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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界皆保険

作者: 風庵亭定朝

1.

医療が発達してくれたお陰で我々は現代で『生かされている』二十年前はそう思っていたが今になってみるとこうやって無駄に生き長らえるのも悪くはないと思う。


今や保険制度も地球規模で行われている、世界中にある国に適した保険制度が設けられて、全ての人に余すことなく入ってもらう保険であった。


まったくYさんはまた手術ですって、先週手術したばかりなのに大変ねぇ。

でもそんな人なんて最近多いみたいよ?手術費もほとんどかかってないみたいだし痛くもないからほとんどの人が抵抗無いんですって。


病室の外からそんな声が聞こえる昼の2時過ぎ、相変わらず何をするわけでもなく体のために療養をしている。人生で生きていて何が楽しいのか俺にはわからない、生きるだけ生きて死ぬ、それでいいじゃないか、身の丈にあった人生を生きて死ねればそれがヒトの幸せであろう。


ここ三十年で国の死亡率はずいぶん下がったそうだ、ニュースでは景気がいいだとかストレスの無い世界になっただとか言っていたがあれは嘘っぱちだ。ずいぶんマスメディアというのも都合のいいものである、それを鵜呑みにするヒトもヒトだけれども。


君はどう思う。この今の世界、起きているんだろ?少しは老いぼれと世間話をしても別に誰も怒りゃしないよ、俺は今のこの世界が嫌いなんだ、真っ先に死んでやろうと思ったくらいにさ、でも死ななかった。いや違うな、『死ねなかった』んだ。死なせてもらえなかった。そうだ、あいつらのせいさ。いつもどこかで見ていてどんな奴でもどんな罪を犯しても殺されることは無い。そして死ぬことも無い。


俺は辛いんだ。死ねないことが、誰か俺を殺してくれ、頼むから殺してくれ。頭がおかしくなりそうだ。

その日の夜、Yは差し入れにもらった果物の皮を向くためのナイフで首を切って自殺をした。



 サイレンがうなり即座に手術室に連れて行かれた。

 クランケ番号79364928372739番Yの手術を行います。今回も手術は刃物による破損部位、自殺したことの記憶の抹消です。


 Yさんまた手術ですってよ。

 まあ、でもまだYさんって250歳でしょう?

うちのお父さんも今年で300歳だもの。


 『生きてることはいいことだ、人の幸せのために。家族のために』

 絵の具を塗ったような青空の日、病室のテレビではあの保険屋のCMが響き渡った。


2.

目覚めの悪い朝だ。やたらと天気が良いのもひねくれてしまった俺には明るすぎて嫌になる、俺は今まで少なくとも何不自由なく生きてきた。家族に囲まれてマトモな教育を受け、大学にも行った、自慢できるほどの学歴じゃないが人並みに勉強も遊びもやってきた、妻と子供にも恵まれて大病のひとつもせず健康に幸せに、本当に幸せに生きてきたんだ。


ここの病院に来てから俺の人生は狂ってしまった。保険で金がかかるどころか家族の生活までも保証される、別にそんなことを心配してるわけじゃない。死への恐怖?違うね、そんなものは最初だけさ。いずれは皆味わうのさ。死ねない恐怖を。


Yが別の病棟に移って暫く経つ、患者の個人情報は絶対機密、結局あんなにおしゃべりだったYはあの日を境に自殺もしなくなったししゃべりもしなくなった。興味があるわけでも無いがYがいなくなったあとの病室はずいぶん広く感じた。


それでも一つだけ気がついたことがあった。


Yさん、笑ってたなぁ。


病棟を去るときのYはなぜか口元が綻んでいた。病気のせいか怪我のせいかもしれない、しかし俺には笑って見えたのだ。


その瞬間俺は理解してしまった。Yの笑顔の理由を理解したのだ。


即座に俺は家族に電話をした。別に家族の声を聞きたくなったわけじゃない、自分の為だ。


しばらく呼び出し音がなり、声が通る。


「あらあなた、ご病気の治療のほうはいかがですか?」


「良いことあるか、もうずっとかれこれ4年だよ。」


「今日は何の御用です?」


こういう話を叩き切るようなこいつの喋り方、前は気にならなかったがここ数年でやはり癪に障る。手っ取り早く要件を伝えることにした。


保険に入っているせいで死ねない、保険を解約して俺を殺してくれ。と


言おうとした時には死にたくないという最後の生存欲が出てしまったのだ。


結局雑談をして電話を切った。


何回目だろうか、死ねないのを理解しながらも喉にナイフを突き立てた、瞬く間に響くサイレン、その日もまた死ねなかった。


生きたくもない人間に施された無駄な手術を終えいつもの病室に戻ってきた。午後には医師との相談があった。


その日も他愛もない話をさせられると思いつつ虚ろな目で医師のもとへ向かい俺は吉報を聞くことになる。


明日から違う病棟に移って頂きます。


死ぬことができる 瞬時に理解できた。Yのように、ついに死ぬことができるのだと。



3.

埼玉の街からすぐの場所に、俺の家がある。築8年のまだまだ綺麗な立派な家だ、当時新婚の俺達には輝かしいお城だった。


この間の電話、何だったのかしら。


ああ、お父さんからの電話?


そうそう、なんか様子がおかしかったんでしょ?


そうなのよ。でもあの人がおかしいのは今に始まったことじゃないでしょ?


そうだねー、でも大切な人だよね。


ええもちろんよ。



病棟が移ると言われてた日の前日、不思議と死ぬことへの恐怖はなくなっていた。


おはようございます。それじゃあ移動しますのでしばらくお待ち下さい。


やっと行ける、やっと逝けると思った。



ねぇ、お母さん。お父さん、元気かな。


別に元気じゃなくてもいいのよ。私達はお父さんが生きてるだけで生活ができるんだから。


でもお医者さん言ってたよ?お父さんが死ねなくて苦しんでるって。


いいのよ、『生きてるんだから』

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