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第八話 魔獣狩り

 ――魔獣狩り。

 基本的に人を仇なす魔獣を狩るのは貴族や騎士もしくは名の上げた傭兵だが、異邦者たちは自分の戦闘経験を高めるためにそれを行う。もちろん騎士なども護衛について、死亡することがないように極力配慮してそれは行われる。

 第一陣、第二陣、と異邦者は次々と弱い魔獣から倒しており、その実力は順当に上げていて、今回は第三陣。これまでの魔獣狩りに参加していない異邦者がメインだ。

 そのメンバーとは、体育部グループから八人。老若男女グループから全員と、後は個人で特に集団に所属していない者が二人。

 そして――罪人である菊花と佐藤秀吉だ。

もちろん騎士たちも十数人にわたって着いて来ており、その中にはトルベ・フェアファクスも含まれている。

 このたび討伐する魔獣は全体から見れば下位で弱いので、熟練の騎士なら二人から四人程度で十分なのだが、安全を取って大人数で出陣している。もちろん旅路に慣れていない異邦者たちは馬車に乗って移動し、騎士たちは馬に乗って移動する。今回の魔獣狩りには騎士の中でも高位の騎士がメインらしく、万全を期している。


 馬車は二つ用意してもらって、中は九人ほどがつまっている。椅子などなく、板間の上に胡座か体育座りが多い。もちろん固い板の上に用意された布の座布団を敷いている。

 だが、木製の車輪と整備されていない道の相性は悪く、振動がダイレクトに体へと伝わる。また車輪が壊れることもまれにあり、その際は激しい揺れが体を襲った。元の世界でゆったりとした座席と極力振動に配慮された車や電車に慣れた異邦者たちにその移動は厳しく、皆の顔色は悪い。

 魔獣狩り一行は、休憩をこまめに入れながらそんな移動を半日ほど続けた。


 今回の現場は《黒曜石の森》だ。

 そこは上質な黒曜石が取れることが有名な森で、近場には村も多い。だが酷く深い森で、奥には危険な魔獣も存在しているらしい。だから異邦者たちには奥深くまで入らず、浅い場所で待機してもらうとの説明が事前のミーティングで言われた。

 魔獣狩り一行は次の日に本格的な魔獣刈りを行うことにし、今日は森の近くで休むことにした。


 このような遠征に慣れた騎士たちは即日の行動も余裕そうに見えたが、異邦者たちは既に疲労が溜まっている。

 いつもは菊花へ厳しい当たりの体育部メンバーの数人も、今日だけはそんな余裕もないのか、すぐに騎士たちの張ったテントに入って休んだ。

 菊花は佐藤と同室だ。

 菊花は薄い布で作られたテントの中で毛布に包まって、泥のように眠った。


 翌日、軽めの朝食を食べた異邦者たちは、剣や鎧などを装備して、布や紙に書いた紋章を確認して、魔獣狩りへの準備を終える。

 その間、魔獣狩りに出かけない菊花と佐藤は様々な雑用をこなしていた。武具が入った馬車からそれらを下ろしたり、今晩の夕食の用意をしたり、近くにある川から水を組んだり、と執事や女中などを連れてきていない状況ではすることが多い。

 それに馬は森の中へ入れないので、草原に置いておくしかない。そんな馬のために水を用意するのも二人の役目だった。近くに杭を打って、逃げないようにそれに繋がれた馬は水場まで移動できない。それらのために菊花と佐藤は木で出来たバケツを持って、何度も何度も水場とテントを行き来した。


 テントを張ったのは近くにある村から外れて、森の入口の草原で出来た丘だ。

 そこはまだ短い草しか生えていない。周りに高い木々がないので、太陽も沈んできた空の高さがよく見えた。

 菊花と佐藤は二人でそこにいる。今行っているのは夕食の準備だ。数十人にも及ぶので、鍋だけでも多くの数が必要だ。またかまども石を重ねて作りしかなく、それだけでも大変だった。

 二人は交代で多くの鍋を見守っていると、奥にある森から悲鳴が聞こえた。

 森の奥から木々がざわめいて、空から鳥が数匹逃げた。


「何だ?」


 佐藤が鍋を混ぜていた手を止めて、悲鳴が聞こえた森を見た。

 そこには木に阻まれた闇が広がっていた。太い幹によって塞がれたそこは、深い緑が広がっている。

 奥の様子は一切分からない。

 声は、消えた。

 代わりに、木々が大きく掠れる。

 二人は鍋を混ぜるのを忘れて、森を注意深く見つめる。

 すると――鎧を着た異邦者が現れた。

 森に入るまで傷ひとつなかった新品の鎧が、見るも無残な姿に変わっている。上から着ているコートは切り刻まれて、その下の鎧は横やら縦に大きな線が入っていた。また持っている剣は中程から折れている。


「に……」


「に?」


 菊花が首を傾げた。


「逃……げろ! 逃げろぉおおお!!」


 次の瞬間、後ろから数多くの異邦者と騎士たちが茂みの中から現れた。

 皆が必死の形相で逃げている。

 また、その後ろから追うように数匹の獣が、木々を薙ぎ倒しながら出てきた。体が大きい。五メートルはゆうにあるだろう。四足歩行で頭には枝分かれした大きな角を持ち、それは赤黒く変色していた。体からはいくつもの線が刻まれ、そこから黒い血が流れている。

 あれが――魔獣。

 そんな魔獣の一匹の視界に菊花が入る。鋭い目が彼を威圧した。そのまま頭に生えた角を振り回して、立ち向かってきた騎士を簡単に投げ飛ばす。騎士たちはそれでも果敢に向かっていったが、暴れる魔獣の前には為す術を持たない。

 まるで遊ばれているようだった。

 菊花ははじめて見る魔獣に恐怖を覚えて、膝が笑って、その場から動けなかった。

 あれは、何だ。

 菊花の頭の中には疑問しか沸かない。

 迫り来る死の恐怖に、菊花はとても臆病になっていた。

 人を玩具のように投げる魔獣が、死の具現化のようだった。


「おい!何、しているんだよ! 逃げるぞ!!」


 そんな菊花の手を引くようにして、佐藤は逃げた。

 その際にシチューの入った鍋はこけた

 異邦者たちはその魔獣から散り散りになって背中を見せる。菊花もその様子を後ろ目に見ていた。泣き叫び、笑いながら絶望し、失禁しながら呆然としている異邦者がそこには溢れている。もちろん逃げている者が大半だ。

 騎士たちは精一杯抵抗しているが、数匹の魔獣に歯が立っていない。

 異邦者の魂の紋章が輝いて、炎が舞い踊り、風が咲き乱れ、土が隆起する。

 しかし、それでも魔獣は死なない。

 草原は広い。

 どうやら佐藤に手を引かれて逃げている間に、誰も見えない所へと行けたみたいだ。周りには他の異邦者もいなければ、騎士もいない。当然ながら魔獣など一匹も見えない。


「……やった……やったぜ…………」


 佐藤の笑い声が草原へと響き渡る。

 乳酸が溜まったふくらはぎを投げ出すように二人は並んで草原に寝転がった。

 柔らかい草と冷たい風が気持ちいい。


「……生きて……生きている」


 菊花は太陽へと手を伸ばして、片手を強く握った。

 身体に伸し掛かる疲労感が生を実感させてくれる。

 だが、草原の向こうから大きな影が見えた。

 低い地響きが背中から伝わる。

 菊花と佐藤は上体を起こした。


「おい……おい……!」


 焦る佐藤の声。

 帰化は奥歯をがちがちと鳴らした。

 やがて影は大きくなった。

 ――魔獣だ。

 先程の魔獣が二人へと迫っていた。


「逃げるぞ!!」


 そう菊花が叫ぶも、足は動かない。

 乳酸漬けになった足は言うことを聞いてくれない。

 そしてその魔獣は二人へと近づいて――膝から崩れ落ちた。


「――は?」


 菊花の信じられないような声が草原に響いた。

 その魔獣は口から黒い血を吐き出して、その場で絶命した。


「あの人は……!」


 何が起こったか理解できない菊花は、佐藤が指差した方を見つめた。

 そこには――トルベ・フェアファクスが悠然と立っていた。

 手には光る刃に、黒い血がべっとりとついていた。

 その姿が菊花にはお伽話の中の英雄に見えた。輝いていたと行ってもいい。窮地に立たされた菊花には、彼こそが救世主だった。


「ありがとうございます……!」


 佐藤は立ち上がって、トルべへと近づいてお礼を言った。

 トルべはそんな彼の感謝を受け取って、「うむ」と返した。

 菊花も佐藤と同じようにお礼を言おうと、トルべへと近づいた。


「ありがとうござい……」


 そして頭を下げた菊花は驚くものを見た。

 自分の腹から――白銀の刃が伸びているのだ。


「え?」


 その出処はトルベだった。

 冷たい顔で、まるで作業のように剣を扱っていた。

 菊花は勢いよく剣を抜かれたと同時に、まるであの魔獣と同じように地面へと崩れ落ちた。

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