14 事件がもたらした変化と影響が凄い
説明回
あの「婚約破棄未遂事件」から、早くも一週間が経った。
事態は今、中々面白い展開へと進んでいる。
まず、ロバートは自宅に帰ったまま、未だ家から戻ってこない。今、レッドフォード侯爵家は大変な騒ぎになっているようなんだ。
ロバートは長男なので、順当にいけば侯爵家と近衛騎士団長の座を継ぐ筈だったのだが……。
あんな脳筋には、とても継がせられないだろう。
侯爵家を継ぐのは、最悪、家ごと潰せば良いんだから良しとしても、近衛騎士団長を継がれるのは国として困る。王家の守護責任者があんな脳筋では、暗殺者や他国のスパイが入り込み放題になってしまう。
優秀な補佐を副団長に据えて、そいつに実権を握って貰えば良いのかも知れないが、ビッチの様なスパイが現れた時の事を考えたら、恐ろしくて権力を持たせられないのだ。だって、「愛するものの頼みを断るなど、紳士としてあり得ない」とか言って、簡単に国の防衛機密とか渡しそうじゃん?
だから俺は、かなり早い段階からその事を、ダニエル経由で父に報告して人事の見直しを依頼していた。
しかし、簡単に判断が下せる問題ではない上、俺たちの学生生活は後1年以上ある。ロバートが学園を卒業して、騎士団に入るまでまだ余裕があるという事だ。
なので、様子を見ながら少しずつ話を進めていく方針だったのだが、今回の件で一気に話が進む事となった。
レッドフォード侯爵家も近衛騎士団長の地位も奴の弟が継ぐ様だ。
どちらの教育も、早く始めた方が良いからな。
幸いな事に奴の弟は、優秀な頭脳と貴族としての常識を持っていて、空気を読む事までできるのだ! ロバートと同じ遺伝子を持っているとはとても思えないよな?
しかし……。
今回の騒動を聞かされた時の、レッドフォード侯爵の驚愕の表情は凄かった。
俺も、今回の騒動の責任者としてジェシカと共に、報告の為に王城へ出向いていたのだが、今回の件を淡々と説明する俺の顔を、恐ろしいものでも見る様な表情で見つめていた。
レッドフォード侯爵も、まさかロバートがあそこまで馬鹿だったとは思っていなかったらしい。「息子は学園で何を学んでいたのでしょう? ……講義には出ている筈ですよね?」と、俺に聞いてきた位だ。
レッドフォード侯爵としては、ロバートとジェシカの婚約が無くなっても、ジェシカには、奴の弟と婚約してもらおうなどと考えていた節があったようだ。しかし、奴がジェシカに対してとった行動は、ジェシカだけではなく、ローリング侯爵家をも侮辱する様なものだったのだ。
そんな状態で奴の弟との婚約など申し込む事もできず、ローリング侯爵へは平謝りして、多額の破断金を支払う事になった。
俺から父へは、ダニエルを通してロバートの行動は報告していたし、父からレッドフォード侯爵へも苦言を伝えて貰っていた。ローリング家からも、苦情はきていたようだ。
なのに、侯爵は「ロバートは紳士道・騎士道を重んじる男なので、その道から逸れる事はない」などという、よく解らない理由で放置していたのだ。
俺には、ロバートの脳筋のルーツが見えた気がしたよ……。大丈夫か? この国の防衛?
しかし、どうやら俺の心配は杞憂だった様だ。何故なら、レッドフォード侯爵には、切れ者の婦人が付いていたから。
レッドフォード侯爵夫人は、今回の騒動が起こるまでロバートの素行について知らされていなかったらしい。だから、俺から奴の報告を聞いて、顔色を無くしていた。
レッドフォード侯爵も、婦人に伝えれば事が大きくなると思い、何も伝えていなかった様なのだ。
「あなた、後で大切なお話があります……」
レッドフォード侯爵に向けてそう言った、婦人の表情はルイスも敵わない程の魔王様仕様だった。
夫へ向けて、魔王様の微笑みを向けた一瞬後には、表情を改めて、ローリング侯爵夫妻の前に立つ。
「我が家の愚息が、大変失礼な事を致しました。今回のことは、レッドフォード侯爵家の不徳からの、婚約辞退という事にさせていただいても、宜しいでしょうか?」
全面的に非を認め、社交会でローリング家に少しも悪い噂が立たない様、一方的な“破棄”ではなく、“辞退”を選ぶあたり、ソツがない。
この方法では、ローリング家としてはすっきりしない部分もあるだろうが、社交界においては、両家の仲が悪くなった訳ではないとアピール出来る。その分、ゴシップとしての内容には弱く、様々な攻撃を避けやすくなっている。
さらには、レッドフォード侯爵家としては、嫡男のロバートを跡取りから外すと決めた事で、ローリング侯爵家への、充分な配慮を示している。
ローリング侯爵夫妻としても、これ以上は何もいう事はない様だ。現在、公爵家の跡取りルイスが、自分が婚約者の後釜に座るために、せっせと外堀固めを始めているのだから、ローリング侯爵家としても、婚約解消を大きなニュースにはしたくない。
ローリング侯爵夫妻は、苦笑いでレッドフォード侯爵婦人の謝罪と提案を受け入れ、今回の騒動は両家の間では、一応の決着をつける事ができた。
ローリング侯爵夫妻との和解がなされた後。
レッドフォード侯爵婦人は、ジェシカを抱きしめて「ウチのバカ息子が……。本当にごめんなさい……」と泣きながら、何度も謝っていた。
どうやら婦人は、ジェシカの事を娘の様に思っていたらしい。脳筋な亭主、脳筋過ぎる息子、考えることも出来るが脳筋よりな息子、に囲まれている婦人は、ジェシカに癒しを求めていたのだろう。
ジェシカを抱きしめながら、ロバートを呪う言葉が次々と紡がれていた。
ひとしきりジェシカを抱きしめて堪能した後は、俺に対しても
「寛大なお心で愚息を見守って下さっていた殿下の期待を裏切る事になって、誠に申し訳ございませんでした……。今後は、ジェシカの幸せの為に、是非とも彼女に手を貸してあげて下さいませ。お願い致します」
と丁寧に頭を下げたのである。
俺は、レッドフォード侯爵家はホントにこの人のお陰で成り立っているのだと、この時強く思ったのだった。
まぁ、そんな事があった訳だが……。
ロバートの今後をどうするのか、その結論が出るまでヤツが学園に戻ってくる事はなくなった。
きっと、夫人が素晴らしい采配を見せてくれるのだろう。
ロバート……。居るとウザくてどうしようもないが、居ないと少し寂しい気がする……な。
ヒューイの方も結局、婚約を解消する事になった。翌日に、婚約者であるエイプリル・オーガストと話し合い、とうとう見限られたようだ。
エイプリルは俺より1つ年上で、オカン気し……、長女気質な性格の女性だ。甘ったれなヒューイにはちょうど良い相手だと皆が思っていたが、自尊心の強いヒューイには、彼女は合わなかったのだろう。
そんな時に、男の好みを瞬時に見分け、欲しい言葉をくれるビッチと出会ってしまったという事だ。
口うるさいオカン……姉と、欲しい言葉をくれ自尊心を満たしてくれるビッチ。甘ったれなヒューイが選ぶのなら、そらビッチだわな。年齢的にも、姉さん女房より少し頼りなさげな同い年の女の方が、彼の自尊心を満たしてくれる。
エイプリルはヒューイとの話し合いで、「ここまで(バカ)だとは、思ってなかった」と直ぐさま婚約解消を受け入れたらしい。
両家には早くから話を通しておいたので、問題なくスムーズに婚約解消できたようだった。
最近、講義以外の時間は、俺、ルイス、ダグラス、アンジェリカ、ジェシカ、エイプリルの6人で過ごしていることが多い。
ダグラスは、今、目が離せない状態だ。
ビッチに傷を抉られて、クラリスが死んだ時よりも傷が深くなってる。衝動的に自分を傷つけたくなる時があるようで、何をするか解らない。
エイプリルには、ダグラスを見守って欲しいと頼んでおいた。カウンセラーとしてスカウトしたのは、彼女だったのだ。
彼女は世話焼きな人物であるが、悩みを抱える人物に対する世話の焼き方が少し変わっている。
アドバイスを欲しがる人物へはアドバイスを送ることもあるが、基本的にはひたすら話を聞き続け、自分で答えを出すまで待つ。
出した答えをとやかく言う事もなく、ただただ見守る。壁に当たればまた、何時迄も話を聞き、答えを出すのを待つ。そんな気の長い、根気のいる方法をとる人なのだ。
果てしなく受け身で忍耐のいる方法だが、ダグラスにはこういう接触が合うと思う。
正にダグラスのカウンセラーに打ってつけの人物なんだよ。
彼女に任せておけば、ダグラスは立ち直るだろうと、俺は確信している。
そして俺は……。
最近、アンジェリカと2人きりでデートをする時間が取れなくて、ちょっとヤサグレ気味だ……。
しかしあの事件以降、ヘンリーが俺に敵対心をむき出しにしているので、ちょうど良いのかもしれない。ヘンリーはヤンデレ(マッドな域の)な人なので、彼女と2人で会っていて、俺への攻撃方法としてアンジェリカに危害を加えられたら困るしな。
ヘンリーはゲームの中で、「ハッピーエンドは、逆ハーレム時のみ!」と言われるような人物だ。
ノーマルエンドは、「男を落とす能力を認められて国に攫われ、色事要員とされる」バッドエンドは、「剥製にされて部屋に飾られる」ハッピーエンドは、「国に攫われ閉じ込められて、その中で何時迄も2人きりで過ごす」という、ぶっ飛んだ設定キャラだったんだ。
そんなヤンデレなヘンリーは、どうやらあの時、俺がビッチを泣かせた事で、俺を敵と認定したようなんだ。
今は、国を巻き込むゴタゴタが起こらないよう、絶賛対応中だ! なのでスゲー忙しい。
ああ、癒しが欲しい……。
忙しく過ぎていく日々の中、俺は今日もアンジェリカ分が足りないと嘆きながら、執務をこなし、ダグラスの様子を伺い、ヘンリーを華麗にスルーしている。
なので夕食時には、疲れてグッタリとなり『残業続きのサラリーマン』のような有様になっていた。
それでも、気力で平静を装い、ルイスとダグラスとの3人で夕食を摂り、部屋に戻るダグラスを食堂から見送る。
「カイル、ちょっといいかな?」
やっと1日が終わったと肩の力を抜き、部屋に帰ってダラダラしようと思っていた俺に、ルイスが黒い笑顔で近づいて来た。
ビッチの話かな?
なら、もうひと頑張りしますか!
「じゃあ、俺の部屋で食後のお茶でもするかい?」
そう応じて、2人で俺の部屋へ向かう事にした。
食堂から立ち去る俺たちを、蛇が獲物を狙うような目で見ている人物がいた。
勿論、ヘンリー王子なワケだが……。
あの如何にも何か企んでますって顔……。どうするかな。
アンジェリカ達に影響がないならば、それで良いんだが……。
「あの王子、何企んでるんだろうね? まぁ、僕たちの宝物に何もしなければ、何を企んでても別に良いんだけどねぇ」
ルイスは、俺が考えていたのと全く同じ事を言い、「君の意見も同じでしょ?」てな感じで俺に笑顔を向けてくる。
なので
「宝物は守られてこそ宝なんだし、どうやって守るか考えるのも1つの楽しみなんだぞ?」
一緒に対策を練らないか? と、お誘いしてみる。
「そうだね、最凶のセキュリティーを考えるのも楽しそうだね」
おれのお誘いに、ルイスは快く、楽しそうな真っ黒な笑顔でOKしてくれた。
次は閑話の予定です。