな。
混乱する頭でそんな事を考えていた。
しかし、なんでこいつは俺に話しかけてくるんだ?見た事はある様な気はするけど、ほぼ初対面の人間にこんなフランクに話しかけるか? しかも、俺の名前違ってるし。
頭の残念な外人さんなんだろうか? 俺を誰かと間違えてるとか。
だって俺の名前は……。
そこまで考えた時、激しい頭痛に見舞われ、俺はその場で意識を失ってしまったのだったーーー
意識を失い夢うつつの中で、俺は現状を理解した。
カイル・フォックス・ジャステーヌの、物心がついてから今までの記憶が流れ込んできたからだ。
どうやら俺は、あのゲームの隠しキャラになってしまっているらしい。
これが死ぬ前に見ている夢なのか、それとも今ネットで流行りの、乙女ゲーム転生なのかは判らないが、取り敢えず俺にとっての現実であるらしい。
夢なら一時的な物と割り切って楽しんで過ごすだけだが、転生だとすれば覚悟を決めて生きていく必要がある。
俺がここに来ている経緯を考えれば、夢オチという線は薄いだろう。
それならば……まあ、覚悟を決めてこの世界を楽しむしかないよな。
俺にとって、’’今’’は現実なんだからな。
覚悟が決まると同時に、スッと意識が浮上していくのが解った。どうやら、目が醒めるらしい。
醒めた先の世界が日本である事に微かな期待を持ちながら、俺はゆっくりと目を開いた。
結論から言うと。
期待は、叶わなかった……
全く知らない場所のはずなのに、見慣れた天蓋を眺めて、ここが日本ではなくあのイカれた乙女ゲームの世界である事を知る。
食堂で倒れた俺は、自室に運ばれたらしい。
これからの自分を思うと泣けてくる。
俺が転生(?)してしまったのは、隠し攻略キャラとされているカイル第1皇子だ。
このままこの人生を生きるとすれば、俺はゆくゆくこの皇国を背負って行かなければならない。
しかも、他の攻略者の中に将来の側近になる筈の人物が3名ほどいる。
ゲームでの性格がそのままだとすると、あいつらはDQNだ。
DQNを側近として、国を治めるなんてまさしく、「それなんて無理ゲー?」だぞ?
せめて幼少期に転生していれば、他の側近を探すなり、奴らを矯正するなり出来たのに…
せめてもの救いはーーーーーー
婚約者がマトモな事だけだな。
彼女なら、常識ある素晴らしい王妃になるだろう。しかも、俺にとってはかなり好みのタイプだ。
カイルは彼女に対して、義務的・政略的な割り切った想いと、妹に対する様な感情しか抱いて無かった様だが。
彼女の方はどうなのだろうか? カイルに対して恋愛的な思いはあるのか? それとも……
俺がゲームを見てた分では、惚れてると思うんだが……な。
俺の常識では、結婚はお互いが相手に愛情を持っていて初めて成立するものだと思っている。
しかし、この世界では政略的な所が多分にある。
彼女は、政略的な問題は全くないのだから、残るは感情のみ。
俺はまあ、ゲームを見ていた時から結構好意は持っていた。あのビッチな主人公と比べれば、マジ女神って感じだ。
実際に会ってみなければ、愛情を持てるかは判らないが……。
努力をして愛せる様になるとは思っていないが、良好な関係を保つ事で親愛の情は湧くはずだ。
DQNな側近をどうするかも問題ではあるが、国母となる彼女と良好な関係を持てるのかは、もっと重要だ。
まずは彼女と接触してみなければ。
え? ヒロイン?
あのビッチが俺のこれからの人生に関わる事は無い。断じてない!
頭の悪いビッチは、適当に遊ぶにはもってこいだろうが、俺の今の立場はそれが許されるものではない。
全ての行動に重い責任がかかってくるんだ。
なので、アレはスルーする。全力で。
俺のスルースキルはかなりのものだからな。まあ、心配はいらないだろう。